第15話 螺旋の終

静かな夜のはずだった。


けれど、その静けさは決して平穏の予兆ではなかった。


私はお母さんの隣に座り、手を握っていた。


「本当に、全部話してくれるの?」


「……ええ、もう隠せない」


お母さんの声はかすれていた。


「颯太を迎えたのは……お金のためじゃないの。あの子は、美羽の物心つく前、臓器提供の契約を結んで得た、命の代償だった」


頭が真っ白になる。


「……わたし?」


「そう。あなたは、小さい頃、重い病気だったの。私とお父さんは……どうしても助けたくて、松浦さんに頼った」


「管理人の……松浦さん……」


「彼はあの頃、臓器提供の“調整人”だった。私は……彼に負い目があるの。颯太を家に迎えることで、命の借りを返す、そういう契約だった」


涙があふれた。


「でも……なんで、颯太は……」


「彼は、最初は普通の子供だったの。でも……なにか障害があったのか、私たち家族のなかで、少しずつ歪んでいった」


お母さんは震える手で私を抱きしめた。


「美羽……本当にごめんね」





その夜、突然、部屋の窓が割れた。


「お母さん!」


叫ぶ間もなく、颯太が部屋に入ってきた。


「お母さん、連れて行くよ」


「颯太、やめて!」


「ごめんね、美羽。これが僕たちの家族の形なんだ」


颯太はお母さんを抱きかかえ、姿を消した。





「待てよ!」


玄関を飛び出そうとした私の腕を、一真が掴んだ。


「美羽……行くな、ひとりで」


「……一真……」


「俺だって、一緒に行く。ずっと言えなかったけど……俺、お前のことが好きだ。だから、絶対守るって決めたんだ」


胸が熱くなった。


「……ありがとう、一真」





私たちは柚月、成瀬さんと合流し、颯太の潜伏先——かつての旧宅へ向かった。


夜道を駆ける間、私の心臓はずっと早鐘を打っていた。





旧宅の門をくぐった瞬間、低い笑い声が聞こえた。


「やっぱり来たね、美羽」


暗闇の奥、颯太が立っていた。


「皆を連れてこなくて良かったのに……」


お母さんは椅子に縛り付けられ、顔を伏せている。


「まぁこれで、僕たち家族はやっと元通りだ」


「颯太、やめて……お願い……!」


「やめられない。だって、僕は知ってるんだ。お父さんは僕を捨てようとしてた。お母さんは僕を道具にしてた。残ったのは君だけなんだよ、美羽」


「違う……それは……」


「違わない!」


颯太の目は狂気に満ちていた。





「……話が違うじゃないか」


奥の影から、松浦が現れた。


「私はただ、契約を守ると言っただけだ。颯太、これは……行き過ぎだ」


「うるさい!」


颯太は松浦を睨みつけ、叫んだ。


「ここも、もう崩れるぞ」


「お前なんか、もう関係ない!」


松浦が顔を歪めた。


「……なら、いい。警察はもう向かっている。私は、知らないよ」


「何……?」





その瞬間、一部が崩れた。


崩れた屋敷の奥から人影が現れた。


「颯太……もうやめろ」


お父さんだった。


包帯だらけの身体、震える足で立っている。


「お父さん……」


「お前を責めない。でも……もう終わりにしよう」


颯太の手が震える。


「僕は、間違ってない……間違ってないんだ!」


「颯太、来い」


お父さんはゆっくり手を伸ばし、颯太の肩を抱いた。


「一緒に終わらせよう」


「父さんが悪かったんだ……お前と向き合えなくてごめんな」





「お父さん、だめ!!」


私の叫び声は、崩れる音にかき消された。


お父さんと颯太は、崩れ落ちる屋敷の奥へと消えていった。





「……松浦管理人、ですね?」


数日後、警察が松浦を連行していく。


「……話が違うじゃないか」


吐き捨てるように言ったその顔には、もう笑みはなかった。





全てが終わった後、私は学校の放課後、校庭で一真に呼び出された。


「なあ……これからも、隣にいていい?」


私は泣き笑いで頷いた。


「うん……ずっと、一緒にいて」


桜の花びらが、春の風に舞っていた。


——螺旋の終わり。

けれど、私たちの物語は、これからだった。

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