『俺達のグレートなキャンプ49 暴れん坊ナマケモノ(カンフー)のベビーシッター』
海山純平
第49話 暴れん坊ナマケモノ(カンフー)のベビーシッター
俺達のグレートなキャンプ49 暴れん坊ナマケモノのベビーシッター!
「よっしゃあああああ!今回も俺達のグレートなキャンプの始まりだぜ!」
石川の叫び声が午前十時の静寂に包まれた山間のキャンプ場に響き渡る。他のキャンパーたちがモーニングコーヒーを片手にのんびりと新聞を読んでいる平和な光景を、まるで戦場のラッパのように打ち破った。隣のテントサイトのおじさんが思わずコーヒーを吹き出し、向かいのファミリーキャンパーの子供たちがビクッと肩を震わせる。
「石川君…」富山がテントから這い出るように顔を出し、寝癖のついた髪を押さえながら深いため息をつく。「今日もまた何か変なこと考えてるでしょ?」
長年の付き合いで培われた富山の第六感が警報を鳴らしていた。石川のテンションが異様に高い時は、必ずと言っていいほど常識を超越した企画が待っている。過去には「熊との相撲大会」「UFO呼び出しキャンプ」「恐竜の卵孵化プロジェクト」など、数々の珍企画を体験させられてきた富山の心配は的中率99.9%を誇っていた。
「変って言うなよ富山!」石川が胸を張り、朝日を背負って逆光でキメポーズを取る。「俺達のキャンプは常に革新的でエキサイティングなんだ!未来のキャンプ業界を牽引する先駆者として——」
「そうそう!石川さんのキャンプは毎回新鮮で楽しいですよ!」千葉が目をキラキラと輝かせながら石川に同調する。新人キャンパーの千葉にとって、石川の突拍子もない企画は全てが新鮮で刺激的だった。「前回の『蟻の行列24時間観察マラソン』も最高でした!」
富山の表情が一瞬で曇る。あの時は48時間も地面に這いつくばって蟻を観察し続け、腰痛で一週間まともに歩けなかった悪夢のような思い出だった。
「で、今回は何をするつもりなのよ?」富山が恐る恐る尋ねる。「まさか今度は『ゴキブリレース』とか『ムカデ相撲』とかじゃないでしょうね?」
石川の口角がニヤリと上がる。この表情を見た富山の背筋に冷たいものが走った。
「ふっふっふ…今回はもっとグレートだぜ!」石川が指を天高く掲げ、まるで革命家のような熱いまなざしで宣言する。「なんと!『暴れん坊ナマケモノのベビーシッター』だ!」
「…………は?」
富山と千葉の声が見事にハモり、近くで朝食を作っていたキャンパーたちも一斉に手を止める。鳥のさえずりさえも止まったかのような静寂が一瞬キャンプ場を支配した。
「ちょっと待って石川君!」富山が慌てふためきながら石川の前に立ちはだかる。「ナマケモノって何よ!ここは日本の、普通の、山の中の、ナマケモノなんて絶対にいないキャンプ場なのよ!?」
「ははは!そこが俺の用意周到なところだ!」石川が得意げに胸を張り、バックパックから謎の竹製キャリーケースを取り出す。ケースの中からは微かに「ふぉ〜…ふぉ〜…」という、なんとも言えない鳴き声が聞こえてくる。
「まさか…」千葉が息を呑む。
「じゃじゃーん!紹介するぜ、我らがゲスト『ゆっくりん』だ!」
石川がケースを開けると、中から現れたのは本物のナマケモノだった。体長50センチほどの茶色い毛に覆われた愛らしい生き物が、ゆーっくりと顔を上げる。大きな黒い瞳がキョロキョロと周りを見回し、長い爪を伸ばして大きなあくびをした。
「うわあああああ!」富山が腰を抜かして尻もちをつく。「本物じゃない!本物のナマケモノじゃない!どこから連れてきたのよ!?」
「友達のペットショップから借りてきたんだ!」石川がドヤ顔で答える。「しかもこのゆっくりん、ただのナマケモノじゃないぞ!なんと——」
その時、ゆっくりんがゆーっくりと立ち上がり、前足を構えるようなポーズを取った。
「カンフーが使えるんだ!」
「カンフー!?」千葉が目を見開く。
「そう!前の飼い主がカンフー道場の師範でな、ゆっくりんも一緒に修行してたんだって!」
まさにその時、ゆっくりんが「ほあっ!」という掛け声と共に、スローモーションのようなカンフーの型を披露し始めた。太極拳のような滑らかな動きで、空気を切るように腕を動かす。
「すげえええええ!」千葉が拍手を送る。「本当にカンフーしてる!」
「でもなんでこんなにゆっくりなの?」富山が恐る恐る近づく。
「そりゃナマケモノだからな!」石川が説明する。「でも見た目に騙されちゃいけない。いざという時は——」
