覚醒③

「————ホーリークロージャ」

 一帯が眩い光に包まれる。

 シーナ以外、反射的に目をぎゅっと瞑った。

「やめ——ぐあああああアアアァァァァァ‼ ……………………—————」

 アドラウスの断末魔が皆の耳を劈く。

 光の中ではアドラウスの魔力と存在がジェイルの身体から浮き上がり、ある一点に吸収されていく。

 そして、次第にアドラウスの声が弱まりぷつりと途切れると、一気に静まり返った。

 アドラウスは小さな光の球体の中に封じられ、ジェイルの身体へと収まった。

 気づけば穏やかな森の囁きだけが聞こえ強い光も収まっていた。

 皆がそっと瞼を上げる。

 すると、力なく倒れ込むジェイルをシーナが抱き留めていた。

「終わった、の?」

 ウィラは呆然と立ち尽くしていた。

「ああ、終わった」

 シーナはジェイルを抱き上げ、どこかへと歩いて行く。

「ちょっと、どこ行くのよ」

「小屋に戻る。さすがに疲れた」

 ふっ、とウィラは思わず笑みをこぼす。そう言われると確かに疲れたなと思った。

 時間はそんなに経っておらず、まだ昼前といったところだ。

 疲労を自覚した身体をなんとか動かして小屋に向かおうとした。

「おい、……たす、けろ」

 悲痛な声は足元から聞こえ皆が下の方を見ると、うずくまった状態でデュラインが横たわっていた。

 息が浅く、汗が額や首筋を流れていた。

「だ、大丈夫ですか⁉」

 ノアが慌てて駆け寄って身体を起こそうとした。

「うっ、痛てぇ…………。っ、たたた…………」

「ああっ、ごめんなさい」

 ノアは腹部を押さえ痛みを訴えるデュラインの身体を起こすのを止めた。

「まったく、情けないわね」

「さっき殴られた時のか。診せてみろ」

 シーナは抱えていたジェイルをノアに突き出すと、ノアは合点がいった様子でジェイルを抱き取った。

 そして、シーナはデュラインの横にしゃがみ込むと、手のひらを腹部の上にかざし魔法をかけた。

 しばらくすると、デュラインの呼吸は落ち着き身体の力みも緩んでいった。それから恐る恐る上体を起こした。

「痛……くない」

 信じられないと言った様子でお腹をさすったり、身体をひねったりしてさっきまでの激痛が消え失せていることを実感する。

 さらには突き飛ばされた時に打ちつけた場所も傷一つなく完治していた。

「すげぇ。完全に治ってる……! ありがとな、シーナ」

「ああ。………………その、助かった」

 シーナはいつものハッキリとした声よりも、少しくぐもった声で言った。

「ねえ、わたしは? わたしも役に立ってたわよね?」

「…………ああ」

「なにその間!」

 ウィラが元気よくツッコミを入れると、クスクスと笑いが起き和やかな空気が流れた。

 シーナもまた、苦笑しつつ役に立ったと改めて伝えた。

「あれ? お兄様の傷の治癒は……?」

「ジェイルが戻ってきたらちゃんと治す」

「…………そう」

 一抹の不安が残るも、事態の鎮静化には成功したことにひとまず安心した。

 そして、皆で共同生活をしたあの小屋へと帰って行った。



 同日の夕刻。

 シーナは小屋の二階で休息を取りつつ、ジェイルの様子を見守っていた。どちらかと言えば見張っている、というのが正しいだろう。

 ジェイルが今生きているということは、悪魔の力を消さずに抑えることに成功した、といことだ。

 しかし、次に目を覚ました時、ジェイルがちゃんと戻ってくるかはまだ分からない。警戒しておくに越したことはない。

 そもそもあの魔法も成功したのか。

 シーナの中でいまいち感触が掴めていなかった。

 また悪魔の方の意識が目覚めるかもしれない。そんな疑心が居座っていて、ジェイルのもとを離れられずにいた。

 そして、悪魔との戦いの中でつけた数々の傷もまだ癒していなかった。

 例の封印の魔法はもう覚えた。ウィラから教わったのとはが、無力化するという意味では目的に合った最適な魔法だった。

 その魔法は使うその時までシーナも知らなかった。

 戦いの最中、頭に響いた銀の鈴のような女性の声がそれを教えた。

 姿はなく声だけであったが、麗しく可憐な女神のような姿を想像させる声だった。

 その女性がジェイルを助ける方法があると一方的に告げた。

 脳内に情報が流れ込み、まるで最初から知っていたかのように記憶に刻まれた。そして内側にある力が湧いてきて、魔力をどう扱えばいいのかを感覚的に理解していった。

 まるで操り人形のように糸で引っ張られ、勝手に動いているようだった。だから、ウィラたちはシーナのおかげでジェイルが助かったと言われたが、正体不明の女性に与えられた知識がなければ事態を収拾できたかどうか分からない。

