ふたりの秘密基地

あああああ

ふたりの秘密基地

 ある夏のことだった。少年は、友人とともに秘密基地を作った。

 秘密基地は、どこの家のかもわからない、誰も使っていない山小屋の、壁や屋根に開いた穴をベニヤ板やビニールシートなどで補修したもの。

 補修の材料は、廃材をあつめたり、毎月の少ないお小遣いを出し合って、少しずつ買った。必要な道具は少年が家からこっそりと持ち出した。


「お互いにさ、パパにもママにも内緒にしよう。ふたりだけの、秘密基地だからさ」


 ニッと笑って友人は言った。少年も、おおきく頷いてから、ニッと笑った。


「絶対だぞ」

「分かってるってば」


 毎日少しずつ草むしりをして、足踏みをして踏み固め、道をととのえる。

 そして、小屋に穴や隙間を見つけては、手元の材料でそれを埋めていった。

 仕上がりが多少、不格好でも、関係なかった。

 完成が近づくたびに、ふたりの心は踊った。


 楽しい秘密基地づくりの作業だったが、ふたりとも、遅くならないうちに、作業をやめて家に帰ると決めている。

 親に勘づかれたくなかったからだ。

 だから、毎日少しずつ、ほんとうに少しずつ、作業をこなしていった。


 ひぐらしが物哀ものがなしく鳴きだす頃まで。


 秘密基地は、梅雨つゆがあけてから、ようやくできた。

 屋根から手を付けたのが功を奏したのか、降雨量が大した事なかったからなのか、奇跡的に雨漏りはしていない。


 それからふたりは、学校が半日授業や休みになるたびに、菓子や漫画を持ち寄って、秘密基地で遊んだ。


 ある日のことだった。


「そうだ、夏休みにさ、うまいこと親をごまかして、ここでお泊り会しない? うち、狭くてさ、ずっと親と一緒に寝てるからさ」


 友人はいたずらっぽく笑う。

 そんな彼の提案に、少年は目を輝かせた。


「それいいね! すっごく楽しそう」


 友人は、少年の嬉しそうな顔を横目に、個包装の米菓をあけ、それをひとくちで頬張る。

 急いで噛み砕いて、水筒の冷たい麦茶で流し込むと、「良いこと思いついちゃった!」と言い、ぱちん、と両手を叩きあわせた。


「ついでにさ、あついからさ、エアコンが欲しいよね!」

「エアコンって、どうやってつけるの? あと、電気は?」

「わかんない」


 ふたりの笑い声は、秘密基地の中で華やかに咲いた。


 **


 夏休み、約束の日。七月二〇日。

 出かけようとした少年を、両親が呼び止めた。家の前の草むしりと、花壇の水やりをしてくれとのことだった。

 結局、それが終わったのは昼前になってのことだった。


「しまったな……」


 自転車に乗り、急いで向かう。


 少年が秘密基地に着いたときには、もう昼になっていた。

 友人の姿は、秘密基地にはなかった。

 しかし、テーブルには友人が持ってきたであろうお菓子が並べられている。

 少年は何度も呼びかけるが、反応がない。

 夕方まで待ったが、とうとう彼は来なかった。


 ――怒らせちゃった、かな。


 少年は不安になった。

 友人はスマートフォンを親に持たされていない。だから、遅れると伝えることも、次の待ち合わせをすることもできなかった。


 ――もう、帰ってる……よね。


 少年は、友人が家族で住んでいるアパートに行ってみようかと考えたが、自分の両親にも、彼の両親にも内緒にしている秘密基地の話はそこでできないと思い、それをやめた。


 次の日も、その次の日も、少年は友人を秘密基地で待った。

 食べきれなかったお菓子と、漫画雑誌が少しずつ貯まっていく。


 気がつけばもう、八月になっていた。


 ひとりぼっちで過ごす秘密基地は、とても退屈で、味気のないものだった。好きなお菓子も美味しくない。漫画も面白くない。それでも少年は友人を待った。


「あれ……?」


 そんなある日、少年はあることに気がついた。


 ――漫画の積み方、ちょっと変わってる。昨日帰るときは、きれいにしてたのに。それに、お菓子がちょっと減ってる?


