第11話『エピローグ』
「……というわけで、王子との婚姻話、正式に白紙ですって」
「………………えっ」
王太子カイエルは、あまりに唐突に告げられた“政略破綻”の一言に、紅茶を吹く間すら与えられなかった。
豪奢な金縁のソファと重厚な書類棚に囲まれた、王城の執務室。
文通りにいけば、ここで未来の女王候補と仲睦まじく言葉を交わしていたはずの時間。
その期待は、今、リリスの口からさも当然のように放たれた“終了報告”によって完全に潰えた。
「理由は?」
かろうじて絞り出した声。
だが返ってきたのは、さらに理解の外へと突き落とす言葉だった。
「“恋愛対象として見るのが汚らわしい”から、ですって。
“神聖な関係性に、恋などという不純な動機を重ねることは、神への冒涜”――だそうですわ」
「……誰だよそれ言ったやつ!! ……え、クラリッサ!?」
脳が真っ白になる音がした。
昨日までの“ヒロイン”が、今や異端審問官のような口調でそんなことを言っていたと知って、思わず背筋が冷えた。
「ええ。わたくしの“元・政敵”にして、いまや最前線の読者。
殿下の“受けとしての美しさ”を誰よりも語る女ですもの」
「待って!? 俺、国の象徴だよ!? そんな扱いアリ!?」
カイエルは思わず立ち上がった。
だがリリスはひるむことなく、紅茶をすするだけだった。
その一連の所作が妙に優雅で、それが余計に腹立たしい。
「ふふ。象徴とは、崇拝される存在。愛されるとは限りませんのよ」
「ぜったいお前が原因だろ!? というか作者誰だよ!?」
「“読者が勝手に推した”だけ。わたくしは、何もしてませんわよ?」
リリスは、唇にカップを添えながら、平然と嘘をついた。
その顔はあくまでも無垢で、清楚な侯爵令嬢の仮面を完璧に貼り付けていた。
だがその目の奥には――熱に浮かされた読者すら震え上がる、“創作者の魔性”が静かに燃えていた。
◇ ◇ ◇
その夜。
リリスの私室。
誰も入らない、鍵のかかった奥の書斎。
机の引き出しを開けると、そこには分厚い原稿用紙が、何束もきっちりと積み上げられていた。
未発表作のタイトルが、走り書きされた表紙に並ぶ。
《花影の終焉》
《剣の先にあるのは貴方》
《騎士と王子と奇跡と地獄》
どれも、“尊さ”の名を借りた感情の猛毒。
一度読んだら最後、抜け出せなくなる“関係性の地雷”ばかり。
リリスは一本のペンを持ち、束の表紙をなぞるように指を滑らせた。
「さて、次の読者は――誰にしようかしら」
その声には、甘さと残酷さが同居していた。
リリス=ヴァンディール。
その正体は、
恋愛脳をBL脳に塗り替える、“嗜虐的創作者にして悪役令嬢”。
「こういう結末も、乙女ゲーム的には“バッドエンド”なのでしょうね」
リリスは、にっこりと笑った。
その笑顔はあまりにも清らかで、まるで善意の塊のようだった。
でも――この世界に“沼”を生んだのは誰か?
読んだ者は皆、知っている。
だからこそ、彼女の名を聞くたびに、震えながらこう言うのだ。
「悪役令嬢は、性癖で世界を支配する。」
転生悪役令嬢だけど、私を断罪する女を『BL沼』に沈ませる。 のっち @Nocchi_jp
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