第33話

 椿は闇夜に紛れて半刻ほどで目的の場所に着いた。

 造船所はまだ8ツ半時だというのに灯りが漏れていて人の声も聞こえる。

 造船所と言うよりは、要塞のように見える。


(きっとここね)


 建物の前には見張りの浪人たちが立っていた。 


「な! なんだ!? お前は!!」


「お嬢ちゃん、どうした? こんな時間に……どっかから逃げ出してきたのか? それとも……遊んでもらいにきたのか?」


 浪人たちは廃刀令を無視した帯刀していた。


「五条廉太郎さんにお会いしたくて参りました」


 見張りの浪人たちが刀に手をかけた。


「なぜその名前を……女、何者だ?」


「柳川蔵持を知っている……と言えばよろしいでしょうか?」


 その瞬間、浪人二人が刀に手をかけた。


「その名はここでは口にするな!!」


 そう言って斬りかかってきた男を椿は模造刀で倒した。そしてもう一人の男も地面に倒した。


「やはり、真剣を使われると仕込み杖では最後までは持たなかったかもしれないわ」


 椿は、見張りを倒すと中に入った。

 中はとても倉庫のような部分と、住居部分に分かれていた。


「お前、何者だ!!」


 中に入ると、三十はいる浪人に一斉に刀を抜かれて睨まれた。

 椿は見渡すと構えた。


「廃刀令の無視というだけでも十分に罪になります。ですが……命を奪う気はありませんので、ご安心下さい」


 その瞬間、椿に向かって来た手前の2人が倒れた。


「なんだ?」


「おまえ~~~!!」


 ようやく男たちは事態を把握したようだったが、すでにもう遅かった。


 バタバタ。


 次々に椿の前に浪人達は倒れていく。

 動きが見えず圧倒的な力に数分で全ての者が倒れていた。

 椿はゆっくりと階段を上った。階段を上りながらも浪人は次々に襲ってきたが、椿は、襲い来る男たちを全て倒しながら悠然と進んだ。


「女……東稔院の……!! 皆、敵襲だ!!」


 椿を知る者もいて大きな声を出されたが、椿は模造刀を持ち襲い来る敵を沈めていく。


(命は取らない……でも、手加減は……しないわ……)


 階段で襲い来る浪人の相手をした後、2階の廊下へ差し掛かった時。

 奥に一際、多くの浪人が守る部屋があった。


(……きっと、あそこね)


「随分と騒がしいと思った原因はお前か!!」


 椿は迫りくる浪人を次々に倒していった。

 そして最後の1人残った浪人が、椿を見ながら震えるように言った。


「お前……まさか……柳川師範を殺めた宗刀流の!!」


 椿は、静かに頷いた。


「いかにも……私は宗刀流の宗方椿……あなたは?」


 男が怒りに満ちた目で椿を見つめた。


「お前が、師範を!! 本来なら俺が命に代えても師範を守るつもりだったのに!!」

 

 椿はいつも、暗殺依頼の無い人物は気を失わせるだけで依頼者のみの命を奪って来た。

 浪人は必死な顔で刀を椿に向けながら言った。


「師範の仇!!」


 椿は刀を持つ手に力を入れると、浪人を見据えた。

 今の怒りは過去の自分に向けられたものだ。

 それならば、椿もその想いに答える必要がある。


「それでは、せめてあの方の命を奪った技で……宗刀流奥義、鉄!」


 辺りに風が巻き起こったと同時に、男が膝を着いて倒れた。

 一瞬だった。

 きっと倒れた男は何も感じなかっただろう。


 一撃必殺。


 椿の宗刀流は、相手を苦しめることもなく一瞬で命の華を散らす。

 そんな流派なのだ。


 椿は扉を叩いて部屋に入った。

 部屋に入ると、五条廉太郎が座っていた。


「夜会の庭で爆薬が爆破した時は驚いたが……ここにいた者全てを倒してしまうとはな……さすが、我が柳川流師範の命を奪い、我が流派を潰しただけのことはある」


 椿は、五条を見ながら言った。


「なぜ、西条家にこだわるのです?」


 五条は憎しみに歪んだ顔で言った。


「俺の名は、柳川……柳川蔵持の息子だ。我が父を殺すように依頼したのは……西条家の現当主。西条権蔵だ」


 椿は、模造刀の柄に手を置いたまま尋ねた。


「父君の敵討ちというわけですか?」


「そうだ……父は、刀を……手放すことが出来なかった……ただそれだけだ……あんたたちだって、刀を奪われて生きる術を無くしたはずだ」


 椿は、ゆっくりと口を開いた。


「もう刀を使って、命の奪い合いで解決する時代ではないと思います。それだけはわかったので私は刀ではなく……他の道を探しました」


 椿の言葉に五条は自嘲気味に笑った。


「はは……君は何もわかっていな。人が殺し合わない時代など来ない。これから刀の方が平和だったと嘆くほどの殺し合いの時代が来る。それに比べたら私のしていることなど、可愛いものだ」