 少年は、時間のすれ違いこそあるものの、友人は確かにここにかよっているのだろう。そう確信した。


 **


 夕飯のあと、少年は部屋でひとり、考えごとをしていた。


 ――夜中にこっそり、ひとりで遊んでるのかな。


 友人が狭いアパートに家族で住んでいて、一人部屋を持っていないということを、少年は知っていた。


 ――もしかして、秘密基地をつくる手伝いをさせたのって、そのため……?


 ふと湧き上がった疑惑に、怒りが湧いた。

 遊びを口実に、自分だけの居場所づくりを手伝わされていたのかもしれない、そう思えて仕方がなかった。

 裏切られたような気がした。

 悲しかった。

 しかし少年は、それ以上に寂しさを感じていた。


 ――ぼくには、そんな悩みも言ってくれないの?

 ――今までぼくは、ぜんぜん、信用されてなかったの?


 悔しかった。

 最初からそう言ってくれていれば、こんな気持にならなかったのに、と。


 いてもたっても居られなくなった少年は、真夜中にこっそりと家を抜け出して、秘密基地へ向かう。外はすっかり暗くなっていた。


 **


 自転車を停めて、懐中電灯の明かりを頼りに山道を走る。


 秘密基地の小さな窓ガラスからは、ぼんやりとした光がこぼれ出ていた。


 ――きっとあれは、ぼくが家からこっそり持ち出したランタンだ。お泊りのために、準備してたのに。


 友人がいま、あそこに居る。

 そう確信した少年は、勢いよく秘密基地のドアを開けた。


 テーブルと高さがまるであっていない小さな椅子に、友人が座っていた。

 彼は驚くでもなく、笑顔でもなく、ただ冷たい表情で少年を見つめている。


「はあ、はあ。やっと会えた。……ねえ、どうしてあれから来なかったの? ぼくも悪かったけど。怒ってるの? ねえ、なにか言ってよ」


 少年は、この数日間の思いと疑問、約束の時間を守れなかったことへの謝罪を、ひとまとめにしてぶつけた。

 しかし友人は相変わらず、冷え切ったような視線を少年に向けて、ただただ黙っているだけだった。


「ねえ!」


 少年が声を張る。

 すると、ようやく友人は口を開いた。


「早く帰って。……それと、もう、来ないで」


 友人から出た言葉の意味を、少年は受け止めることが出来なかった。

 受け止め切るには、あまりにも唐突で、冷たい一言だった。


 ――やっぱり、怒ってるんだ。ぼくが時間を守れなかったこと。

 ――それとも、家でなにか、大変なことでもあったのかな。


 その唐突さは、少年の怒りを忘れさせていた。

 友人が、こんなに冷たい表情をすることも、突き放すような言葉を使うことも、少年は知らなかった。


「なにか、あったの?」


 一瞬、友人は悲しげな表情をうかべた。しかしそれも束の間。

 友人は少年を鋭く睨みつける。


「いいからもう出ていけ! お前なんか、知らない!」


 少年が初めて聞く、友人の怒鳴り声。

 ずきん、と胸に痛みが走る。


「とにかく……、とにかく、もう二度とここに来るな!」


 ――なんで、こんなこと言われなきゃいけないの?

 ――ぼく、そんなに悪いこと、した?


 ――こんなやつのために、ぼくが悩む必要なんて、ある?


 少年は、友人を睨みつけた。


「約束を守れなかったのはあやまるよ! でも、ひどいじゃないか、ずっと待ってたのに」


 とうとう、少年は言い返した。

 友人は、それを黙って聞いていた。

 少年は、さらに語気を強める。


「毎日、毎日、ずっとあやまろうって思ってたのに、夜中にこっそり来て、お菓子だけ食べて、なんでそれができるのに、ぼくと会ってくれなかったんだよ! それに、出ていけだって? そんなのおかしいよ。一緒につくった、ふたりの秘密基地じゃないか!」


