第4話

第4章:星の未来


2035年の冬、ザフィール公国にようやく和平が訪れた。長く続いた軍事政権は崩壊し、砂漠の村々に静かな夜が戻る。星教のモスクは壊れた窓から星空を映しながら、ゆっくりと再建されていた。


その日、サラはモスクの前に立ち、日本のメディアに囲まれていた。SNSの生中継が回り、13歳の少女が映し出される。和平後、ザフィールでは少年兵の赦免が始まり、サラも裁きの場に立ったが、戦争の道具として使われた少女として、保護と教育の道が選ばれた。それでも、彼女の瞳には罪の影が残る。

彼女は、NGOの通訳に教わった片言の日本語で言葉を紡ぐ。


「日本の、みなさま…ありがとう」


小さな笑顔。その奥には、地下シェルターで響いた銃声が今も残る。サラの瞳は、夜空に瞬く星を映した。砂漠の風が、彼女のベールを静かに揺らす。


インタビュアーがマイクを向ける。


「サラさん、日本のファンが寄付金150万円を寄付しました。今、どんな気持ちですか?」


通訳の声を聞き、サラはゆっくりと答える。


「日本の、絵や本に…私が、います。カワイイ、サラ。戦闘機に乗る、サラ。気高い、サラ…でも、それ、私じゃない」


彼女は、足元の砂を踏む自分の靴を見つめる。


「150万円で、家を買えました。木のドア、あたたかい屋根。教科書も、買えた。学校で、字を覚えた。算数、歴史、平和の作り方も」


わずかに声が震える。


「残りは、戦争で親を失った子どもたちに。パン、服、笑顔を。私みたいに…ならないように」


サラの視線が、壊れたモスクの窓を通して夜空の星を捉えた。


「私の罪は、消えません。シェルターで、撃ちました。私の手で、血が流れた。でも…勉強したい。平和を学びたいです」


その言葉に、インタビュアーは深く頷く。サラはカメラの向こうの日本に向けて、微笑んだ。


「日本の、みなさま…本当に、ありがとうございました」


その声はまるで星教の祈りのように、砂漠の夜に溶けていく。彼女のベールが風に舞い、月明かりを受けて静かに揺れた。


SNSのコメント欄は、感動の言葉で溢れる。


「#星娘サラ、頑張れ!」 「#サラにゃん、学校行けてよかった😺」 「#サラにゃん、雨の似合うヒロイン!」


日本のファンたちは、彼女の言葉に涙し、ミームやグッズを次々と生み出していく。猫耳サラのキーホルダー、戦闘機サラのポスター、気高サラの画集。冬のコミケ会場も、その熱気で揺れていた。


東京、12月。冷たい風が吹く即売会の会場。アキは、自分のサークルブースに立っていた。「サラジャンル」(S-13)のスペースは、猫耳サラのアクリルグッズや戦闘機サラのタペストリーで埋め尽くされる。


アキは、大手サークル「星空工房」のブースに立つ。「サラジャンル」(S-13)は、壁サークルとして行列が絶えない。ブースの中心は、詩集『星の罪』。サラが動画サイトに綴ったポエム「私の手は血に濡れ/星は見守るだけ」に準拠し、「星空工房」が編纂。サラの原文を翻訳・再構成し、モノクロのペン画で補完。サラの涙、星を映す瞳、モスクのシルエットが、詩に宿る。「雨は私の罪を洗うか/星は私の祈りを聞くか/砂漠の夜、ベールが落ちる。」500冊が、1,000円で売れる。売上金は全てサラ本人に寄付することを名言していた。


モノクロのペン画には、猫耳も戦闘機もない。サラの涙、星を映す瞳、モスクの壊れた窓。詩の一行一行が、サラの声そのものだった。

サラが動画サイトに綴ったポエム「私の手は血に濡れ/星は見守るだけ」に準拠し、「星空工房」が編纂。サラの原文を翻訳・再構成し、モノクロのペン画で補完。サラの涙、星を映す瞳、モスクのシルエットが、詩に宿る。「雨は私の罪を洗うか/星は私の祈りを聞くか/砂漠の夜、ベールが落ちる。」


500冊、1冊1000円。売り上げの50万円は、NGOを通じてサラに寄付することを決めていた。


「彼女の傷を、少しでも癒せたら」


そう願いながら、詩集を並べるアキの声はファンに届いた。ブースに並ぶ人々は、詩集を手に涙ぐみ、Xに投稿する。


「#星娘サラ、この詩、泣ける」 「サラちゃんの声、届いてるよ!」


若い女の子が、アキに微笑んで言った。


「この詩、サラちゃんの心みたい」


その言葉に、アキの胸が温かくなる。彼女はそっと詩集の表紙を撫でた。モノクロの紙の上に宿る、サラの瞳。


コミケの帰り道。アキはコンビニの軒先で雨宿りする。冬の冷たい雨が、詩集の入った紙袋を濡らす。スマホの画面には、SNSで飛び交う投稿。


「#星娘サラの未来を推す!」


雨粒がコンビニのガラスを叩き、アキの胸に、あのサラの言葉が蘇る。


「罪は、星より重い」


夏の即売会で目にした戦闘機サラのポスター。あのクールな戦闘少女は、サラの傷を覆い隠した虚構だった。


「私は…推し活で、彼女を傷つけてた」


アキの呟きは、雨音に消える。瞳に滲んだ涙が、夜の光に揺れる。


「#星娘サラは幻想だ。彼女は、傷ついた少女なのに」


コンビニの光が濡れた髪を照らし、アキは詩集の袋を胸に抱きしめた。サラの声が、その中で生きている。


遠いザフィール。サラは、小さな家の卓に向かって座っていた。150万円で手に入れた木の机。そこに、教科書と一緒に、NGOから届いた日本の寄付者の手紙が置かれていた。開くと、モノクロの詩集『星の罪』の一節。「雨は、私の罪を洗うか。星は、私の祈りを聞くか。」サラの指が、詩の文字をなぞる。アキの名前が、ページの隅に小さく記されていた。


寄付された50万円は、学校の一部を修理する費用と孤児の村にパンと水代に使われた。子どもたちの笑顔が、その夜の夢に浮かぶ。シェルターの闇、銃声、両親の笑顔。それでも、サラは鉛筆を握りしめる。


「平和を…学びたい」


その声は、廃墟のモスクに響く。壊れた窓から、夜空の星が瞬いた。サラの瞳に、遠い未来が映る。


彼女は、新しい字を書いた。


「希望」


東京の大学寮。アキは、窓辺でスマホの画面を閉じた。部屋は静まり、ボカロの曲も止まっている。Xのトレンドには、「#星娘サラ最高!」の文字が並ぶ。


アキはそっと呟いた。


「サラは…私の推しじゃない。ただ、傷ついた少女なんだ」


東京の空に、星は見えない。だが、ザフィールの夜空は今も、サラの未来を見守っている。

冬の雨は、静かに上がり、物語はゆっくりと幕を閉じた。

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星の瞳と銃声 セレナ @Dixie

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