第29話 私にやらせて


「え、でも……」


「嫌か?」


「嫌ではないけど」


「けど?」


「……負担になるのは、嫌」


「ならないよ。つーか、このまま放置してくほうが心の負担になるし。インスタント食品ばっかですませてると体壊すぞ」


「ぐっ」


「んじゃ、台所借りるぞ。碧月は出来るまでリビングで待っててくれ」


「私もここにいる」


「監視なんてしなくても、変なことなんてしないぞ」


「そんな心配してないわよ。鈴木、お皿とか調味料とかの場所わからないでしょ」


「ああ……それもそうだな。んじゃ、悪いけど頼む」


「なにも悪くないわよ。どちらかというと悪いのは私でしょ」


「細かいな。料理は大雑把なくせに」


「うるさいっ」


「あだ」


ぱしん、と背中を叩かれ、俺は大げさに声を上げる。碧月がそのオーバーリアクションにくすくすと笑った。


それから俺が作ったのは簡易的なオムライスだった。材料はパックご飯、卵、塩胡椒とうの調味料、ケチャップ……あとは冷蔵庫にあったウィンナー。それだけの簡素なオムライス。


ウィンナーとご飯とケチャップ、調味料を混ぜ合わせケチャップライスを作る。碧月はその様をみながら「へえ」とか「すご」とか声を漏らしていた。無意識か?


「鈴木、すごい手際がいいわね……普段料理とかしてるの?」


「ん?ああ、まあな。家は妹と俺の二人で交代で飯作ってるから」


「え、そうなの?お母さんは?」


「いない。小学生の頃、事故でな」


「……ごめん」


「いや、大丈夫。それからずっと父さんと妹と俺で暮らしてて……最初は父さんがずっと飯作ってくれてたけど、仕事もあるし大変そうでさ。だから妹と俺で作ることにしたんだよ」


「偉いわね」


「お前ほどじゃないさ……と、碧月!見てろよ!」


「え?」


俺は油をひき加熱したフライパンを指さす。といた卵を流し入れ、頃合いをみて中央を箸でつまむ。上手い具合にフライパンとつまんだ箇所を回し、やがてそれは黄色いドレスのようになった。


「わぁ……!」


目をキラキラさせる碧月。うん、上手く行ったな。俺はそれをさらに乗せてあったチキンライスへとかぶせた。


「すごい、すごいね!鈴木!可愛いね、このオムライス!」


「お、おお……」


キャッキャと満面の笑みを浮かべ、テンション爆上がりな碧月。喜ぶかなとは思っていたが、まさかここまでとは……作り手としては嬉しい限りではあるが、少し照れくさい。


「こんなに綺麗に作れるんだ!わぁ!」


「……まあ、結構練習したからな。てか、冷めない内に食べな。これ碧月の分だから、持っていって食べてて」


「ありがとう!やったぁ」


やったぁ、て……子供みたいだな。皿を受け取り、リビングへ向かった碧月。俺はもう一つ自分のを仕上げる。ちなみに自分のは碧月に作ってやった、ドレス・ド・オムライスではなく、ふつーのやつだ。あれは碧月が喜ぶかなって思ったから作っただけで、普段は手間なのでやらない。


オムレツをチキンライスの上へ乗せ、包丁で切れ目を入れて開く。ぱっかりと開いたオムレツの中からとろりと黄色い波が広がりチキンライスを覆う。


(よし、上手くできた……)


自分のオムライスを持ってリビングへ。


「ん?」


座っていた碧月が俺を見上げた。


「あれ、食べてない……?」


テーブルに乗っている碧月のオムライスはまだ一口も手がつけられてはいなかった。


「鈴木がきてからと思って」


「冷めちゃうから食べてて良いっていったのに」


「いーの。ほら、食べよ」


「ん」


碧月の向かいに座り、手を合わせる。すると、ふと碧月も同時に手を合わせていたのがみえた。


彼女もこちらの視線に気が付き、目が合う。


「……いただきます」「いただきますっ」


なんだか照れくさいな。碧月もそれは同じだったぽく、はにかみ笑っていた。


「こんな綺麗なオムライス、食べるの勿体ないね」


「食べないほうが勿体ないぞ。美味しい内に食べ無い方が勿体ないだろ」


「むむ。それも、そーね」


「まあ、また作ってやるからさ」


「ほんと!?」


「……お、おお」


「やったぁ!えへへ」


な、なんか……キャラ崩壊してねえか?あの人を寄せ付けない冷徹な感じが微塵もなくなってる。……なんか、こうなったらもう、ふつーの可愛い子に見えてくるな。


「……あれ、ていうか鈴木のやつ私のやつと違う!なんかとろとろなんだけど!」


「え?ああ、ふつーに乗せて開いただけだけど」


「そっちもおいしそう」


「や、味は変わらないから」


「でも……」


「わかったわかった、今度はこれ作ってやるから早く食べなさい」


「うんっ」


お母さんかよ、と自分にツッコミを心の中で入れる。ケチャップをかけオムライスを頬張る碧月。美味しい美味しいと言いながら、嬉しそうに食べている彼女をみてこちらも嬉しくなる。


「ごちそうさまでした」「ごちそうさまでした!」


両手を合わせる二人。食事が終わり、皿を洗うことに。碧月が洗い物は自分がやるから休んでてと言ってきた俺はそれを断った。俺はこういうことは最期まできちんとやらないと気がすまない性分なのだ。


なので二人ならんで洗い物をしている。俺が洗った食器類を碧月が拭いて定位置へしまう。ぶっちゃけ大した量はなく、二人でやるのはむしろ効率が悪いような気がしたが、お互い譲らなかったので仕方がなかった。


「なあ、碧月」


「なに?」


「これから毎日ご飯を作りにきていいか」


「……は!?」


うん、と言いかけ二度見して驚く碧月。


「や、だって……お前、料理できないだろ」


「それは、そーだけど……でも、毎日って」


「頼む。さすがにこれは見逃せない。このまま不摂生を続けていたら碧月、体壊すかもしれないだろ。……鈴音(お猫様)が体調不良になったらと思うと、不安でしかたないんだよ」


「……えっと……」


碧月の体がへにゃへにゃとして俯いた。むっ、これはもう一押しで折れそうか?


「頼む、やらせてくれ。お前の食事を俺に作らせてくれ」


「……」


頭をさげる俺。口元に手を当て顔を赤らめている碧月。


「……えっと……うん、わかったわ」


「本当か!ありがとう!」


「いや、ありがとうて……なんで君が」


「鈴音のためにご飯が作れるなんて幸せだからな!さっそく明日食材買ってくるわ」


「……ま、まって、ひとつ条件が」


「ん?条件?」


「や、私が条件なんて出せる立場じゃないのはわかってるんだけどね?けど、これは守ってほしいの……」


「?、なんだ?」


「買ってきた食材のレシートをちょうだい。お金はちゃんと払うから」


「あ、うん。わかった……それだけ?」


「まだあるわ。……料理は私にさせてほしい」


「!」


「いつまでも鈴木に頼ってはいられないもの。料理覚えるわ……だから、料理は私にやらせてほしい。教えてほしいの、覚えるから」


いや、俺にはいつまでも鈴音の食事をみていたいって願望があるんだけど……。


けど、碧月の気持ちはわかる。彼女はひとりでも大丈夫だとお父さんに証明したくて、こうして一人暮らしをしている。料理が学べるチャンスがあれば、そうしたいだろう。


……ふむ。


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