この世界に、もう一度花を咲かせる
Chocola
第1話
わたしは、あの日――夢の中で、一度死んだ。
正確には「夢」だった。けれど、目が覚めたあともしばらく、胸の中に熱い痛みが残っていた。
焼け焦げた匂いと、破裂するような音。そして、自分の心臓が止まる直前の静寂を、私は確かに覚えている。
それが、三月二十一日のことだった。
***
この世界では、子供たちが“夢の中で死ぬ”という現象が起きている。
対象は十歳から十八歳まで。
ある日突然、誰ともなく、まるで抽選のように。
誰かが死ぬのではない。
その年齢の子供たちが「夢の中で、自分の死を体験する」のだ。
叫び声もない。予兆もない。
ただ、夢の中で――確かに一度、命が終わる。
乗り越えた者は、“克服者”と呼ばれる。
彼らは精神が強靭で、何事もなかったかのように成人を迎える。
だが、克服できなかった者は、“壊れていく”。
突発的な攻撃衝動、無感情な自傷、動機のない犯罪行為。
誰がいつ壊れるのかも、どれだけ深く壊れているかも、誰にもわからない。
それが、“世界のどこでも同時に起きている”ということを、誰も知らない。
「夢の中で、自分が死んだ記憶がある」
そう言えたのは、私が初めてだった。
***
春休み。私は、地元の図書館で蒼真に再会した。
彼は去年、高校を卒業して東京の大学へ行ったはずだった。
「……休学中なんだ」
それだけ言って、彼は微笑んだ。でも、その目は笑っていなかった。
その夜、私は再び夢を見た。
黄金色の花びらが、炎に包まれていた。マリーゴールド。
焦げる匂いと共に、誰かの声が響く。
――あなたは、一度、還ってきた。
でも、世界はまだ還っていない。
「誰……?」
――私は、ショコラ。
時を渡る吸血鬼。
百年前、この世界に残された私の“遺品”が壊された。
それは、世界が創られたときから存在していた、“原初の記憶”。
感情、記憶、時間。すべてを記録し、整える花。
それが、マリーゴールド。
――それが壊された時、空に“毒”が溶け出した。
目には見えず、匂いもなく、ただ夢を通して、心を殺す。
今もなお、子供たちはその影響を受けて、夢の中で死に続けている。
でも、あなたは帰還者。
あなたの記憶に、マリーゴールドの花のかけらが宿っている。
――だから、あなたになら、“再び咲かせる”ことができる。
***
朝、目を覚ますと、枕元に一輪の金属のマリーゴールドが置かれていた。
それは、確かに“夢の中”で私が見た花だった。
ショコラの記憶のかけら。
私は、ある人物に連絡を取った。
政府関係者にして、元・精神科医。名前は、瀬川玲央。
彼の机の上にも、同じ花が置かれていた。
「やっぱり君も、“見た”んだな」
瀬川は静かに言った。
「これは、世界の記憶装置。百年前、人間が壊したことで、バランスが崩れた」
「その結果、世界中の子供たちが夢で死ぬようになった。
でも、君は“戻ってこられた”。」
「だから君なら……再生できる。世界を、取り戻せるかもしれない」
***
再び夢を見る。
私はもう一度、あの日のように死ぬ。
けれど、今度は恐くなかった。
私は、自分の中の“恐怖”を受け入れ、抱きしめる。
――この死は、私の始まり。
そして私は決意した。
もう一度、この世界に、マリーゴールドを咲かせる。
***
春。
子供たちが、夢で死ななくなった。
世界の毒は、知らないうちに静かに消え去っていた。
その理由も、仕組みも、誰も気づかない。
ただ――マリーゴールドの花だけが、
私の部屋でそっと揺れていた。
これは、わたしが“絶望”から還った物語。
そして、いつか誰かが迷ったとき――この花がまた、導いてくれるだろう。
【終】
この世界に、もう一度花を咲かせる Chocola @chocolat-r
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