第48話:最後の夜、最高の私

「データ分析、開始。物語の集大成となる人物様、

本日の『なりたい自分』への欲望値は、

『自己肯定』を強く示唆しています。

過去データによると、彼女の『経験の統合』は

高負荷時に特定の商品カテゴリへのアクセスを

増加させる傾向があります。

今日の『ランジェリー』選択は、その現れと判断。

この『集大成』と『未来への希望』の関連性、

興味深い推移を見せています。」


私は山本美咲(やまもとみさき)。二十代、社会人。

この物語の、最後のヒロイン。

これまで、たくさんの「私」に出会った。

内気な文学少女の私。

活発なスポーツ少女の私。

完璧主義の生徒会長の私。

みんな、それぞれ、

「なりたい自分」を目指して、一歩を踏み出した。


私も、今日、特別な一歩を踏み出す。

これまでの全ての経験に感謝して、

最高の私を、この物語に刻む。

この物語の、集大成。

そのためには、まず形からよね。


スマホの画面をスクロールする。

『私だけの物語を、紡ぐ一枚。』

そんなキャッチフレーズの広告が目に飛び込んできた。

そこに写ってたのは、

これまでの全ての経験を象徴する、

特別なセクシーランジェリー。

フリルやレースがふんだんにあしらわれてて、

なんだか、すごく、華やかに見えた。


これだ。

直感が、びりびりと震えた。

これならきっと、私を「新しい私」に変えてくれる。


「ポチッ……」


震える指先で、購入ボタンを押した。

画面が切り替わる。

注文完了。

心臓が、トクン、ドクン、って大きく跳ねた。

顔が熱い。

こんなセクシーな下着。

初めてかもしれない。

罪悪感と、ほんの少しの期待。

変な気分だ。


数日後。

ピンポーン。

宅配便が届いた。

私は、誰にも見られないように。

そっと、箱を受け取る。

小さな段ボール箱。

丁寧に、セロハンテープを剥がす。

蓋を開ける。

ふわりと、甘い、様々な花の香りがした。

それは、新品の布の匂いと、

微かに残るこれまでの思い出の香りが混じった、

私だけの「新しい私」の匂い。


中から取り出したのは、

透明感のあるピンク色に、フリルとレースが

光に当たってきらめくランジェリー。

指でそっと触れる。

生地の、滑らかさ。

指先に、ひんやりと、柔らかな感触。

こんなに、華やかなのに、美しいものが。

私の中に眠る、自己肯定の気持ちを。

本当に、引き出してくれるんだろうか。


胸の奥が、じんわりと、熱くなる。

期待と、ほんの少しの戸惑い。

混ざり合った、不思議な感情。


部屋の鍵をカチリ。

ガチャリ。

二重にロックする。

ゆっくりと、部屋着を脱ぐ。

いつもの、ゆるいインナーを外し、

新しいランジェリーを手に取る。

ひんやりとしたレースが、肌に触れる。

ゆっくりと。

腕を通す。

身につけていく。


ああ。

なんてことだ。

鏡に映ったのは、いつもの私じゃない。

ピンク色のフリルとレースが、胸元を大胆に飾っている。

普段は目立たない私も、これなら少しだけ

自信が持てる気がする。

ショーツのサイドには、小さな羽根のチャーム。

歩くと、フリルがひらひらと揺れるのが、

鏡越しに見えた。


「私…これ、似合ってるかな…」


普段なら絶対に言わないような言葉が、

思わず口からこぼれた。

いつも猫背気味の背筋が、ピンと伸びる気がする。

心臓が、ドクドクと大きく脈打っているのが分かる。

まるで、私の中に眠っていた何かが、

ゆっくりと目覚めていくみたいだ。


「よしっ!」


小さな声で、気合いを入れた。

このランジェリーが、私を新しい世界へ

連れて行ってくれる。

今日は、この物語の、最終話。

最高の私を、みんなに見せるんだ。そのために、

この「特別な私」になるんだ。


お気に入りのワンピースに着替える。

ランジェリーは、服の下でそっと隠れる。

誰にも見えない、私だけの秘密。

でも、その秘密が、私に確かな勇気をくれた。

メイクはいつもの薄めだけど、今日はリップの色を

一番お気に入りの色にした。

うん、大丈夫。

私は、行ける。


玄関に向かう。

カバンを手に取る。

いつもより、軽く感じる。

ヒールを履く。

よし、完璧。

深呼吸をして、空を見上げる。

胸が、ランジェリーの上で、少しだけ膨らむ。

そして、ゆっくりと。

ドアノブに、手をかけた――その瞬間。


ピンポーン!

突然、インターホンが鳴った。

「っ!?」

こんな時に。

まさか。

誰か来るなんて……。

よりによって、このタイミング!?

顔がカッと熱くなる。

心臓が、バクバクだ。


慌ててモニターを見ると、そこに映っていたのは。

桜井葵、佐藤陽菜、山田凛子……。

これまでの物語に登場した、

みんなの顔だった。

「美咲ー! 遊びに来たよー!」

美咲の、明るい声が聞こえる。

まさか。

みんなが、来てくれるなんて。

顔がカッと熱くなる。

心臓が、バクバクだ。


セクシーなランジェリーを身につけて、

準備万端だったのに。

こんな、緊急事態。

あぁ、私の最後の物語が……。


しかし。

なぜだろう。

がっかりはしたけれど。

みんなで、語り合った。

それぞれの「なりたい自分」のこと。

下着がくれた、小さな勇気のこと。

みんなの成長を喜び合った。

セクシー下着の出番はなかった。

でも。

この日の気持ちの高揚が。

私の中に、確かに残っている。

見えないランジェリーが、私に確かな勇気をくれたから。

予期せぬ来客に邪魔されたけど、

それでも、私は確かに一歩を踏み出したんだ。


帰り道、心の中は、温かかった。

今日の私は、いつもと違った。

見えないランジェリーが、私に確かな勇気をくれたから。

みんなの笑顔が、私を温かく包んでくれたから。

これが、私の最高の物語。


---


「データ分析、完了。山本美咲様の今日の『挑戦』は、

予測外の『意外な来客イベント』により中断されましたが、

内的な『自己肯定感』と『他者との絆』は微増傾向を示しました。

これは、彼女の持つ『柔軟性』が、

新たな形式で発揮されたことを示唆しています。

これにて『今日の私と、秘密のランジェリー(出発編)』は

完結となります。

しかし、彼女たちの『次の『なりたい自分』への欲望』は、

決して終わらないでしょう。

データは、すべての人が持つ

『ささやかなる変身願望』の恒久性。

いつか、またお会いしましょう。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今日の私と、秘密のランジェリー 五平 @FiveFlat

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