梅雨のしずくが渇く前に

一葉 小沙雨

梅雨のしずくが渇く前に


 前から思っていたのだけど、アナタってとっても素敵な言葉をお遣いになるのね……。


 そう言うと、大変驚いた顔をされた。

 彼にとっては無自覚に等しいものであったらしい。

 それでも、いつまでもグズグズしている今の私には、彼の言葉がまるで露の玉が放つフワリとした淡い光りのようで、優しくさり気なくも、大変眩しいものだった。


「そうね、あのお嬢様は梅雨が大変お好きだったから、そろそろ私も急がなくッちゃ」


――ここ数日、酷い日照りがずっと続いている。


 あの方は紫陽花のようだから、きっとこの勇み足の夏気にはさぞガッカリなさっていることだろう。


 ……せめて梅雨のしずくが、渇ききって仕舞う前に。


「私もあの方に、……そうよ、アナタみたいに……、素敵な言葉を、送りたいの……」


 私は抽斗から便箋を取り出した。

 ずっと乾いたままだった万年筆のペン先に、恵雨の如くインク液が染み込んでいく。

 紫陽花の葉に載る梅雨の名残よ、どうかまだ彼女のそばに残っておいておくれ。

 そうつよくつよく祈りながら、ついに私は震える手で筆を走らせたのだった。




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梅雨のしずくが渇く前に 一葉 小沙雨 @kosameichiyou

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