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「それは、君自身の目で確かめるといい」
そういうと、三人はエレベーターの前でとまった。
「この、九階だ」
そして扉をあけると、陽介を促す。エレベーターに乗らずに立たずんだままの二人に、陽介は問いかける。
「一緒にいかないんですか?」
「君の泣き顔を拝めるのも一興だが」
木暮は皮肉げに笑う。
「この先二人で話す機会などないだろうからな。特別だ」
それを聞いて陽介は顔つきを引き締める。
木暮の言葉からは、今の藍がどういう状態なのかわからない。目が覚めたのなら意識はあるだろうが、自分のことを覚えていない可能性もある。藍に会えるのは嬉しいが、同時に天国と地獄のどちらかを選ぶことになるだろう。
だが、たとえ藍がどういう状態であろうとも、ここまで来たら陽介の取るべき行動は一つだ。
「手紙、ありがとうございました」
それだけ陽介が言うと、扉がしまった。教授は、隣にいた木暮に話しかける。
「よかったのかい? 彼に、藍の症状をなにも説明しなくて」
「まだ藍についての記憶や経験に関する移行に関しては、研究中です。実際に出会った後、彼についての記憶が藍にどの程度実際の体験として影響を及ぼしているのか、こればかりは会わせてみないとわかりません。だから、今はまだ説明する状況ではないでしょう。ましてや」
木暮は、眉間に深くしわを刻んだ。その顔のまま続ける。
「恋心などと言う数値では示せないあやふやなものが、AIから実際の人間の脳に移行が可能なのか。今までどのラボでも証明したことのない研究結果が出せるとしたら、下手するとノーベル賞ものですよ。この先が実に楽しみですね」
「台詞と表情が合っていないよ」
くすくすと楽しそうに、教授は笑った。
「あの子が、会いたがったのかい? 彼に。藍の体調が通常状態に戻った今、手紙を書いたのはお前だろう?」
「早く研究を進めたかっただけです」
「だったら、今一緒に行けばよかったじゃないか。その場合のファーストインプレッションは論文にも大事な一文となるんじゃないか?」
ふてくされた顔のまま自分を睨む息子の頭を、ぽんぽんと叩いで教授は言った。
「悪かったね。私もなかなかに意地が悪いな。お前の意地悪は私の血か」
「俺が本当に意地悪する気になったら、もっと念入りにします」
「やれやれ。彼はこれからもきっと苦労するね」
教授は、陽介の乗ったエレベーターが九階にとまるのを確認しながら言った。
☆
扉が開くと、病院らしからぬ絨毯の床が広がっていた。一瞬躊躇したが、そ、と足を踏み出す。ふかふかの絨毯は、足音を完全に消してしまう。
左右にのびる長い廊下の壁には、陽介の正面にドアが一つあるだけだった。
陽介は、その白い扉の前まで歩いていくとその場で立ちすくむ。そして、二度、三度、と大きく深呼吸を繰り返した。
藍のことを忘れた日は一日もない。だが、陽介にとって覚えている藍は、AIだった時の藍だけだ。あの藍は、陽介の目の前で動かなくなってしまった。
この中にいるのは、あの時の木暮の話が本当なら、生身の藍。
それは、陽介の会ったことのある藍と違うのか。同じなのか。
ぐ、と手に力を籠めると、陽介はそのドアをノックした。
Fin
約束してね。恋をするって いずみ @izumi_one
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