 椿はゆっくりと息を吐いた。


「私には先のことなどわかりません。ただ、刀を持たなくなっただけで、宗刀流の意思は私の中に確実に残って、今も私の中で生きていると自負しております」


「意思ね……なるほど……あんた奥義を伝授されたのだろう? 俺は……結局教えてもらえなかった……『型だけではなく、柳川流の意思を感じ取れ』と言われてな……何のことだと思っていたが……」


 五条の瞳が揺れた。

 そして刀を手にした。


「殺せ……簡単にやられるつもりはないが……」


 椿は、模造刀の柄を持つ手に力を込めながら言った。


「命は奪いませんが……罰は……受けて頂きます。法の裁きを受けて下さい。宗刀流奥義、矢羽」


 そう言って、五条に向かって刀を振り上げた。

 気が付くと、五条が床に倒れていた。

 椿は、模造刀を鞘に収めた。


「忘れていましたこれ、忘れ物です」


 椿は胸から銀色の写真の入るペンダントを取り出すと、五条の机の上に置いた。

 そうして、代わりに五条の机の上から宗介に関する暗殺計画書を探し出すと、それを持って静かにその場を去ったのだった。






 椿が五条のアジトを出ると、静まり返った中に大きなエンジン音が聞こえた。


(まだ仲間がいたのかしら)


 椿が警戒していると、眩しい光が見えた。

 そして、すぐに見覚えのある自動車が二台でこちらに凄い早さで、向かって来た。


「あれは……成孝様? 宗介さん!?」


 椿は動体視力も抜群で、視力もいいため遠くからでも誰が運転しているのか瞬時に理解した。

 二台の車が椿の目の前で停まると中から転げ落ちるように成孝が飛び出して来て抱きしめられた。


「よかった、椿!! 間に合った。頼むから無茶なことはするなと言っただろう?」


 すると宗介や秀雄や政宗も飛び出して来た。


「椿、すぐに戻るぞ、見つかると厄介だ」


 秀雄が慌てて言った。

 すると宗介が怖い顔をして造船所を見つめた。


「おかしくないか? 自動車でこんなに近くまで乗り付けたのに……誰も出て来ないなんて……」


 そして政宗が声を上げた。


「入口に人が倒れてるぞ!!」


 成孝が椿を腕の中から離すと、「何?」と言って政宗の方を見た。

 椿は、胸元から書類を取り出した。


「これが、宗介さんを狙った暗殺計画です。爆薬入手の経路、また銃の入手先などの書かれた書類を持ち帰りました」


 椿の言葉に、皆が石像のように固まった。

 一早く動けるようになった成孝が声を上げた。


「もしかして……椿……すでに乗り込んだのか?」


 椿はゆっくりと頷いた。


「はい。明日は大事な会談です。絶対に邪魔されたくはありません。ですから先にアジトを壊滅させて皆様の安全を確保しようと思いました」


 秀雄は「何だって、椿~~そんな危険なことを~~」と言って泣きそうな顔をした。

 政宗は「さすが、椿だな。最強だな、でも相談してくれ~~!!」と言って心配した。

 宗介は「凄すぎだろう」と言葉を失った。


 そして……


 成孝は無言で椿に近づくと、椿を力一杯抱きしめた。


「無事でよかった……」


 椿は、成孝の腕の中で呟くように言った。


「私の役目も終わりだと伺ったので、最後に成孝の役に立ててよかった」


 すると成孝が、驚いた顔をしながら言った。


「最後? どういうことだ? 私たちは夫婦になるのだろう? 椿も頷いてくれただろ?」


 今度は椿が驚く番だった。


「夫婦? 誰と誰がですか?」


「私と椿だ」


「……?? 成孝様は、伴侶にしたい方が出来たっておっしゃって」


「だから、それは椿だ!!」


 椿は驚いて目を大きく開けた。


「私が成孝様のお相手ですか? 契約ではなく?」


「そうだ。椿、私と正真正銘の夫婦になってくれないか?」


 椿は驚いた後に笑顔で答えた。


「はい」


 そして成孝が椿を抱きしめた。





 その光景を離れた場所から、秀雄と政宗と宗介は見ていた。


「あ~~結局椿は、東稔院に取られたな……」


 宗介の言葉に秀雄は笑った。


「まぁ、最初から兄さんは椿に惚れてたんだろう? そうでなきゃ、あの兄さんが例え仮とはいえ許嫁契約など持ちかけるはずがないからな」


 政宗は眉を寄せた後に息を吐いた。


「まぁ、椿が姉っていうのもいいかな?」


 そして、秀雄が声を上げた。


「お~~い、成孝、椿。そろそろ戻るぞ!!」


 そして、秀雄の声に成孝と椿が走ってきたのだった。





 


 早く椿と夫婦になりたいと、かなり祝言を急いだ成孝が、約三ヶ月後に行われる予定だった東稔院の大茶会の日に、多くの参列者に見守られて祝言を上げるのだが……


 それはまた少し先の未来の話だ。





【完】




――――――――――――






 最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。

 またどこかで皆様にお会いできますことを楽しみにしております。



 藤芽りあ

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大正剣客令嬢の許嫁契約 藤芽りあ @happa25mai

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