第16話 座学
ヘンリーに案内されるがまま、わたしは空き教室にたどり着く。
「一時間の休憩ののち、座学による試験を受けてもらいます」
淡々とした口調で告げるヘンリー。
「しかし、先程の実技見事でしたよ」
優しい笑みを零し席を離れ、教室から出ていく。
褒められた。
感動もひとしおだった。
一時間の休憩と言っていたけど、試験問題を復習するべきだろう。
根が真面目なわたしはさっそく問題集を取り出し勉強を始める。
一個でも多くの単語を覚えなくちゃ。
一時間後、試験が始まる。
勉強机に座り、鉛筆だけを転がす。
そこに裏面で解答用紙と問題用紙が置かれる。
「試験開始」
ヘンリーの宣言を皮切りに試験が開始される。
問題用紙と向き合うと、解ける解ける。
これもあれも、ジャックに教えてもらった参考書から出題されている。
あれ。でもこの問題、分からないな。
どうやって解けばいいんだろう。
うーんとにらめっこする。
理屈ではこう、かな?
回答を書く。
しばらく解き進めるといつの間にか残り五分になっていた。
まだ六問残っている。
わたしは慌てて問題を解く。
「はい。そこまで」
ギリギリ空欄は全部埋めることができた。
できたけど……。
不安だー。
解答用紙が回収され、いよいよどうすることもできなくなった。
不安感で押しつぶされそうな気持ちをどうにか表には出さずヘンリーの顔色をうかがう。
「さて。面接ですが、明日の午前中を予定しております。これが最後の試験になるので、気を引き締めるように」
ヘンリーは声色一つ変えずに告げると、説明を始める。
「昨日と同じように客間にベッドを置いてあるので、そちらでゆっくりとおくつろぎください」
「はい」
追い詰められたわたしは言葉が思いつかず、簡単に返すだけだった。
問題がどれほど解けたのか、はなはだ疑問ではあるが考えてもしかたない。
不安を和らげようと持ってきたリンゴジュースをあおる。
ああ。大丈夫かな。
今頃採点されているのだろうか。
明日も面接があるって言っていたし。
面接なんて話、聞いていないよ。
わたし、何を話したらいいの。
コンコンと部屋をノックする音が聞こえる。
「リンちゃん」
聞きなじみのある声がドア越しに聞こえてくる。
この声、
「ジャック?」
「うん。僕だよ。リンちゃん」
「今、開けるね」
ドアを開ける前に、自分の服装を見る。
若干、頭がボサボサだ。
少し整えてから、ゆっくりとドアを開ける。
「ああ。リンちゃんだ」
「ジャック。なんでここに?」
訝しげな視線を向けつつ、あまり威圧的にならないよう注意する。
「いやだな。僕はここの生徒だよ?」
「そうでした」
わたしは苦笑を浮かべると、ジャックも堅苦しかった顔を緩める。
「まずは試験お疲れ様」
「うん。ありがとう」
「残りはどのくらい?」
「ええっと。面接が明日あるみたい」
不安になりそうな顔はお首もださなく、務めて平静を装った。
「そうなんだ。リンちゃんならできるよ。素でいいと思う」
うんうんとうなずくジャック。
「そう、かな……」
ハッとする。
今、不安な顔をしている。
これではジャックに余計な心配をさせてしまう。
わたしは気を遣うことはするけど、気を遣われるのは嫌いだ。
「そっか。そうだよね。わたしならできるっ!」
「その調子だよ、リンちゃん」
泣きたい気持ちになってきたけど、ジャックはにこやかにしている。
これで正解なのだろう。たぶん。
「そうだ。昼食、持ってきたよ」
ジャックは部屋の外に持ってきたカートを中に入れる。
「わわ。おいしそう」
お肉と野菜と魚。
って、なんだかよく分からない料理だから、こう言うしかないじゃない。
「何が好きなのか、分からないから、いろんな種類を持ってきたよ」
「うん。全部食べる」
「残したら、オリオのお昼になるから心配しなくていいよ」
