第16話 終・始
桜の花びらが、静かに風に舞った。
美羽は制服の袖をぎゅっと握りしめ、校門の前で深呼吸する。
あの事件から、数週間が経っていた。
家の中は、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
「ごはん、できたわよ」
お母さんの声がキッチンから聞こえる。
美羽は笑って「はーい」と返事をし、ダイニングに向かった。
久しぶりに囲む、二人だけの食卓。
「……ありがとう、お母さん」
「何が?」
「全部……守ってくれて、話してくれて……」
お母さんは微笑んで、「こちらこそ」と返してくれた。
──失ったものは多い。
けれど、残されたものもある。
それを、これから大事にしていきたいと思った。
「松浦、逮捕だってさ」
成瀬さんが学校帰りに渡してくれた新聞記事。
松浦管理人は、カフェの老婦人の殺害だけでなく、過去の臓器売買・不正契約の首謀者として、警察に拘束されていた。
「怖い人だったよな……」
「うん……でも、終わった」
美羽は、小さく息を吐き出した。
成瀬は頷き、「また何かあったら連絡しろよ」と言い残し、去っていった。
校庭では、柚月が待っていた。
「よっ! 3年生美羽!」
「ふふ……ありがとう、柚月」
「卒業まであと1年、全力で駆け抜けようね!」
柚月は笑顔で、美羽の肩をぽん、と叩いた。
美羽は、その暖かさに心から微笑んだ。
その夜。
ベッドの中、美羽は夢を見た。
崩れかけた家の中で、お父さんと颯太が並んで立っている。
「……もう、大丈夫だな」
お父さんが優しく笑う。
「ごめんな、美羽」
颯太は小さく、泣き笑いのような顔で囁いた。
「ありがとう……美羽」
「うん……ありがとう」
お父さんと颯太との思い出が駆け巡った。
夢の中、美羽は涙を流しながら、二人に手を振った。
翌朝。
古い引き出しの中から、封筒が出てきた。
中には一枚の便箋。
──美羽へ。
君は、生きなさい。
何があっても、前を向いて。
……それが、僕たちの最後の願いです。
お父さんの文字だった。
午後、校舎裏で、一真が待っていた。
「呼び出してごめんな」
「ううん。なに?」
「……卒業後も一緒にいてくれないか」
「ありがとう、でも違う」
「あ……」
一真は、肩を竦めた。
「卒業後も私と一緒にいてくださいっ」
「えっ」
「私が言いたかったの…」
「……もちろんっ」
二人は並んで歩き出した。
春の風が、桜を揺らした。
頬をなでる風が、少しだけくすぐったかった。
遠くで、お母さんが手を振っていた。
新しい日々、新しい未来。
そこにはきっと、笑顔も涙も混じるだろう。
でも、美羽はもう知っている。
自分は一人じゃない。
螺旋の終わりは、新しい始まり。
──春が、来る。
——完。
わたしの隣で嘘をつくひと 西川 涼 @nisikawa-ryo
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