想いの声とトロフィーの記憶🏆

夢月みつき

本文「東堂とふしぎな出会い」

ここは山奥に建つ、五年前に廃校になった永丘中学校ながおかちゅうがっこう、長年の放置で老朽化ろうきゅうかが進み、三日後に取り壊されることになった。


 ある日の深夜0時、静けさを破って、ガラっと教室の引き戸を開く音がした。

 入って来たのは中学二年生の少年と少女、懐中電灯で教室の中を照らしている

 どうやら肝試しをしに来たらしい。

 教室内は薄暗くほこりだらけで所々に蜘蛛の巣も張っていた。


「ねえ、帰ろうよ。東堂とうどうくん、肝試しなんてやめてさ」


「ばか、今更、やめられるかよ。それにこの学校は強豪だった選手達がつどった場所なんだぜ? 来ただけでもご利益があるかも」


「ご利益どころか、本当にお化けが出たらどうすんのよ!」

「怖がりだなぁ、栄田さかえだは!」

 

 東堂と栄田の二人は、教室を一通り見て回ると、次は廊下を通り、校長室へ行くことにした。




 ▽▼▽▼▽▼▽▼




 校長室には、未だに豪華な応接セットや歴代の校長先生の写真が、ズラリと並んで飾られていた。

 窓の外から、淡い月光が差し込んでいる。二人の視線の先には埃を被り、光が鈍く反射している物がいくつも見つかった。

 


 それは、かつての中学生選手たちが勝ち取ったトロフィーだった。

 東堂はその中で、分厚く埃の被った一つのトロフィーに目を向けた。

 なぜか、そのトロフィーは東堂を、かすかに呼んだ気がした。


「なあ、栄田さかえだ、今俺を呼んだか?」


「やだっ、私、呼んでないわよ? 怖いことを言わないでっ!」


「そうか」


 東堂は、じっと、そのトロフィーを見つめた。


「随分とほこり、被ってるな、なんだか可哀想に思えて来る」

 東堂は、黒地に紫色のラインが入ったバッグパックから、ポケットティッシュを取り出すと、何枚も引き出してトロフィーを拭きだした。

 

 トロフィーから、もあっと埃が舞い東堂は、顔をそむけ咳き込みながら拭いている。


「うわッ、ゲホゲホッ、すげえ埃!」


 トロフィーを拭き終わると、本来の色と輝きを取り戻した。金色の金属の肌が現れ、光をキラキラと反射した。



 その時、トロフィーから、しわがれた老人の声が聴こえて来た。


『わしを拭いてくれたのは、坊主ぼうずかの?』

 なんと、トロフィーが東堂に話しかけて来たのだ。


「おおっ! トロフィーがしゃべってる!」

 東堂は驚いたが、不思議と恐ろしさは感じなかった。


「なになに? 私には何も聞こえないけど」

 

 栄田は怖がって東堂の腕を掴んで来た。

「分かったから、お前は少し静かにしててくれ」


 校長室を静寂が包む中、トロフィーは東堂にさらに話を続けた。


『ふむ、東堂くんと言うのじゃな? わしを綺麗にしてくれてありがとう。君は体つきを見た所、何かスポーツをしている、いや、していたと言った方が正しいじゃろうな』


 東堂は内心、驚いたが平常心を装って腕組みをすると、かすかに眉間にしわを寄せて首を横に傾けた。


「ああ、あんたの察しの通り、俺は部活でバスケをしていたよ。でも、右肩の怪我をして出来なくなったんだ」


『そうか……それは残念じゃったのう。わしはただのトロフィーじゃが、選手達の想いや願いがわしの中には、たくさん詰まっておる。それを今から、おぬしに見せてやろう』

 

 トロフィーは話し終わると、キラキラと自ら光り始めた。

「トロフィーが……!」



 東堂は驚きながらもその姿が綺麗だと思えた。

 そして、その明るく弾けるようなオレンジ色の光は東堂を包み込んで行く、とっさに、まばゆさに目を細めた次の瞬間、彼がハッと目をけるとかつての選手だった学生達の想いと願いが、光と共に声まで次々と聴こえて来た。



 淡い光がトロフィーに、ぽつぽつと灯るたびに、かつてのバスケットボール選手達の声が東堂の耳に語り掛けて来るように感じた。


『やったあ~! やっと、レギュラー入りしたぞ~』

『今度の試合は、隣町の強豪校との試合だ! 皆、気合入れて行くぞ!』

『今年は優勝を勝ち取れた!これも皆のおかげだ。ありがとう』


 次々と選手達の喜びや歓喜の声が聴こえて来た。

 東堂は、その明るくポジティブな声に微笑み喜びながらも、内心、自分がバスケを出来なくなった悔しさと苦悩が滲んで、嫌なことばかりを思い出し、顔をしかめる。

 