 それにしても、なぜ何の疑いも持たなかったのだろうか。

 冷静に考えても素性が分からない相手の教えを鵜呑みにして、あの魔法を行使するなんてどうかしていた。

 しかし、その魔法は危険なものではない、という認知が知識と共に植え付けられ、感覚的にその行動が間違いだったとは思えなかった。

 ひとまずはこの結果を、喜ぶべき、か…………。

 睡魔が襲い始め心身ともに疲労が蓄積したからか、シーナはあっさり眠りに落ちていった。



 それからどのくらい寝てしまったのか。

 浅い眠りの中、ぼんやりと思考する。

 ジェイルが眠る横に椅子を持ってきて座っていたのは覚えていた。それからは、おそらくウトウトしているうちに眠気に抗えず眠ったのだと思い至った。

 そろそろ起きなければ、と頭の中では思っていても、微睡みの心地よさがシーナの身体を動かしてくれなかった。

 もう少しだけこのままでいようと思った時、肩や膝に何かが触れ、包まれるような感覚と重みを感じた。

 それによりシーナの意識は覚醒した。

「ん…………」

 シーナの上に乗っていた物の正体は毛布だった。辺りはすっかり暗くなっていて、蠟燭の橙色の光が部屋を照らしていた。

 そして、シーナの目の前には誰かが立っている。

「……あ、起こしちゃった?」

 シーナは聞き覚えのある声と口調にハッと飛び起きる。

「ジェイル! ジェイルなのか……⁉」

 シーナの前には、穏やかな笑みを浮かべたシーナの知るジェイルがそこにいた。

「うん。……心配かけてごめん。それと、助けてくれてありがとう」

 そう言ってジェイルは深々と頭を下げた。

 それは真剣さの籠もった声音で、シーナは返す言葉を探す。

「…………私は別に。その、私だけではどうにもならなかった」

 謝罪も感謝もウィラやデュライン、ノアにこそ言ってやって欲しいと思った。

 それに謎の女性の助けがなければ敗北していた可能性が高い。

 少し実感した。一人じゃできないことはシーナにもあるのだと。

 悪魔に打ち勝つことはもちろんだが、生活の中でも料理はデュラインみたいにできないし、ノアのように狩猟採集もできない。ましてや、ウィラのように繊細に魔力を操り魔法を行使することは、非常に難しくまだ敵いそうにない。

 彼らがいたからこそジェイルを助けられた。

「それは彼らに言ってくれ」

「もちろん。ちゃんと伝えるよ」

 今なら少し分かるような気がした。

 人と力を合わせることで成せることがあり、人にはできて自分にはできないこともある。それを補うため人は協力する。

 そんな誰もが知っている当たり前のこと。

 アッシュはずっとこのことを伝えていたのかもしれない。

 シーナは戦いにおいては誰かに劣ることはなかった。それ故に協力することの意味を理解できなかったのだ。

 でもそれが少しでも分かるようになったのは彼らのおかげだ。

「今度は守れて良かった」

 シーナは柔らかく微笑んだ。

 ジェイルは初めて見るその表情に目を奪われた。

 シーナは陽気さや無邪気さとは無縁で、口を引き結び凛とした姿こそ彼女らしかった。

 しかし、表情は多少ぎこちないものの、この時は年相応な少女だと感じた。

「そうだ。まだ、怪我の治療をしてなかったな」

 シーナは治癒の魔法を展開し、あっという間に治していく。

 ホーリークロージャによって悪魔を閉じ込め、外部からの干渉を受けなくなったため安心して治癒魔法が使えた。

 これでジェイルたちはレードラントに帰れるだろう。

 そして、シーナもこれからの行き先を決めなければならない。

「ジェイル。私もお前たちに同行してもいいか?」



 悪魔襲来から一夜明け、戦いで受けた傷も疲労も回復していた。

 覚醒したシーナの力は、攻撃だけでなく治癒にも絶大な効果を発揮した。おかげで、すぐにでも旅立てるほど快調だった。

「お前ら、忘れもんねぇかー。忘れても戻らねぇからな」

 朝食の後、最後の荷物チェックをする。

「完璧よ! いつでも出られるわ」

「あれ、これウィラのじゃない?」

 ジェイルは小さな置き鏡の前にある櫛を手に取る。

「あっ、わたしの! さっき使って荷物に入れるの忘れてたわ。お兄様、ありがとう」

 賑やかな会話は彼らの日常だ。

 シーナもこうした光景は見慣れて、どこか居心地の良さを感じていた。

「いつもうるさくてすみません」

 ノアは冗談っぽく苦笑交じりに言った。

「いや、もう慣れた。あれが平常なのだろう?」

「ふふ、そうですね」

 遠巻きに眺めながら飛び火が来ないことを願った。

「あの二人、僕がいない間に仲良くなってない?」

 ジェイルがシーナとノアの会話に入りつつ、ウィラとデュラインにも聞こえるように言う。

「なってない‼」「なってねぇ‼」

 あまりにも息が合ったので、ジェイルは噴き出して笑い、シーナとノアもクスクスと笑う。

 それに顔を赤くして怒るウィラ。デュラインも恥ずかしそうに背を向け、準備できたなら行くぞ、と言って荷物を背負う。

 ジェイルたちも揶揄からかうのを止め、荷物を持って小屋を後にする。

 シーナは数奇な出来事に思いを馳せ、振り返って小屋を眺める。

「どうしたの、シーナ。早く来ないと置いてっちゃうよ!」

「ああ、今行く」

 ジェイルたちと共に歩き出すシーナの足取りは、依然ここにやって来た時とは違って軽やかで迷いがなくなっていた。

 どこか欠けてしまってその在り処は分からなくとも、別の何かで埋めればいい。そうやって拾い集めたものが力となるのなら、その全てを以て守り抜こう。

 空は快晴でその決断と旅路を肯定してくれるかのようだ。

 青々と生い茂る緑の中、地に花を咲かせ動物たちは颯爽と木の上を駆け回っている。

 木々の合間を縫って吹く風は、背中を押すように優しくけれど力強く吹き抜ける。

 森を抜け海を渡り国境を越えた先に待つ未知は試練か祝福か。

 これからの、人生という名の長い旅路に神の加護があらんことを。

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クリムゾン 卯月里斗 @Uzuki_Rito

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