ダークサイドに落ちて〜陰陽師が守るべきものは恋か結界か仲間か〜

Fluffy

第1話 出会い


「おはよう」


 学園の廊下で聞こえる泰羅たいらの声。その挨拶は誰とも交わることなく空間へと消えていく。クソッタレ。なんて、もうそんなことで腹は立てなくなっていた。イジメられるより無視される方が何倍もマシだからだ。


 泰羅が教室の空いている席へと進むと、窓際からクスクスと女性特有の笑い声が聞こえる。その声がする方を見ると、いかにもカースト上位の女子生徒たちが談笑中。その中の一人が泰羅を捉えて、先ほどの笑い方とは明らかに違う声色で笑う。


 流石に気分が悪い。


 泰羅を嘲笑いながら、女子の群れの、おそらくこの学校の女子の頂点に立つ生徒がこちらに歩み寄ってくる。


「転校生?」


 まるでビッチのような甲高い声。馬鹿にして真似してやりたい衝動に駆られるが、グッと抑えて彼女の問いに泰羅は首を振る。


「あら?でもこの辺じゃ見ない顔よね?」


 制服を無闇に短くしていないあたり、下品な人ではない。化粧はしているが濃くはなく、高校生のくせにおしゃれしてるマセたガキ程度か。髪も黒く、染めていない。


 彼女の問いを無視してカバンから教科書を取り出して席に座ると足元が見えた。ハイブランドのフラットシューズ。


(やっぱり良いところのお嬢様か…)


 そう思うと泰羅は思わずため息が出た。


 その態度をよく思わなかった彼女は先ほどの嫌味っぽさから戦闘モードへと切り替える。


この学園ここは貴方のような庶民が来るような学校じゃないのよ?」


 そう言って鼻で笑って教室を出て行った。


(なんなんだあの女あのビッチ


 泰羅は彼女が出て行った出口を見て思わず首を左右に振ってしまう。もう彼女はそこにはいないのに、またため息が出た。


 


「ごめんね、花桜里かおりちょっと言葉がキツくて」


 声の方を振り返ると、先ほど窓際で彼女と談笑していたうちの一人だった。彼女の声や表情には敵意が感じられない。まともに会話ができるタイプだろうかと思い泰羅は言葉を返す。


「ちょっと?随分イジメ慣れてる感じだったけど?」


「…ああ…、でも、花桜里は人見知りなだけで、そんなに悪い子じゃないから。多めに見てあげて」


「君は彼女のママ?」


「ちょっと、それ花桜里の前で言わないでよ?私は蝶野丹ちょうのあき。あなたと同じ科目取ってるの。隣いい?」


 泰羅は隣の席を手で指して同意の旨を意思表示する。


 あきは隣の椅子を引いて前を向くでもなく、泰羅の方へと体を向けて足を組む。それにしても長い足だなと、見惚れて視線を上にずらして足を辿ると、先ほどのお友達とは逆に短めのスカートで目のやり場に困る。


(なぜ前を向かないのか)


 もうすぐ始業のチャイムが鳴るというのに。


「あなたは何て言うの?」


 丹は泰羅の机にある教科書を勝手に手に取り、裏に書かれた名前を読もうとしているが、読みにくいのだろう。教科書を持って固まっている。見かねた泰羅はフルネームで答える。


温見泰羅ぬくみたいら


 泰羅はその教科書を取り上げる。落書きを見られたら恥ずかしい。


 丹はニコッと音と光が出るような眩しい笑顔で笑って泰羅を質問攻めにしてくる。


「泰羅は、転校生じゃないなら、どこから来たの?見たことないけど」


「そう?俺は2年前から君を知ってるけど」


「……」


「言っとくけどストーカーじゃないから」


 彼女はあからさまにホッとしたようだ。


(失礼だな)


