――
我が家にウォッシュレットがやってきた。いよいよ祝うべき初噴射の時間だ。緩やかな水圧が私の体と心を洗っていく。これが文明の利器。
しかし、水圧が足らない。私はボタンを連打した。その度に水圧は増す。
どこまで強くなるのか試したくなった。何度ボタンを押したのか、分からない。そのうち私の体は少しずつ浮き始めた。
もっと、もっとだ。
私は壁に取り付けられたリモコンを引き剥がし、さらに水圧ボタンを押し続けた。高圧洗浄機のような水圧は、まるで消火栓のように太くなる。やがてそれが間欠泉のようになった頃、私の体は自宅の壁を突き破っていた。
私は空を飛んでいた。
今は上空何メートルほどだろうか、生まれ育った町が一望できた。もっと、高く飛びたい。私は水圧ボタンをさらに押した。勢いが増す度に肌を横切る風が気持ちいい、8月の温い空気でさえ、涼しく感じられるほどだった。やがて国道16号線がナスカの地上絵のように見えた頃、1羽の鳥が話しかけてきた。
「やあやあ、人間さんじゃないか! 羽もないのにこんなところまで飛ぶだなんて、すごいじゃないか」
私は笑って返す。
「ウォッシュレットだからね。これくらい当然さ」
軽く会釈をしたあと、私は水圧ボタンを連打した。今が昼なのか夜なのか、分からない。私はいわゆる宇宙空間にいた。地上100キロメートルのカーマンラインと呼ばれる地点。宇宙空間との境目だと広く認められている。今、私はそれよりもはるか上空にいる。私の記憶が確かならば、国際宇宙ステーションは高度400キロメートル付近で周回していたはず。10分前に、それとニアミスを起こしていた。振り返ると青く美しい私たちの母星、地球が見える。私の尻にぶつかった水は勢いを殺して球体となる。まるで水晶玉のように美しかった。火星、木星、土星、天王星、海王星。色とりどりのたこ焼きめいた惑星たちを横切る度に、私は故郷を懐かしんだ。帰るタイミングなど、とうに失っていたのだと気付かされる。私は水圧ボタンをクソほど連打した。
――
漫才・コント用台本集である、「ゆる劇」の文字数も、とうとう四万字が見えてきました。気がつけば小説をほったらかして、ネタばかり考えています。そろそろ計画していた長編のほうも本腰を入れねばと思いつつ、カレンダーに目をやると八月も残り僅かであることにドチャくそビビりました。
というわけで、漫才の新ネタが出来ましたので、ついでに報告をさせていただきます。まだまだ暑いですが、皆さん熱中症には気を付けて、エアコンのよく効いた部屋でお読みください。
(フリー台本)ゆる劇 漫才『なぞなぞ』
https://kakuyomu.jp/works/16818093088360011356/episodes/16818792439561587747