「ほあああああああっ!」
突然ゆっくりんが気合いを入れて叫ぶと、信じられないスピードで石川の周りを回り始めた。まるで影分身の術のように、ゆっくりんの残像が石川の周囲に現れる。
「うわあああああ!」石川が慌てて逃げ回る。「暴れん坊モード発動!止まれ止まれ!」
「きゃあああああ!」近くにいた他のキャンパーたちも大慌てで逃げ回る。
ゆっくりんは高速で移動しながら、完璧なカンフーのコンビネーションを決めていく。ジャンプして蹴りを放ち、空中で一回転して着地すると、今度は連続パンチを空気に向かって繰り出す。
「これがカンフーナマケモノの真の実力だ!」石川が興奮しながら叫ぶ。
「真の実力って何よ!」富山が半泣きで抗議する。「なんで普通にペットとして借りてこないのよ!なんでカンフーなのよ!」
その時、ゆっくりんが隣のテントサイトのBBQコンロに向かって突進した。
「あ!危険!」千葉が慌てて追いかける。
「待て待て!ゆっくりん!」石川も慌てて後を追う。
ゆっくりんはBBQコンロの前で急停止すると、見事なカンフーのポーズを決めて「ほあっ!」と叫んだ。すると、なぜか炭火がぱちぱちと音を立てて、完璧に点火された。
「おおおおお!」BBQの準備をしていたお父さんキャンパーが感動する。「すごいじゃないか!火起こしカンフーか!」
「え?」石川が驚く。
「君たちのペット、なかなかやるね!」お父さんが親指を立てる。「うちの火が全然つかなくて困ってたんだ!」
ゆっくりんがお父さんに向かって丁寧にお辞儀をする。その仕草があまりにも可愛らしく、お父さんの子供たちも駆け寄ってきた。
「わあ!ナマケモノだ!」
「かわいい〜!」
「カンフーできるの?」
子供たちに囲まれたゆっくりんは、再びスローモーションのカンフーを披露し始める。今度は攻撃的な動きではなく、まるで踊るような美しい型だった。
「すごいね〜!」子供たちが拍手を送る。
「あの、よろしければ皆さんもゆっくりんと一緒に遊びませんか?」千葉が提案する。「今日は僕たちがベビーシッターなんです!」
「面白そう!」お父さんが乗り気になる。「子供たちも動物大好きだし!」
気がつくと、周りのキャンパーたちも興味深そうに集まってきていた。
「ナマケモノって初めて見る!」
「本当にカンフーするのね!」
「うちの犬と仲良くなれるかしら?」
あっという間に十数人のキャンパーが集まり、即席の『ゆっくりん観察会』が始まった。
「よし!じゃあみんなでゆっくりんの遊び場を作ろう!」石川が提案する。
「いいアイデア!」
「ナマケモノって木登りが得意なのよね?」
「カンフーの練習場も作りましょう!」
キャンパーたちは俄然やる気になり、協力してゆっくりん専用の遊び場を設営し始めた。木の枝を組み合わせて簡易的なジャングルジムを作り、カンフーの練習用に竹を立てて的を作る。
「ここに小さな池も作って、水分補給できるようにしよう!」
「休憩用のハンモックも必要ね!」
「安全のために柵も作りましょう!」
みんなで力を合わせて作った遊び場は、キャンプ場の一角に素敵な小さなテーマパークのようになった。
「準備完了!ゆっくりん、新しい遊び場デビューだ!」
石川がゆっくりんを遊び場の入り口に置くと、ナマケモノは興味深そうに周りを見渡した。そして、ゆーっくりと木製のジャングルジムに向かって歩き始める。
「あ!登った!」
「すごいバランス感覚!」
「さすがナマケモノ!」
子供たちが歓声を上げる中、ゆっくりんは見事な身のこなしで木の枝を移動していく。時々立ち止まって、美しいカンフーのポーズを決めては「ほあっ!」と小さく叫ぶ。
「これは…意外と癒し効果があるわね」富山も思わず笑顔になる。
「でしょ〜!ナマケモノパワーですよ!」千葉がドヤ顔で胸を張る。
「しかもカンフーまでできるなんて!」お母さんキャンパーが感動する。「まるで映画の世界みたい!」
平和で楽しいひと時が流れていた。ゆっくりんは子供たちに囲まれながら、ゆっくりとしたカンフーの型を教えているようだった。子供たちも真似をして、スローモーションのパンチやキックを練習している。
「ほあっ!」
「ほあっ!」
「ほあっ!」
大人たちもその光景に微笑ましく見守っていた。
ところが、平和なひと時もつかの間——
「ほあああああああっ!」
突然ゆっくりんが気合いを入れて叫ぶと、再び高速モードに突入した!
