おやすみの前に

えのん

第1話 おやすみの前に

日記を書いてみようかな。

 そう思い立った或る夜。動機など付けるのも面倒くさくて。ただ敢えて言葉にするならば、行き場のない気持ちや忘れてしまいそうな心の動きを、時効なんかで消してしまう前に文字にして逃がしてあげたいと思ってのことなのでしょう。残しておきたいと思うのはそのとき起きた出来事だけじゃない。忙殺される日々の暮らしの中でさえ、少しの暇や隙が生じると、心にたくさんの未読メッセージがあることに気付く。 寝る前や所在なさから始めてしまう夜の散歩の間に、その手紙を開封しては心が受信したその文章の真意をじっくり、じっくりと咀嚼する。今まではここで自分の心の状態をよく考察し、これからどうしていくか擦り合わせを行うだけで十分だと思っていた。けれどいつからか、自分の気持ちを理解するだけではもったいないと感じてしまう自分が居ることに気付いた。どうやら既読スルーは私の性には合わないらしい。それならば返信してあげよう。私に届いたお手紙に、私宛の気持ちのお返事を。

 最初は物語を作ることを考えてみた。自分のこの気持ちの歪みや感性の主張をどうにか作品として昇華することは出来ないか。と、意気込んだりはしてみた。しかし、なかなかこれが上手くいかないみたい。作品は自分が経験したことに対して、いかに個性を用いて抽出し、変形させ、完成させるかが肝要。 浅学で人生経験も半端、語彙力ですら発展途上な私では当然難航必至なのだ。

 現に未完の物語がまだ私のPCに残されている。一体彼女はいつ、彼と結ばれるのでしょうね。仕方ないよ。だってそれは私ではなく、まだ彼女に動きが見られないのだから。作り手の想像に反して、キャラクターというのは自我のままに物語の中を動いていくものだから。自分の気持ちと向き合い、自分とコミュニケーションを図ろうとしていることで精いっぱいな今の私には扱いが難しい。 でも私は欲張りであることを私は知っている。 いつの日か私は彼女の結末を見届けたい。そのために、私は私をしっかりもたなくっちゃいけない。


 やっぱり日記を書こう。物語なんかではダメ。でもちょっと不思議だ。だってこの行為は自分が残した“手紙”に対して返信するようなものだから。過去の自分に宛てることが出来るはずもなく、受信者は当然今の私だけ。ただ、返信用として書こうとしているこの日記は“残る”。何件も返信を返すことで古いものから消えていくなんていうことはない。当時に受信した気持ちというのは時間とともに無くなっていくけれど、この返信は日記にするかぎり消えることは無い。私の中で発生した心のアンサーは決して消えない。見返すことで風化さえ防げるのでしょう。稚拙な文章しか書けない間抜けだというのに、ああ、文字っていいなあ などと感嘆を心中で漏らしてしまう。そうして思考を重ねているうちに夜も更けてきた。さっき長い間散歩をしていたのも相まって、眠気が徐々に私を明日へと誘おうとしている。心地よい眠気に抗いながら、今日私が感じたことを精いっぱい思い出した。じっくり、じっくり、思い出して。眠気にたくさんの気持ちを朧気な記憶へと転化される前に。

「…よし、書こ。」

2025 6/26 AM 0:45


初めて自分に向けて日記を書いた。次の日記がいつかなんて気が早いんじゃない?

今、しんどいよね。 でもやれることをやるしかないよ。

思っていたよりあなた外交的だよね。でも社交的じゃない。おかしい。

意味なさそうに思える努力でもやっぱりやってみよう。出来が悪くてもマシにはなる。努力せず心を焦らすよりマシだものね。

そうだよね。レザーの手袋ってホント高い。でも惹かれるよね。ヴィンテージなもの。好きだものね。

自己愛を他者に認識されるのを防ぐにはやはり離縁かな?でも、自己評価だけじゃ、物足りないって思っているでしょう?

焦るな、頑張るなとは言わないよ。かえってセーブさせると息苦しいからさ。

彼女の結末は、街が教えてくれるのかもね。



__悪くない仕上がりかな。 第三者が見ても分からない本人認証式。 それも当たり前、これは私の為の日記なのだから。


 さて、日記を閉じよう。 このまま眠りに落ちて明日を迎えよう。それでは、おやすみなさい。

日記の中の私たちにも おやすみなさいを。

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