第30話 撫で撫で


「……だめ?めんどうかな?」


「いや、面倒ではないよ。それでいい。俺が教えながら碧月が料理を作る。大丈夫だぞ」


「ありがとう」


「他には何かあるか?」


「うん。あとは、そうね……食材を買いに行く時はできるだけ一緒に行きたい」


「一緒に?」


「なにをどう買ってるのかをみたいわ」


「ああ……なるほど。けど、それならレシートいらないんじゃ?会計碧月がすれば」


「それはそうだけど、レシートはほしいわ。後でなにを買ったのかとかわかるし、それに帳簿につけてお金の管理もしたいし」


「あ、なるほど」


たしかにそれはそーだ。昔妹にそれで怒られたのを思い出した。レシート捨てて帰ったらそれないと帳簿が付けられないでしょって……。


ちなみに我が家の生活費の管理は父さんと妹の二人がやっている。妹が出費関係を帳簿につけて、父さんが時間のあるときにそれをみせて確認する感じ。今更だけど偉すぎるな、うちの妹。


そして、それをひとりでやっている碧月も。


「じゃ、明日一緒に買い物行こう」


「うん、お願いします」


「あ、そーだ。あとひとつこっちからもお願いがあるんだが」


「?、なに?」


「アレルギーとか、食べられないものリストを作ってほしい。料理を作るのに参考にしたいから」


「うん、わかった」


「助かる」


「鈴木ってラインしてる?」


「ライン?メッセージアプリのか?」


「うん。それで送ってもいい?リスト」


……いいけど……それって、連絡先の交換をするってことになるけど、逆にいいのか?


「……えっと」


「な、なに?だめかな?」


いや、さすがに意識しすぎじゃないか?そこを気にするのって。あくまで事務的なことをラインでしようってだけの話で、別に深い意味はないだろ。


うわぁ、きめえ。俺、きめー。そんなこと気にする俺きめーな。


「いや、大丈夫だ。まあ、他にもいろいろと連絡することもあるだろうし……うん」


「いろいろと……う、うん、そうね」


「うん」


「うん」


……なんなん?


妙な空気が……。


「……あー、えっと、その……ストレスは大丈夫か?」


「ストレス……あ、ああ、大丈夫だと思う。まだ、多分」


「そうか。でも遠慮しないで言えよ。また我慢して変なタイミングで強制的に猫化しちゃったら大変だろうし」


ある程度は抑えられる猫化の呪。……けれど俺にはそれがどの程度のストレスでどのタイミングで発動するのかはわからない。


わかるのはただ一人、その猫化する呪を受けて生まれた碧月だけだ。


だから、ストレスが溜まっているのなら無理せず猫化して解消してほしい。俺がいるうちに。


「うん。……ありがと、大丈夫だよ」


「そっか」


というか、猫化してほしいまである。帰る前に鈴音に会いたい。むしろ会わせてほしい。


(……けど、猫化するの嫌だろうしなぁ。してくれとは言いにくい)


それからスマホでラインのIDを交換した。いちおう、試しに何かメッセージを送ってほしいと言ったら、ロシアンブルーの猫のスタンプが送られてきた。


『よろしくにゃ』


と、メッセージがついた後ろ姿で顔をこちらに向けたお猫様のスタンプ。返事かわりに俺もスタンプを返した。


「……え」


キョトンとした顔の碧月。俺の返したスタンプに驚いたようだった。


『こちらこそにゃ』


と、吹き出しにメッセージのついたそのスタンプは、彼女と同じロシアンブルーのスタンプ。


「鈴木もこのスタンプ持ってたんだ」


「ああ。家で飼ってたお猫様がロシアンブルーだったからさ……まあ、まんま同じやつを持ってるとは俺も思わなかったけど」


「へえ、そーなんだ……へえ」


スマホ画面を眺め、にまにまとする碧月。


「んじゃ、連絡先も交換したし帰るわ」


「……ん。わかった」


玄関。俺を見送る碧月の顔が少し心細そうにみえた。


「……どうかしたか?」


「え、なにが?」


ハッとする碧月。誤魔化すように笑ってみせる。


「いや、暗い顔してたから」


「えっ!?そんな顔してないし……!」


「そっか」


「……あの」


「ん?」


「いちおう、予防してってくれないかな」


「予防?」


「……な」


「な?」


「……撫でて、ほしぃ……かも」


「あ、ああ。うん、わかった」


俺は碧月の頭を撫でる。口には出さないが、鈴音の猫化をおさめた時のように、『大丈夫だよ』と彼女への想いを込めて。


さらさらの髪質。銀色の髪の毛を優しく撫でる。碧月のあたたかさが手を通じて感じる。


「……ありがと」


彼女は上目遣いで、恥ずかしそうに礼を言った。


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