 言葉がぼろぼろと出るたびに、少年の目には涙が貯まる。


 ――だめだ、これ以上、言ったら……。


 頭では分かっていても、気持ちが先に、少年の口を動かす。


「こっちこそ、君なんかもう知らない! ……もう、友達なんかじゃない!」


 とうとう、言ってしまった。

 少年は、ハッとなる。

 しかし、その一言をさやに収めるには、もう遅かった。

 溢れ出た涙を腕でぬぐった少年は、叩きつけるようにドアを閉める。そして自転車を停めていた場所を目指して走った。

 転びながら。何度も、何度も。


 自転車にまたがると、一番おもたいギアに入れて、乱暴にいだ。

 涙の跡に吹き付ける風が、ただただ冷たかった。


 **


 少年は、家の手前で自転車の前照灯ライトを切り、ゆっくりと手で押して歩いた。

 しかし、そんな小細工は通用しなかった。

 玄関の前では、父親と母親が、どっしりと仁王立におうだちで構えていた。


「こんな真夜中に出かけて。おまえに何かあったら、お父さんやお母さんがどんな気持ちになるか、……分かるか?」

「最近はこの辺だって、危ないんだから。学校でも、プリントが配られていたでしょう?」


 両親は、少年に詰め寄ると玄関先であるにもかかわらず、大きな声で言った。


「もう、ほんとうに心配したんだから」

「……さあ、はやく家に入りなさい。今、何時だと思っているんだ」


「……ごめんなさい」


 少年を家に上げると両親は、手分けして、いろいろな人に電話をかけた。


「すみません、いま、帰ってきましたので。ええ、ありがとうございます」

「ご迷惑をおかけしました」


 **


 シャワーを済ませた少年は、ひとり、ベッドで考えごとをしていた。


『友達なんかじゃない』


 ――あんなことを言われて、言い返しただけなのに。胸が、いたいよ。


 秘密基地で、言ってしまったあの言葉。それが深く、深く胸に突き刺さっている。

 怒りにまかせて、自分から切り出してしまった、絶交。

 少年は、どうして今、自分がつらい気持ちになっているのか、分からないでいた。


 ――裏切られたから?

 ――ちがう。

 ――ぼくが、約束をまもれなかったから?

 ――ちがう。

 ――怒らせちゃったから?

 ――ちがう。


『友達なんかじゃない』


 ――なんで、言っちゃったんだろう。

 ――君のこと、そういうふうに、言いたくなかった、な。


 ――こんど、会ったら。あやまろう。……許してくれるかな。

 ――仲直り、できるかな。


 横になった少年は、すっと眠りについた。

 枕はすこしだけ、湿っていた。


 **


 あれから数日が経った。八月上旬も、もうすこしで終わる。

 少年は自転車を走らせ小屋のある山へ向かった。


 ここ数日は、あの真夜中の件があって、秘密基地へ行くことを躊躇ちゅうちょしていた。

 それでも、大切な友人との関係を、意味のわからない状態のまま終わらせてしまいたくない、そんな気持ちの方が勝った。


 決意したのだ。今日こそあやまろうと。


 山の入口に着く。しかし、秘密基地へ続く道は、黄色いテープと何人かの大人が見張っていて、封鎖されていた。


 入口前の道路脇には、白黒のパトカーが数台。大きなワゴン車もある。

 黒塗りの車もいくつか停まっていた。


「ここから先は、入ってはいけないよ」


 少年は、ふたり組の男たちに注意をされる。

 並んでいるパトカーから、それが警察官であることは幼い少年でも充分に理解できた。


「でも、ここの秘密基地に用があるんだ」


 警察官たちは顔を見合わせる。


「ここには、よく遊びに来るのかい?」


 少年は頷く。


「この奥にある山小屋は、きみが使っていたのかな?」


 尋問されているような気がして、少年は口をぎゅっと閉じてから、すこしため息を吐く。そして、小さな声で、そうだよと答えた。


「じゃあ、この男は、このあたりで見たことがあるかい」


 警察官がスマートフォンを取り出す。

 画面には、少年にとって関わったこともない、赤の他人の男の画像が映っていた。

 少年は、その男に見覚えがあった。

 しかし、それをどこで見たのかまでは、うまく思い出せなかった。


「うんん、知らない」


 少年がそう答えると、警察官はもう一度、念を押すように訊く。


 ――もしかして、なんか、怒られてる?


 警察官のひとりが、腰をすこしだけ下げ、少年の背丈にあわせる。

 そして少年の目を、まじまじと見つめた。

 少年の表情は、だんだんと曇っていく。


「おい、お前ら!」


 大きな怒鳴り声だった。

 少年はびくっ、と肩を震わせた。

 声は、警察官たちの後ろ側からきこえてきた。


 灰色のスーツを着た年配の男性が、ゆっくりと歩いてくる。


 ――この人もたぶん、刑事さんだ。


 年配の刑事は、少年の目をまじまじと見ていた警察官の肩に、ぽん、と手を乗せて、の効いた声で呟いた。


「もう必要な証拠ネタあがってるんだから。これ以上は坊主が可哀想だろ」

「すみません、……でも」

「『でも』もへったくれもあるか! 油売ってねぇで、仕事しろ。仕事」


 年配の刑事はそう言うと、くるりと背をむけて、白い手袋をはめた手で、しっし、と追い払うような仕草を見せた。そして、そのまま元いた方へと歩いていった。


 怒られていた警察官は、少年にぎこちない笑顔をみせる。


「ごめんね、怖かったかな。さっきのは気にしなくてもいいからね。それから、ここはおじさんたちが、仕事で使っているから、今日はもう帰るんだよ」

 

