第30話 憧憬

 文化祭当日。他校や外部の人を招き学校にはいつも以上に賑やかだった。校門には大きく文化祭開催の看板が立てかけられている。文化部の作品も教室に飾られ美術部員の絵も教室にまとめられて展示されていた。いろはは文化祭用に頼まれていた絵を描き上げた。


「ひゃー!超かっこいいんだけどっ」

「これって写真撮っていいのかな」


 店番をしている桃山と堀之内は女子生徒たちの声がする方をまたか、と言った様子で見た。隣で受付をしている小波は入場者の数の確認をしている。


「あーまた人だかりができてる」

「いろは先輩の作品のところ?」

「そうみたい」

「あっ写真大丈夫ですよー許可取ってます」


 女子生徒たちは小波の返事にスマホを取り出し楽しそうに写真を撮り始めた。体育館では演劇部が芝居を披露校庭からは吹奏楽部の演奏が心地よく聞こえてくる。


「あっ!そういえば軽音部見に来てって言われてたんだった」

「軽音部?いいな。俺も行きたい。堀之内~留守番頼んでいい?」

「いいスよ。適当にこの辺いるんで」


 桃山と小波は「すぐ戻る」と伝えると教室を後にした。教室には相変わらず女子生徒たちが集まっている。するとそこへ桜羽がやってきた。


「あれ?堀之内君一人?」

「さっきまで桃山先輩と小波先輩いましたけどなんか見るってどこか行きました」

「そうなんだ。一人で大丈夫?」

「まぁ特にやることもないんで」

「そうか。それにしても今年は大盛況だね」


 桜羽は展示室を見渡した。去年より見に来ている人が多く顧問ながら驚いていた。


「いろは先輩の作品が人気なんです」

「小鳥遊さんの作品間に合ったんだ。仕上がってるので良いって言ったんだけど新しく描いてくれたみたいだね。なにを描いたのかは仕上がったらって言ってたけど。君たちも先輩に負けてられないよ」

「・・・そうですね」


 桜羽は飾られている作品を一枚一枚を丁寧に見ていく。女子生徒の賑やかな声に後ろから作品を見た。


「あっ桜羽先生!」

「アハハ、びっくりした!こっちは本物だ~」


 女子生徒たちが見ていたのはいろはの作品だった。作品の前で足を止める桜羽。

 そこには『憧れ』と題された浴衣姿の自分が描かれていた。穏やかな温かみのある表情でどこかを見つめている。桜羽は照れくささを感じ頬をかいた。静かな展示室にスマホのシャッター音が聞こえてくる。そして一通り見終わると展示室を後にした。


「これ描いたの誰だろう」

「三年の元部長さんらしいよ」

「へぇ~すごい。さすが部長さんだなぁ乙女心わかってる~」

「ねぇ~わかってるよねっ」


 楽しそうに雑談をしながら教室を後にした。いろはの作品の前には人が尽きなかったが、体育館で催し物が始まると生徒達はそちらへ流れていった。遠くで演奏されているギターの音が展示室にも聞こえてくる。


「あれ?堀之内君だけ?」


 堀之内がやっと人が引いたと思った頃にいろはがやって来た。


「みんな体育館です。多分」

「私店番してようか?堀之内君もなにか見たいでしょ?」

「別に俺はいいです」


 いろはは差し入れに持って来たたこ焼きを堀之内に渡した。袋の中から食欲をそそる香りが漂っている。


「いいンすか?」

「どうぞ。うちのクラスたこ焼きだったの」


 堀之内は割り箸を取ると少し冷めかけた、たこ焼きを口に入れた。


「先輩の作品人気ですよ」

「えっそうなの?この三年間で制作時間一番かかってないんだけどな」

「女の人が入れ違いでずっと見に来ます」

「あーそれは私の作品というより桜羽先生の人気だね」

「さっき桜羽先生も見に来ました」

「そうなんだ。入れ違いだったな~」


 いろはは自虐を込めながらも自分の作品を見て嬉しそうにする話す女子の姿に自然と頬が緩んだ。


「そういえば卒展の作品間に合ってよかったですね」

「えっ知ってたの?」

「桜羽先生が珍しく慌ててましたから。車で届けたらしいですよ」

「うん。白峰さんから後から聞いたの。なんか結局迷惑かけちゃったな」

「一次通過の結果きました?」

「ううん。まだ来週あたりかな。でも思ったように仕上げれなかったから無理かも」

「絵ってそんなもんでしょう。何枚描いても完璧にならない。だからまた描こうって俺はなりますけどね」

「・・・うん。そうかもね」


 いろはは改めて自分の作品を見た。初めて描いた好きな人の人物画。入部した頃よりは幾分上手く描けているが実物には敵いそうもない。


「そうだ。堀之内君に聞きたいことがあったんだ」

「なんですか?」


 いろはは辺りを見渡した。他の人に聞こえないように小声で堀之内に耳打ちをする。


「どうして私が先生好きってわかったの?」

「・・・そんなことですか」

「そんなことって、大事なことよ。友達にも言ってないんだから。あれから誰にも言ってないでしょうね?」

「まぁ・・・一応」

「一応ってなに。言っちゃ駄目だからね」


 堀之内はたこ焼きを食べ終えると机の上に置いてあった水を飲んだ。ギターの演奏音が止まり、展示室には静けさが戻って来た。隣にいるいろはを一瞥するとすぐに視線を戻した。


「思ったより元気そうですね。もっと落ち込むかと思いました」

「それは・・・まぁ色々とね。で、どうして?」


 堀之内の返事を待った。

 堀之内はこんなことなら桃山と小波と一緒に軽音部を見に行けばよかったと少しだけ後悔した。ペットボトルのキャップを絞めながら小さくため息をついた。


「それは・・・」

「それは?」


 真直ぐに堀之内を見るいろは。堀之内が珍しく視線を泳がせた。もう一度キャップを開け始めると手元から落ちていく。小さくため息を零しながら立ち上がるといろはがまだ堀之内を見上げていた。自分が答えるまでここにいるつもりだろうか。


「・・・せっ先輩バレバレですよ。見てればわかります。他にも気づいてる人いるでしょ」

「えーそんなことないよ。だって言われたの堀之内君だけだよ」


 紅葉の葉はすっかり落ち木枯らしが吹き始める。卒業まであと数か月と指折り数え冬に向かっていく。堀之内は床に落ちたキャップを拾いながら寒さが増していく校庭を見つめた。あの暑い夏の日が脳裏に蘇ってくる。キャップを握りしめ振り返った。


「あっいた、いた。いろはちゃん」

「いろはの作品見に来たよー」

「あっ美鈴!世那!来てくれたんだ。ありがとう」


 明るい声が展示室にまたやってきた。いろはは自分が描いた作品の前に二人を案内していく。照れたように寂し気に笑ういろは。その表情に堀之内は目を細め腰を下ろした。






  先生、いつか私が大人になってこの恋を思い出せるようになったら

  『憧れ』の意味も理解できるのかな。

  大人になった私はもう少しだけこの気持ちを上手く

  伝えることができてる?

  先生におめでとうと言える日が来るまでどうかお願い・・・

  私のことを忘れないで。



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マイナス1℃の初恋は夏空に消えていく May @sakuramaybox

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