 泰羅は彼女を適当に相手しようと思っていたのに、丹は一向に前を向こうとしない。

 質問に答えるまでこっちを見てるつもりか。始業まであと数分だというのに、こういう時だけ時間が過ぎるのを遅く感じる。


 泰羅は観念して彼女の暇つぶしに付き合うことにした。


「入学式で会ってるよ。俺は花桜里君のお友達が言うように、いいとこの育ちじゃないから。共通科目が終わるまでは庶民専用のクラスにいた」


 この学校はお金持ちと、それ以外のクラスに分かれる。お金持ちはお金持ちとしか連まないので、我々貧乏人とは無縁なのである。共通科目を過ぎるまでは。貧乏人は少数派でほとんどの生徒が彼女たちのようなお嬢様やお坊ちゃんだ。


 だからこうして選択科目で初めて遭遇する生徒がほとんどだ、違う身分の連中とは。


「でもどうして私のこと知ってるの?」


(この女まじかよ?自分が有名人だって自覚が無いのか?)

 泰羅は彼女が生徒たちの間でなんと呼ばれているのか教えてあげようと思った。


蝶野丹ブロンドの美人を知らない奴なんてモグリだろ。君もさっきのお友達も有名人だよね?この学園ここでは」


「どうだろう?花桜里と黄輝こうきは有名だけど、私は親が有名なだけだから」

 

 丹の表情が曇って行く。

(もしかしてこれ系の話はタブーだったか?)


五大夫ごだいふの娘ってだけで、花桜里や黄輝と違って家紋に相応しい実力は私にはないし」


「そうなの?」


「ちょっと、そこはさ、“そんなことないよ”って言うところじゃない?」


 家のことを触れられたく無いのか、何なのか。

(よく分からない反応をするな)

 泰羅は彼女への接し方に悩む。


「俺たち庶民からしたらさ、家柄とか後ろ盾があるだけでそれが実力の一部でもあるんだよ」


「そうかな?家紋に助けられてるだけだよ」


「あるもん使えばいいじゃん。親の脛は齧れるだけ齧ってさ。俺なんか齧りたくても齧るものがない」


 先ほどまで暗くなっていた顔に、また光が差してきた。丹は気持ちが顔に出るらしい。彼女は純粋だ。


「泰羅は術とか勉強は得意?」


「君たちほどじゃないけど、一応、特待で入ってるから、それなりにできないと困るっていうか」


「すごい!!特待生って、どっちの?」


「どっち?」


(どっちとは?特待生に種類なんてあったか?)

 泰羅は入学要綱を思い出すが3年も前のことなんて思い出せない。

 一人で悩んでいると、先生が教室に入って授業が始まった。


 丹はもう少し話したそうではあったが、下手に目立ってしまっては困る。

 勉強が不得意ではないとは言え、特待生は授業態度の内申点も総評に関わってくる。


(もし途中で特待生から外れてしまったら…)

 考えるだけで悍ましい。



 泰羅は授業に集中して気づくと終業のチャイムが鳴っていた。

 丹は次の授業へと移動するようだ。


「泰羅は次もここの教室?」


「そう。君は…花桜里お友達がお呼びだよ?」


 どの授業を取ってるか聞こうとしたが、教室の入り口で仁王立ちしている花桜里が見えた。


「待たせると機嫌悪くなっちゃうから、もう行くね。また今度」


 丹はそう言って花桜里に元へと行ってしまった。泰羅の席からは彼女が花桜里と二人で渡り廊下を歩いていくのが窓から見えた。


(花桜里よりずいぶん背が高いんだな。ヒールでも履いてるのか?)

 そう思うくらい、スラリと背が高い。


(お友達のビッチは嫌味ったらしいハイブランドのローシューズだったけど)

 なんてつい、心の中で嫌味が出る。


 そういえば、丹がどんな靴を履いていたか見ていない。長い足とブロンドの輝く世界に囲まれた眩しい笑顔に目を奪われていた。

(制服は着崩してたっけ?あれだけ足が出てて目のやり場に困ったから結構スカート短いよな。優しい性格のように見えたけど、意外とこっちがビッチか?)

 なんて失礼なことを考えながら、彼女達のことは頭から消した。


 いずれにせよ、自分とは無縁の世界の人間だ。接点を持ったところでどうしようもない。

(おそらく今後も関係はないだろう)

 泰羅はそう思った。


 だが、この時の泰羅は浅はかだった。

 今日、蝶野丹と言葉を交わしていなければ、こんなことに利用されるはずはなかったのに。



 

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