 **


 少年はひとり、自宅のリビングで扇風機の風にあたりながら、ぼんやりとしていた。


 結局、友人に会えなかったこと。

 秘密基地にも行けなかったこと。

 なぜあの場所に警察官が居たのか。


 少年の考えごとは増えていくばかりだった。

 それに加えて、警察官に見せられた画像の男のことも気になっていた。


 ――いったい、どこで見たんだろう。


 明日になれば秘密基地に行けるだろうし、きっと自分たちには関係のないことだ。そう思うことにし、気持ちを切り替えようと背伸びする。

 外ではもう、ひぐらしが鳴いていた。


 少年はテレビのリモコンを手に取る。

 何も面白い番組なんてやっていないことは分かっていた。

 とくに何の意味もない。

 ただ、気を紛らわすため。


 少年は、電源ボタンを押した。


 画面にはニュース番組が映っていた。

 逃亡中の強盗犯が逮捕されたという、なんの変哲もないニュースの続報。


 少年はすぐにチャンネルを変えようと思ったが、それをやめた。

 ニュースの映像に映し出されていた〝犯人の潜伏先〟とされる風景に、少年は既視感を覚えたからだ。


 その風景は、ほかのどこでもない。あの秘密基地だった。


 言いしれぬ不安が少年を襲う。

 心臓をくすぐられているような気持ちの悪さ。

 腸をゆっくりと押されるような重圧感。

 体中の毛穴が開く。

 体温がいっきに下がった。

 体が震える。

 揺れる視界はテレビを見つめているようで、なにも見えてなどいなかった。


「……え? ……なんで?」


 その問いには誰も答えてくれなかった。


『続きまして速報です。先月から行方不明だった近隣に住む児童の遺体が、たった今、見つかったとのことです。おととい逮捕された容疑者の自供により、潜伏先の山中に埋められていたことが明らかとなっていましたが、現場の――』


 少年はアナウンサーの声で、はっと我にかえる。

 テレビ画面には『遺体となって発見された――』と書かれたテロップが映る。その下に表示されていたのは、まぎれもなく友人の顔写真だった。

 その隣には、容疑者の男の画像も同時に表示されていた。


 警察官が少年に、スマートフォンの画面で見せた画像と同じ男だった。

 少年の、かすかに残る記憶と繋がる。


「そうだ……あの男の人って」


 少年は思い出した。

 それは、指名手配中の強盗殺人犯として、ニュースで、ネットで、学校の掲示板で、何度も、何度も見た顔だった。


「そんな……」


 時計の針も、ニュースの映像も、扇風機も動いている。

 リビングでは、少年だけが固まったままでいた。


『友達なんかじゃない』


 ――あれが、あんなのが、ぼくたちの、最期の会話になってしまったの?

 ――もう、会えないの?

 ――もう、仲直りすることもできないの?


