第3話

第3章:星の声


ザフィール公国の夜。砂漠の冷え込みが、星教の古いモスクを包んでいた。モスクの壁には、星の文様が刻まれ、かつての祈り手たちが歌った「星は命を見守る」の詩が、かすれた文字で残っていた。

サラは、壊れた屋根の下で静かに雨宿りしている。雨粒が砂に小さな穴を穿ち、淡い音を立てる。濡れたベールが、13歳の彼女の肌に張りつく。揺れる瞳に、遠い記憶が蘇る。


アルディア連邦の空襲、炎に包まれた家。母の叫び、父の温もり。シェルターの銃声。忘れたいのに、雨音に紛れて胸を締めつける。


「星は命を見守るんだ」


あの夜、モスクで父が囁いた言葉。けれど、その星は彼女を裏切った。サラはベールの端を握り、震える指先を隠した。雨は、彼女の罪を洗い流すこともなく、ただ静かに降り続ける。


軍事政権の目を盗み、サラはNGOが託したスマホを手にする。昼間、孤児の少年が彼女に石の欠片を差し出し、「星みたいだろ」と笑った記憶がよみがえる。モスクの壊れた柱に凭れ、彼女は少年の笑顔を思い出しながらスマホを握った。誰もいない廃墟のモスクに、彼女の声だけが響いた。


サラは、スマホで動画サイトを開く。彼女の指が、コメント欄にポエムを綴る。「私の手は血に濡れ/星は見守るだけ/砂漠の夜、祈りは届かず。」日本のファンが発見し、Xで「#サラの詩」がバズる。サラの声は、モスクの雨音に溶ける。


「日本の皆さん、ありがとう」


サラの声が、モスクの壊れた窓から吹き込む風に震えた。


濡れた瞳が、スマホのカメラのレンズをじっと捉える。


「#サラにゃん? 知らない私だ。戦闘機に乗る私、猫耳の私、気高い私…それは私じゃない」


涙が、濡れた頬を静かに滑る。


「150万円で、学校に行ける。家も買えた。教科書を手に、字を覚えられる。孤児たちに、服とご飯をあげられる」


言葉の端が、わずかに震えた。


「でも……私はシェルターで撃った。引き金を引いたのは、私。罪は、星より重い」


その時、兵士の影がモスクの壁に揺れた。サラは、怯えることなく、むしろ声に力を宿す。


「あなたたちの愛は、星の光みたい。道具にされた私でも……ありがとう」


カメラの小さな光が、壊れた窓のガラスに反射する。雨粒が、彼女のベールをさらに濡らした。それでも、サラは星空を見上げようとはしない。


このビデオは、瞬く間にSNSで拡散した。


「#星娘サラ、泣ける…」「#サラにゃん、推し活で救いたい!」


日本のオタクたちも反応した。萌え系のファンは「サラちゃんに笑顔を」と猫耳サラを描くが、コメント欄には「これで彼女の傷が癒えるの?」と冷ややかな声も混じる。SFバトル好きは「クールな戦闘少女サラ最高!」と戦闘機サラのイラストを投稿するが、アキは画面をスクロールしながら、胸に空虚な疼きを感じた。


大学の寮。アキもまた、そのビデオを見つけた。ベッドの上、ボカロの曲がイヤホンから流れる中、スマホを握りしめる。


「罪は、星より重い」


サラの言葉が胸に突き刺さる。アキの目に、じわりと涙が滲んだ。


「私が描いた猫耳サラ……彼女の傷を隠してただけじゃない?」


震える指でSNSを開けば、「#サラにゃん、トレンド1位!」の通知が、空虚に画面を照らす。日本の夜を、サラの声が静かに揺らし、砂漠のモスクには、今も雨が降り続けていた。

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