「うわあああああ!」
「また暴れん坊モード!」
「きゃああああ!」
ゆっくりんは光速のカンフーで遊び場を駆け回り、今度は空中に舞い上がって三回転宙返りを決めた。着地と同時に連続パンチを空気に向かって放ち、「ほあああああっ!」という気合いで竹の的を粉砕する。
「すげえええええ!」石川が興奮する。「完璧なカンフーアクションだ!」
「でも止まらないのよ!」富山が慌てる。
ゆっくりんは今度は池に向かって走り、水面を足で蹴って華麗に跳躍する。まるで水上歩行のように池を横断し、対岸に着地すると決めポーズを取った。
「おおおおお!」キャンパーたち全員から拍手と歓声が沸き上がる。
「君のナマケモノ、只者じゃないね!」近くで釣りをしていたベテランキャンパーのおじさんが感心する。「こんなカンフーマスター、初めて見たよ!」
「ありがとうございます!」石川が得意げに胸を張る。
その時、ゆっくりんがおじさんの釣り竿に興味を示した。ゆーっくりと近づいていき、釣り竿を見つめる。
「あ、触っても大丈夫ですよ」おじさんが優しく声をかける。
ゆっくりんは丁寧にお辞儀をしてから、釣り竿を手に取った。そして、信じられないような美しいフォームで釣り竿を振る。まるで剣術の型のような優雅な動きで、釣り糸が弧を描いて池に着水した。
「完璧なキャスティングだ!」おじさんが驚嘆する。
「ほあっ!」ゆっくりんが小さく気合いを入れると、なんと釣り糸に魚がかかった!
「釣れた!釣れた!」
「ナマケモノが魚釣りしてる!」
「しかもカンフーで!」
ゆっくりんは見事な手さばきで魚を釣り上げ、おじさんに丁寧に手渡した。
「ありがとう、ゆっくりん!」おじさんが感動する。「君は本当に多才だね!」
夕方になり、みんなでゆっくりんの夕食タイムを準備した。
「ナマケモノは葉っぱを食べるのよね?」お母さんが心配そうに尋ねる。
「大丈夫!」石川が専用の餌を取り出す。「特製の栄養満点リーフペレットがあるんだ!」
緑色の葉っぱ型ペレットをゆっくりんに与えると、ナマケモノは「ふぉ〜」と嬉しそうに鳴いて、ゆーっくりと食べ始めた。その仕草があまりにも可愛らしく、みんなが見とれてしまう。
「もぐもぐ…ふぉ〜…」
「かわいい〜!」
「本当においしそうに食べるのね!」
気がつくと、キャンパーたちも自分たちの夕食の準備を始めていた。そして自然と、みんなで大きな輪になってBBQパーティが始まった。
「今日は本当に楽しかった!」
「こんなキャンプ、初めて!」
「ゆっくりんのおかげで、みんなと仲良くなれた!」
「カンフーナマケモノなんて、夢にも思わなかった!」
富山も珍しく満足そうにビールを飲んでいた。
「石川君のアイデアも、たまには…いえ、今回はとても良かったわ」
「でしょでしょ〜!」石川が得意げに胸を張る。「俺の審美眼は間違いない!」
「審美眼って言うか、もはや奇跡よ」富山が苦笑いする。
夜が更けて、ゆっくりんは特別に作られたナマケモノハウス(実際は改造されたペット用キャリーケース)で眠っていた。
「静かに寝てるね〜」
「昼間はあんなに激しく動いてたのに」
「寝顔も可愛い」
キャンパーたちが囲んでゆっくりんを見守っている。
「あの、明日の朝まで交代でベビーシッターしませんか?」子供の一人が提案する。
「いいアイデア!」
「夜勤シフト組みましょう!」
「私、深夜2時から4時やります!」