 いやだ。いやだ。そんなのは、いやだ。

 少年の目から、大粒の涙が自然とこぼれ落ちる。


 少年は、スマートフォンを手に取る。

 友人はスマートフォンを持っていなかった。

 だからふたりのやり取りはいつも、待ち合わせ場所で、直接していた。


 少年のスマートフォンには、友人の代わりに撮った、たくさんの思い出が詰まっていた。


 形のかっこいい石。

 人懐ひとなつっこい野良犬。

 川遊びのときに彼が勢いよく飛び込んだ瞬間。

 そして、――秘密基地。


 少年が写真フォルダをスライドしていると、ニュースアプリからポップアップで通知が届いた。見出しには『行方不明の10歳児童、遺体で見つかる』とあった。


 もちろん、友人に関するニュースのことだろう。


 ――見たくない、何も聞きたくない。


 そんな思いのある反面、友人に何が起きたのか、いつ亡くなったのか、知っておかなければならない。そういった使命感もあった。


 少年はおそるおそるタップした。


 ニュースの本文には、ところどころ難しい漢字や言い回しがあった。

 それでもなんとなくだが、少年にはだいたい理解ができた。

 ゆっくりと読み進める。


 少年の知らないところで、友人は殴られ、首を絞められ、埋められていた。

 残酷で、無機質で、抑揚のない記事には、そう書かれていた。


 ――痛かったんだよね。苦しかったんだよね。ごめんね、助けに行けなくて。


 画面をスクロールする指は、かすかに震えていた。


「……え?」


 読み進めていくうちに、少年はある一文をみつける。

 指がピタリととまった。


『七月二〇日の午前中、「遊びに行く」と家族に伝え家を出た児童は、事件現場の山中にて容疑者と遭遇し、殺害されたとみられる――』


 その日は、少年と友人が最初に約束をしていた、あの日だった。


 ――まさか。そんなわけない。


 少年はニュース記事を何度も何度も読み返す。


 ――あの日、君は来なかった。

 ――それから何日も、何日も。ぼくは君のことを待っていた。

 ――あの日の午前中。君は、もう……。

 ――でも、それって……?


 やがて、自分の記憶と、辻褄が合わないことに気がついた。


 ――それじゃあ、あの日、あの真夜中にぼくと喧嘩した君は……誰だったの?


 意味がわからなかった。

 ニュースの内容がおかしいのか、自分自身がおかしくなっているのか。

 少年の、ばくばくと鳴る心音は、ひぐらしの声も、ニュース番組の音も、かき消していった。


 ――それに……。


 友人があの日に亡くなっていたのなら、少しずつ秘密基地に貯めていたお菓子を食べたのは誰だったのだろうか。

 その疑問が湧いてから、あるひとつの仮説へと、思考が導かれるのに、そう時間はかからなかった。


 ――そうだ。事件の犯人はずっと、あの山にいたんだ。

 ――でも、ずっと隠れているには食べ物が必要だったはず。つまり、あの小屋でお菓子を少しずつ食べていたのは……きっと犯人。

 ――だったら、あの夜、ぼくを突き放してまで帰らせようとしてた君は……きっともう、この世にいなくって……。


 少年の中で、点と点がひとつの線で結ばれていく。


「あのとき、たぶん、すぐ近くにあいつが居たんだ。あのときぼくが、すぐに帰らなかったら、きっと……」


 たどり着いた、納得のいくたったひとつの結論に、少年は震えた。

 真夜中の秘密基地で、少年に『帰って』と言った、あの友人は、すでにこの世のものではなかった。


 なぜ彼は、化けて出てまで、親しい友に冷たく接したのか。

 すこしでも優しく接したら、少年がすぐに帰ってくれなかったから。


「だから、だから君は、ぼくにあんなことを言ってまで……!」


 恐怖と、後悔と、友への溢れ出んばかりの気持ちが、少年の心の中をぐるぐるとかき回していく。


「なにもできなくて、ごめん。怒って、あんなことを言ってごめん。信じることが出来なくて、ごめん」


「……ごめん、ごめん。それでも、こんなぼくを、守ってくれてたんだよね。助けてくれたんだよね」


「ありがとう。……ありがとう……ごめんよ、ごめんよ」


 少年は、全身の力を振り絞るようにして泣き叫んだ。

 その声は、しばらくの間、虚しく響き渡った。


 **


 夕飯は、大好物のカレーだった。

 少年はスプーンに触れることすらしなかった。

 母親の得意な料理。いつもの美味しい匂い。

 いつもと違い、夕飯に手を付けようとしない少年を、両親は咎めなかった。


「あの子のこと、ニュースで見ちゃったのね」


 母親が言った。

 少年は、声にならないような、細い返事をしながら、小さく頷いた。


 父親が口を開く。


「お通夜も、葬儀も、御家族だけでするみたいだ――」

「あなた! 今、そんなことを言わなくても!」


 母親がものすごい剣幕で、父親の言葉を遮った。

 父親は、が悪そうな顔をして「……すまん」と目を伏せた。


 母親は、少年の髪を優しく撫でる。


「大丈夫だよママ、パパ。落ち着いたら、ちゃんとお別れを言いに行くから」


 少年は、腫れた目に滲んだ涙を腕で拭い、ニッと無理に笑う。

 そしてスプーンを手に取った。


 その日の食卓はいつもと違って、とても、とても静かだった。とても、とても。

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