「オリオ?」
「寮で飼っているイヌのことだよ」
「イヌ!!」
わたしは身を乗り出してジャックに言う。
「わたし、ワンちゃん飼うの、夢だったの!!」
「そうなんだ。うん。遊びに来るといいよ」
「すぐいく!」
「食べ終わってからにしようか?」
ジャックは笑いながら食事を薦めてくる。
わたしは野菜を取り皿にのせると、大きく口を開けて食べる。
「うーん。おいしい。このソースなに?」
「なんだろうね。シーザー系かな……」
ジャックも少しだけ食べてみて、確認している。
「シーザードレッシング、なんだ」
名前では聞いたことあるけど、わたしの地方では食べないよ。
「わわ。このお肉赤いよ? 生焼け?」
「ははは。大丈夫だよ。レアステーキだからね。シャリアピンソースであえてあるんだ」
わたしの知らない単語がたくさんある。
ジャックはナイフで小さく切ると食べてみせる。
本当にそのまま食べるみたい。
焼肉とは違うんだ。
生焼けではないみたい。
わたしも思い切って食べてみる。
「あれ。おいしい……」
柔らかめの肉質に、タマネギの甘みをプラスした芳醇な香り。
口いっぱいに広がる脂の甘み。
これはおいしい。
「今度、うちでも取り入れてみよう」
うんうんとうなずきながらステーキを頬張る。
食事を終えると、わたしとジャックは寮に向かう。
そこにいるオリオに会うためだ。
お昼ご飯の少しをわけて持ってきたのだ。
「オリオ、ご飯だよ~」
ジャックはチワワに食事を持っていく。
ワンワンと鳴き、駆け寄ってくる。
「この子がオリオなんだ」
わたしは可愛いオリオにしゃがんで撫で回す。
オリオは嬉しそうに尻尾を振る。
駆け寄ってきて、メシを食べ始める。
ガツガツと食べているから、きっとおいしいのだろう。
まあ、わたしが毒味したし!
「オリオは頭がいいんだ。すぐ芸を覚える」
「へぇ~。お手」
わたしは手を差しのばす。
……が、オリオはしない。
「ええっと……」
「嘘。僕にはするのに。お手」
ジャックが手を差し出すと、その手のひらに小さな手をのせるオリオ。
「なんでよ~!」
「人見知りしているのかな……」
疑問符を浮かべているジャック。
ちょっと困ったような顔をしている。
「ほら。リンちゃんもご飯あげて」
「え、あ。そっか」
わたしも持ってきたお肉を差し出す。
きっとジャックはわたしとオリオが仲良くできるよう、言ってくれたのだろう。
感謝しなきゃ。
わしゃわしゃ撫でながらご飯を上げると、有頂天に達したオリオがぴょんぴょん跳ね回る。
「なんて動きをしているのよ。この子」
わたしは曖昧な笑みを浮かべ、オリオの食事を終える。
「きっと嬉しいんだよ」
ジャックも困ったような笑みをしていた。
オリオとひとしきり遊んだあと、遊び疲れたのかスヤスヤと眠るオリオ。
わたしは客間に戻り、少しジャックと談笑をしたのち、少し仮眠をとることにした。
夕食も食べ終え、いよいよ明日の面接が近づいてきたところ。
わたしは不安でなかなか寝付けずにいた。
明日、面接があるけど、どうなるのだろう。
眠りたい。
けど眠れない。
明日が不安で不安でしょうがない。
堅苦しいの、苦手なんだよね。
でも、わたしは一人じゃない。
ジャックもいるし、あの街の領民もいる。ネェちゃんだって。
わたし、なんとかしてみせるよ。
ここまで来たんだ。
もう引き下がるなんてできない。
わたしは絶対にこの学院に入学して、魔法と剣術の勉強をするんだ。
きっとアッシュを救えると信じて。
わたしは絶対に受かる。
そうでなくてはジャックの力になれない。
わたしはわたしの意思でここに来たんだ。
この感情は誰のものでもない。
わたしの根っこだ。
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