 彼は思わず、目を閉じ両手で耳をふさごうとした。

 しかし、その声は、それだけでは終わらなかったのだ。

 今度は、トロフィーが鈍い蒼の悲しみの色に光り出して、こんな声が聴こえて来た。


『くそっ、どうしても勝てない……これじゃ、卒業まで間に合わないかもしれない』


「この声は……これもこの学校の選手達の声か?」


 東堂は、そんなはずがない、信じられない気持ちで非常に驚いたが、強豪校きょうごうこううたわれた光の側面そくめんのみでなく、光の当たらない影の部分、涙し、挫折し、葛藤する選手たちの声に耳を傾けて聴いていた。



 ――選手達の声は響き続ける――


『僕は、いつになったら、レギュラーになれるんだ……。こんなに努力しているのに』


 落胆した悲しみの声達、そして、最後にこんな声が光と共に聞こえて来た。

『とうとう怪我をしてしまった……医者にも、バスケを止められた。俺の選手生命もここで終わりだ……!』


「これは、この選手は俺と同じだ。苦しいのは俺だけじゃなかったんだ。栄光ある強豪校と呼ばれたバスケの選手達でさえ、こんな辛い葛藤を抱えていたんだ」


 東堂は愕然がくぜんとすると、安堵したような、聞いてはいけなかったような複雑な気持ちになり、急に力が抜けてその場に座り込んでしまった。

 その東堂の様子にトロフィーは、気がついて選手達の記憶の声をとめた。



『どうした? 浮かない顔をしておるな。大丈夫か』

「ああ、大丈夫。でも、強かった選手達でさえ、こんな想いを抱えてたんだな……俺も、これからって時だったんだ。でも、もう出来ないんだ。俺も終わりだ……!!」


 東堂は、悲痛な表情を浮かべると、肩を震わせながら悔し涙を流し始めた。

東堂とうどうくん……」

 そばで東堂の話を聞いていた栄田さかえだが、悲しそうな顔で彼を見つめる。


『そうか、辛い現実じゃな……。わしは、ただのトロフィーで偉そうなことは言えんが。たくさんの選手達を見て来て、思っていたことがあるんじゃ』


「思っていたこと?」


『うむ、それはな。君が怪我をして、バスケを出来なくなったのは本当に辛い出来事で、物の、わしには到底理解できないことなんじゃろうなと思う……しかし、あえて、これだけは言わせてくれ』


 東堂は、うなずいてトロフィーの次の言葉に備える。


『それは、君の人生は決して、ここで終了ではない、ということじゃ。もちろん、これまでの努力は絶対に君の中から消えぬし、これから貴重な経験として糧となってくれる……だからな、君の生きる輝きをこんな所で失わないで欲しい』

 

 その言葉を聞いた東堂は、うなだれてブルブルと震えだした。


『すまん、わしは余計なことを言ったか? もし、傷つけてしまったなら……』

 とトロフィーは切なげな声で東堂を慰めようとした。


 しかし、東堂はトロフィーの言葉を噛みしめると顔を上げた。


 その顔は涙と鼻水で、ぐしゃぐしゃになっていたが、何かが吹っ切れたような、明るい晴れ晴れとした表情で微笑んでいた。


「ありがとう、俺はもう、バスケが出来なきゃ何もかも、駄目だと絶望しかけていた……おかげで、少しずつだけど、前を向くことが出来そうな気がして来たよ」


「ありがとう! トロフィーの爺さん」

 東堂は、トロフィーに向かって笑い掛けると、深く礼をした。


『わしの方こそ、ありがとう。もしも、東堂くんが良ければ、わしを貰ってくれないか?』


「へっ? それって、泥棒になるんじゃ……」

 と東堂は焦ったが、トロフィーは豪快に笑いながら答えた。


『わしはもう、五年もここに放置されとる古ぼけたトロフィーなのじゃぞ? 今更、一つ無くなった所で誰も気づかんよ。それに』


『それに、わしは東堂くん。君のような若者の所に行きたいのじゃ。この老いぼれに、もうひと花咲かせる機会をあたえてくれんかの?』


 トロフィーの言葉に東堂は、心の底から嬉しそうに応えた。


「爺さん、俺のそばで、どうか見守ってやってくれ。これからもよろしくな!」

 


 こうして、トロフィーは東堂が持ち帰り、部屋に飾られることになった。

 トロフィーは東堂が、高校生になった今でも、大切に磨かれて部屋に置かれている。選手達と東堂の想いをその胸に刻みながら。


 

 終わり




 私が初めて書いたスポーツ物の小説でした。

 ここまでお読みくださりありがとうございました!

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