このホームランを打ったら手術してくれるかい?

ちびまるフォイ

この手術が成功したなら

プロ野球バッターのAは病室をサプライズで訪れた。


「やあ、たかしくん」


「え!? プロ野球選手のA選手!? どうしてここに!?」


「君の手術の話を聞いてきたんだよ」


「そうなんですか!?」


「はっはっは。聞けば君は手術が怖いそうだね。

 だったら、私と約束しよう」


「約束?」


「次の試合で私がホームランを打ったら手術をしてくれないか」


「あの、ちがいます」


「え?」


「手術怖がっているのは僕じゃなくて、医者の方です」


医者がやってきた。手が震えている。


「ああ、最初の手術……うまくできるか心配だ。

 A選手、どうかホームランを打って勇気をください」


「そっちかよ!!」


「どうしても踏ん切りがつかなくって……」


「わかったよ! 私がホームラン打てば手術してくれるな!?」


「はい……」


医者との約束を取り付けたプロ野球のA選手。

ふたたび病床の子どもに寄り添う。


「まあ、約束を結ぶ相手はちょっと予定外だが

 私はきっと次の試合でホームランを打つ。君も手術できるぞ」


「あでも僕自身も手術は怖いんです」


「そうなのか? それじゃ私がホームランを打ったら、

 君もきっと手術を受ける勇気になるはずだ」


「いえ、別にバッターそんな好きじゃないんです」


「じゃあなんで呼んだの!?」


「ピッチャーのほうが好きなんです。

 もし次の試合でノーヒットノーランだったら、

 僕は手術をうける勇気がもらえる気がします」


「ホームラン打って、ノーヒットノーランしろってこと!?」


「結果的にはそうです」


プロ野球選手は自分が当事者だからその難しさをよく理解している。

宝くじ当てるほうがまだ確率が高い。


しかし、子どもに夢をもたせるのが仕事だと思った。


「……わかった。次の試合、ノーヒットノーランでホームラン勝利してみせる」


「本当ですか?」


「そうすれば君も手術してくれるね」


「はい。きっと頑張れます」


「私との約束だ」


選手と患者と医者は指切りをして約束した。

病院を出るとマネージャーが車で待っていた。


車に乗って家に送迎されていると、

運転しながらバックミラー越しにマネージャーが聞いてくる。


「病気の子どもと約束したんですか?」


「ああ、まいったよ。私は次回ホームランを打って、

 ピッチャーの人はノーヒットノーランをしなくちゃならない」


「……できるんです? それ」


「いやムリに決まってるだろ」


「え? でも約束したんですよね?」


「まあな。確認したらあの病院はネット禁止らしい。

 それならいけると思ったんだ」


「なんの話です?」


「病室での情報源はテレビしかないってことだよ。

 それもあの病室は個室だからテレビは1台。

 細工ならいくらでもできるってことさ」


「まさかホームランとノーヒットノーランをでっち上げるんです!?」


「このまま手術をせずに人命が失われるくらいなら、

 私はどんなことでもしてみせるよ」


「はあ……」


A選手は過去に自分が打ったホームランの映像を加工して、

さも明日の試合でホームラン打ったように編集した。


同じ球団のピッチャーB選手にも事情をすべて話し、

ノーヒットノーランを達成したような映像編集を行う。


「協力ありがとう。これでホームランとノーヒットノーランだ」


A選手はさっそく病室のテレビに細工をして、この映像が当日流れるようにした。

当日に試合の偽装録画映像が流れる。


試合が終わった頃合いにA選手は病室にやってきた。


「やあ」


「A選手!」


「君との約束を果たしたよ。ホームランを打って、ノーヒットノーラン試合だ」


「本当にやってくれたんですね!」


「もちろんだよ。お医者さんも手術してくれるね?」


「はい! ホームランで勇気づけられました!」


バレてないかとヒヤヒヤしていたが、

どうやらテレビに細工したことは気づかれていなかった。


さっそくストレッチャーが用意され、

病室の子どもが集中治療室に向けて運ばれていく。


運ばれている間も子どもは嬉しそうだった。


「本当にノーヒットノーランできたんですね」


「ああそうだよ。B選手が頑張ってくれたんだ」


「あの試合でノーヒットノーランなんて。

 やっぱりパパってすごい! 僕、手術頑張るよ!!」


「ぱ、パパ?」


「はい! 僕のパパはB選手なんです!

 手術が終わったらパパにA選手が約束守ってくれたこと話します!」


「あ……え……」


A選手は洗いざらい話したことを思い出して青ざめた。

手術が終われば自分のすべてが明るみに出てしまう。


どうしてもバレたくないA選手は、

手術を担当する医者にそっと耳打ちした。



「あの、こっそり記憶消す手術とかできませんか?

 都合悪い記憶があるので、ここ最近の記憶をごっそり消してください」



A選手の問いかけに医者はうなづく。


「できますよ。やっておきますね」


「ああよかった。ではお願いします」



やがて2回の手術はどちらも成功した。


病気の子どもの手術は成功し、子どもは健康となった。

そしてオーダーどおりA選手は記憶を消された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

このホームランを打ったら手術してくれるかい? ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