第3話 力の代償と誓いを風にのせて

朝起きると、家の中に妙な静けさがあった。鳥のさえずりも、窓の外の生活音も聞こえるのに、家の中だけが切り離されたように無音だった。


「たく兄?」

「おーい、朝だよ。寝坊?」


リビングから返事はない。芹奈は駆け足でリビングを出て、兄の部屋の扉をノックする。


コンコン


しかし、中から返ってくるのは沈黙だけ。不安で唾をのみ、躊躇いながらドアを開けると、そこには、何もなかった。

ベッドは整えられたまま、携帯も財布も机に置かれている。カーテンは朝日を透かして、淡く揺れていた。


兄が、いない。

外に出たかもわからない。形跡がないから。



芹奈の鼓動が急に速くなる。

寒気すら覚えるこの不在感は、どこか現実味がない。

それでも、ひとつだけ確かに感じていた。

兄は、「いない」のではない。

「消えた」のだ。


 


それから数日、芹奈は必死で兄を探し回った。学校、バイト先、友人、警察、思いつく限りの場所を当たり尽くした。


だが、誰も彼を「知らない」と答える。

まるで、この世界から元からいなかったかのように。


「、、、なんで、いないの?」


心がじわじわと崩れていく。食事も、睡眠も取れないまま、気づけばまた屋上に足を運んでいた。


「夕、、、、、お願い。答えて  」


空を見上げる。冷たい風が吹く。いつも現れる彼は、今日はどこにもいない。


「なんで、来てくれないの!」

涙が溢れた瞬間だった。誰もいないはずの屋上に、暖かい風が強く渦巻いた。

そしてその中心に、ふわりと人影が浮かび上がる。


「ごめん。来るのが、遅れた。」


夕だった。けれど、その姿は今まで以上に透けていた。腕も、足も、風に溶けかかっているように見える。


「夕、兄はどこ?!」

「、、、君の兄は、“救おうとしている”。」

「誰を?」


芹奈が詰め寄ると、夕は静かに言った。

「、、、ある少女を。彼女は今、生きることを選ぶか、終わらせるかの狭間にいる。」



「たく兄が、、、助けようとしてるの?」

夕は頷いた。


「彼は、君と同じ“特異体質”だった。SAVIORに選ばれやすい魂。

 本来彼は助けられる側だったんだ。彼の心も死んでたから。」

「え、?」

頭の中が混乱する。それをわかっていながらも夕は話を続ける。


「でも彼は心が死んでいること以上に強い気持ちがあった。それが君だよ。」

「えっ?」

「特異体質であることと君をこれからもずっと守っていきたいという気持ちがお兄さんに変化を与えた。仕事の変化、周囲との環境がお兄さんに常に笑顔と元気を強要させていた。」


「し、しらなかった。」

「無理はないよ。お兄さんは君が大切で君にその気持ちがばれないようにしてたんだから。問題なのはそこじゃないよ。」


屋上の冷たい風が吹き抜ける中、芹奈は震える手で空を見上げていた。そこに、いつものように夕の姿がぼんやりと現れる。しかし、今日はいつもよりさらに輪郭が薄く、頼りなげに見えた。


「夕……教えて。兄はどこにいるの? どうして消えかけてるの?」


夕はしばらく黙っていた。冷たい風に髪が揺れ、彼の声がかすかに震える。


「君のお兄さんは、もう長い間、完全な存在ではなくなっている。―UNNAMEDが、彼の存在を少しずつ奪っているからだ。」

「UNNAMED?」

「それは、この世界の“上位存在”。SAVIORよりもさらに上にいる、得体の知れない存在だよ。」

夕は少し視線を落とし、苦しそうに続けた。


「UNNAMEDは、人の命を気にしない。気まぐれで、冷酷だ。君たちの知らない所で、勝手に介入し、魂や記憶を“消す”ことさえ平気でやる。」


芹奈の心臓が強く打つ。彼女だけが感じている、兄の薄れていく存在。その理由がここにあった。


「お兄さんに力を与えたのも、UNNAMEDだ。でもそれは“救済”じゃない。嘘の力を与え、使わせて、最後には完全に“消す”ための罠なんだ。そして今、お兄さんはその罠に気づかず、力を使おうとしている。止めなければ、彼は完全に消えてしまう。」


芹奈は震える声で問いかける。

「うその力ってどういうこと?どうしたら、兄を助けられるの?」


夕はゆっくりと答えた。


「力に確かに限りはある。最後には消えるからね。でもこの力結構回数があるんだ。でもお兄さんに与えられている回数は1回。だから1回力を使うだけで消えてしまう。だから力を使わせない。それが唯一の方法だ。でも、それは簡単じゃない。UNNAMEDの影は、あまりにも深いから。君にまで侵食してしまうかもしれない。」


風が一層強くなり、夕の姿がまた。


「だから、君が強くならなければならない。兄を、そして自分自身を守るために。」



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空に刻む約束 髙咲 天 @Ten_sra

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