第17話 やからし姫
ジリリリリ。
目覚まし時計が鳴り響く。
「ううん。もう一日……」
時計のアラームを止める。
「って。今日は面接だ!」
思いっきり寝坊した。
慌ててベッドから起き上がり、身だしなみを整え、食事もせずに飛びだす。
やらかした――。
走って面接会場まで突っ走る。
途中でジャックから応援されるが、気にしている余裕はない。
面接会場にたどりつくと、ギリギリ間に合ったらしく、ホッとする。
少し身なりを整え、コンコンとノックをする。
面接では様々なことを聞かれた。
「この学院で何をしたいのかな?」
「はい。わたしの力不足を痛感し、今後二度とこんな後悔をしないよう、自分を高めるためです」
や
「リンカーベルさんは『やらかし姫』と呼ばれているようだけど、協調性はあるのあな?」
「それに関してはジャックくんがよくご存じかと」
「失礼した。そうだね」
といった内容だった。
これでいいかどうかは分からないけど、わたしはこの学院に絶対受かるんだ、と強い意気込みで面接を受けた。
まあ、ここまで来て引き下がれないというのもあるし。
それに寝坊というやらかしをやったから、緊張したり、他のことを考えたりする余裕すらなかったのが事実だと思う。
けど、意外と答えられたのも事実であり、面接が終わる頃にはだいぶ自分らしく受け答えができていたと思う。
それが良いのか、悪いのかは分からないけど。
でもジャックが言っていた自分らしくを大事にできたと思う。
面接を終え、お昼をどうしようか考えているうちにジャックが客間にやってきた。
またも食事を持ってきてくれたらしい。
今度はサラダとロースステーキ、豆のスープなどだ。
「わー。おいしそう」
「うん。おいしいよ。一緒に食べよ」
「……ジャックって友達いないの?」
素直な疑問だった。
でもジャックは引きつった顔になる。
「ええと。どういう意味かな?」
「だって入学もしていないわたしに、構いっぱなしじゃない」
「あー。ほら、僕休学していたから」
そういえばそうだ。
彼は病弱だった。ま、それもあの医者のせいだったって分かったけど。
「そっか。ごめん」
「いいよ。素直に聞いてくれるの、リンちゃんだけだから」
自嘲気味に笑い、食事を続けるジャック。
わたしも彼の真似をする。
そんな姿を見てジャックは柔らかい笑みに変わっていった。
《???》
「ジャック。わたし、アッシュを救ってみせるよ。だから、見ていて」
「どうやって助けるのさ。アッシュは死んだんだ。あの忌まわしいヤブ医者のせいで」
わたしは終始穏やかな笑みだったと思う。
「だからよ。だから全てを救わないと。わたしが納得できないの。ごめんね」
時間遡行は過去を変える。
今の時間軸と同じ追体験ができるとも限らない。
この二年間、わたしはジャックと一緒に厳しくも楽しい学園生活を送っていた。
それがもう二度と戻れないかもしれない。
もう同じ未来はやってこないのかもしれない。
けど、わたしはこのままじゃ終われない。
理論上なら、三年前までは遡れるらしい。
それ以上経つと、経年劣化のごとくキト粒子の残骸が確実に破壊される。
そうなってしまえば二度と過去に巻き戻すことはできない。
やるしかないんだ。
最後の賭けはわたしの手のひらにかかっている。
この学院に来てからできた血豆の数々。
冒険者としての力もだいぶ身についてきた。
正直、ジャックには到底及ばないけど、研鑽は積んできた。
Bランクモンスターくらいなら一人で狩れる自信がある。
この力を使えば、アッシュがモンスターに殺される前に助けられるだろう。
我が領地にあるダンジョン。
そこに蔓延るモンスター。
想像しただけで、身体が震える。
やっぱり怖い。
怖いけど、やらなくちゃ。
あれ以来、笑顔が減ったジャックのためにも。
わたしは過去をやり直したい。
変えてみせるんだ。
絶対に。
「……そこまでするんだね。分かった。もう僕からは何も言わない」
ジャックも決心がついたのか、わたしの背を押す。
「だから、無事に帰ってきてよ」
「……」
もう帰れないかもしれない。
そうは口にしなかった。
きっとアッシュを助けたら、ジャックはこの学院を去るだろう。
となれば、わたしとジャックの関係性は失われる。
もう二度と会えないかもしれない。
それでもジャックには笑顔で居て欲しい。
彼には彼が必要なんだ。
だから。
じわりと涙が浮かぶ。
「ごめんね。ジャック」
ここからは男爵家令嬢と、王家直系の長男という関係になる。
それは関わり合いのない関係だ。
わたしは目の前に手のひらをかざす。
バチバチと爆ぜるスパーク。
それらが周囲を漂い、力の根源が広がっていく。
身体中をマナが駆け巡り、腹の奥底が熱くなる。
周囲全てを呑み込んでいくマナ。
変わる。
直感でそう理解したわたしはマナを形質変換させる。
刻戻しの魔法。
わたしだけの
世界は、過去は変わった。
わたしが目を覚ますと、そこには彼の横顔が映る。
寝ぼけ眼を擦り、わたしはキッチンに立つ。
朝ご飯を用意すると彼を起こしに行く。
まだ眠たそうにしていた彼を、食堂まで連れてくる。
「本当、やらかし姫様はやらかしますね」
ネェちゃんが毒舌を言いながら料理を運ぶ。
「いいじゃない。手料理を毎日食べたいって言ってきたんだから」
「それは婚姻関係の意味でしょう?」
ネェちゃんは嘆息しつつ、見解を述べる。
「え。そういう意味だったの?」
わたしは慌てて彼の顔を見やる。
彼は食べるのに夢中で気がついていない。
これじゃ、聞き出せないよ。
「本当。またやらかしてくれましたね。姫様」
ネェちゃんは苦笑を浮かべながらわたしの口元を拭いてくれる。
「もう。子ども扱いしないで」
「いいんですか? そんなことを言って」
やっぱり、ネェちゃんには適わないなー。
「もう、やらかし姫なんて呼ばないで頂戴」
わたしはそう告げると、ネェちゃんも、彼も苦笑を返す。
「またやらかしたね」
しかめっ面を浮かべる彼。
あ。料理の塩と砂糖、間違えた。
やらかし姫 夕日ゆうや @PT03wing
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