「じゃあ僕は4時から6時!」
「ゆっくりんが夜中に暴れん坊モードになったら大変だから、カンフー経験者を各シフトに配置しましょう!」
あっという間に24時間ベビーシッター体制が完成した。
石川は感動で目を潤ませていた。
「すげぇ…俺のゆっくりんがキャンプ場のスーパースターになってる…」
「みんな本当に楽しそうね」富山も嬉しそうだった。
千葉は既に明日の企画を考えていた。
「明日はゆっくりんカンフー教室とかどうですか?」
「おお!それもグレートだな!」石川が目を輝かせる。
「でも今度はもう少し穏やかな企画にしてよね」富山が釘を刺す。
翌朝、ゆっくりんの寝起きを見守るために、早起きしたキャンパーたちが集まった。
「おはよう、ゆっくりん〜」
「ふぉ〜…おはよう〜」
ゆっくりんがゆーっくりと目を開け、大きなあくびをする。そして立ち上がると、朝の挨拶代わりに美しい太極拳の型を披露した。
「今日も一日、よろしくお願いします」とでも言っているようだった。
みんなから温かい拍手が送られた。
「今回のキャンプも大成功だったね!」千葉が満足そうに言う。
「ええ、意外と…というか、とても楽しかった!」富山も認めざるを得なかった。「ゆっくりんも本当にいい子だったし」
「ほあっ!」ゆっくりんが富山に向かって小さく手を振る。
「あら、私のことも覚えてくれてるのね」富山が微笑む。
「石川さん、次回はどんなキャンプなんですか?」千葉が目をキラキラさせて聞く。
石川がニヤリと笑う。
「次回は『宇宙人との料理対決キャンプ』を企画中だ!」
「うわああああ!」富山の悲鳴がキャンプ場に響き渡った。
「でも今回も楽しかったから…まあ、いいか」富山が諦めたように呟く。
「ほあっ!」ゆっくりんが富山を励ますようにカンフーのポーズを取る。
「じゃあ皆さん、また次回お会いしましょう!」
「ゆっくりんもありがとう〜!」
「ほあ〜…また会おうね〜」
キャンパーたちに見送られながら、石川たちは次のキャンプ場に向かった。車の助手席でゆっくりんが気持ちよさそうに外の景色を眺めている。
「今回も最高でしたね!」千葉が振り返る。「みんなと仲良くなれたし、ゆっくりんも大人気だったし!カンフーナマケモノなんて、もう二度と見られないかも!」
「そうね…石川君の企画も、毎回ハラハラドキドキだけど、結果的には楽しいのよね」富山が認める。
「へへ〜、俺達のグレートなキャンプはまだまだ続くぜ!」石川が運転しながら得意げに言う。「次回もお楽しみに〜!」
「ところで石川君」富山がふと疑問を口にする。「カンフーナマケモノのベビーシッターって、それ本当にキャンプですること?」
「あはははは!」石川が慌てたように大きく笑ってごまかす。「細かいことは気にすんなって!楽しければオールオッケー!」
「ほあ〜!」ゆっくりんも同意するように鳴く。
車は夕日に向かって走り去っていく。バックミラーには、手を振っているキャンパーたちの姿が小さく映っていた。
石川たちの冒険は、まだまだ続く。
〜第49回『暴れん坊ナマケモノのベビーシッター』完〜
『俺達のグレートなキャンプ49 暴れん坊ナマケモノ(カンフー)のベビーシッター』 海山純平 @umiyama117
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