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 要は榎田の部屋で彼から事情を聴いていた。話によると彼は昨日帰宅するタイミングで何者かに襲われて意識を失ったという。だが襲った相手が何者なのかは姿を見ていないので分からないという。

「それで、目が覚めたらもう朝になっていたと」

「はい。そしたら昆虫みたいな見た目の男が部屋にいました。そして俺に詰め寄ってきたんです。南沢昭夫という男について」

南沢昭夫・・・その名前に要は聞き覚えがあった。彼自身も詳しく聞いていないが自分が入社する前、エンジェル計画という謎の実験が行われており、その被験者の中にその男がいたという。

「奴は、エンジェル計画について何か訊いてきたか?」

「いや、自分はほとんど聞かされていないとだけ返しました。あんなもの外部に漏れでもしたら・・・」

その言葉を聞いて要は考えを巡らせた。

「・・・だが、それだけ聞いてその男が大人しく帰るとは思えない。それにあなたに化けて出社した何者かについていも調べなければならない・・・ちょっと待て、今日の業務予定は?」

「えっと、毎月の資料整理をする予定でした・・・ってまさか」

榎田は急いで自分の手帳を開き、今日の予定を確認した。そこには確かに資料整理の文字が書かれていた。

「・・・もしそいつがこの手帳を見ていたら・・・」

「なるほど、相手はうちの内情に詳しい奴だ。だからあなたが狙われたわけだ」

榎田は悔しそうに手帳を放り投げた。

「俺のせいでこんなことに・・・部長と喜多川さんに顔向けできねえ!」

喜多川さんのワードが引っかかったが無視して質問を続けた。

「榎田さん、こっから先は個人的な質問なんだが、そのエンジェル計画っていうのは一体何なんだ?俺もさわりの部分を教わっていないものでね」

榎田は口ごもった。その様子からかなりセンシティブな内容なのだろうと要は察した。

「もちろん口外はしない。俺も組織にいる以上こういうことは頭に入れておきたいからな」

「・・・あれは・・・開発部が行った改造人間計画です」

「改造人間・・・なんかショッ〇ーみたいだな」

「そう思っていただいて構いません。開発部の三好課長主導で人工的に強力な妖霊術を持つ霊祓い師を作り出そうとした計画です」

「それだけ聞くと、そこまでまずいこととは思えないけど」

「そうかもしれないですが、いかんせん一般人を実験対象にしたのがまずかったんですよ。三好課長は少なくとも23人の一般人を集めて実験を行いました。それで成功したのはたった一人。生き残ったのはそれを含めて5人だそうです」

その話を聞いて要は眉をひそめた。

「じゃあ、その南沢って男も」

「生存者の情報は詳しくは知りませんが生き残ったのは若い人間ばかりだったと記憶しています。そう考えると・・・」

すると要は先日交戦した大道寺達のことを思い出した。その時彼と共に翼の生えた女がいた。

「・・・なあ、どうしてエンジェルって名前にしたんだ?」

「自分もよくわかりませんが、三好課長はなんかああいう翼が好きだから天使の軍団でも作りたかったんじゃないですかね」

それを聞いて三好の趣味に呆れながらも要は一つの良そうに行き着いた。

「もし天使を作るのが目的なら、俺もそいつと戦ったかもな」

「ひょっとして大道寺と戦った時ですか?」

「え、そうだけど」

「やっぱり・・・奴と行動を共にしている女がそのエンジェル計画の成功例ですよ。コードネームは、アークエンジェル」


 大道寺は長野と対峙していた。彼の肩には先程自身に激突してきた鳥のはく製が止まっている。

「あなたのご活躍は全て我々の耳に入ってきてますよ、元主任。なんでも事件の被害者に違法薬物を打ち込んで回っているとか」

「俺なりのけじめのつけ方ってやつだ。文句あるか」

「大ありですねえ!あなたは組織の秩序を乱すいうなればガンそのものだ!だからこそここで始末しなければ」

そう言って長野は拳銃を大道寺に向けた。だが大道寺は動じる様子を見せない。

「俺はフリーランスだ。自分のやることは自分で責任を持つさ」

「反逆者の矜持ほど耳障りな者はないなぁ。あの世で反省してろ!」

そう叫んで長野は引き金を引いた。しかし大道寺は弾丸の軌道を読んでそれを躱し、即座に分身を作り出して長野に攻撃をけしかけた。

「やるなあ!行けカエちゃん!」

長野は肩に止まっていたカエちゃんに命令を出すと、カエちゃんは勢いよく大道寺の分身の方へ突進していった。分身は本体を庇うようにカエちゃんを抑え込むがその隙に村田が再び高周波を放った。その高周波に当てられた分身はたちまち形を保てなくなり、消滅してしまった。拘束を解かれたカエちゃんはそのまま大道寺に激突した。

「クソ・・・ババア!」

大道寺は血反吐を吐きながら毒づくとカエちゃんと入れ替わるように長野が目の前に現れ、彼の額に拳銃を突き付けた。

「自慢の妖霊気でもゼロ距離じゃあ無意味だ。どうだ?遺言くらいは言わせてやる」

だが大道寺は不敵にほほ笑んだ。

「・・・鈴木宗男のクソッタレ」

その言葉に一瞬戸惑うも長野は引き金を引こうとした。すると拳銃を持つ腕が何者かに捕まれた感触を覚えた。それと同時に腹部に鈍い痛みを覚え、その場にうずくまってしまう。

「どした?この前の空挺の奴はもっとタフだったぜ」

「馬鹿な・・・分身も無いのに」

すると中島が運転していたラパンから丸い何かが投げつけられた。何かは地面に落ちると同時に強い光と大きな音を放ち長野たちをかく乱した。それと同時に耳栓とサングラスをつけた中島が大道寺を車へ連れて行った。

「ちょっと乱暴だけど、我慢して」

中島は大道寺と隈田を乗せるとその場から逃げた。


 閃光弾に視覚と聴覚をやられた長野達は先程のラパンを追うも既に遠くまで逃げられていた。

「クソ!カエちゃん、上空から奴らを追ってくれ!」

長野はカエちゃんに命令するとその場で地団駄を踏んだ。

「村田代理すみません、へましました」

「あんたじゃあいつの相手はまだ任せられないね。今度はアークエンジェルを頼むよ」

「・・・はい」

長野は自身の力不足に苛立ち、履いていたグローブを地面に叩きつけた。

「悔しいだろ?でもそれが大道寺って男さ。裏切らなければ今頃私たちと同じ人材教育課にいたかもしれない男だからね」

「・・・代理は、奴を知っているんですか?」

「まあ、ある意味私が育てたようなもんだけどね。でもあいつの本当の師匠は喜多川さんさ」

喜多川さん・・・長野も上野から話だけは聞いている。彼曰く日霊連における生ける伝説だと。

「まさか、あの喜多川さんの教え子だっていうんですか?あいつが」

「元々才能はあったんだろう。でも喜多川さんに出会ってその才能を開花させることが出来た。全くとんでもない置き土産をしてくれたもんだよ、喜多川さんは」

「・・・あの、その喜多川さんは今どこに?」

「さあ、バミューダトライアングルで平泳ぎしてくるって言ったっきり帰ってこないからね。ひょっとしたら大西洋渡って今頃アフリカにでもいるんじゃないかな?」

村田はあっさりと言い放った。とても心配しているように見えないので長野は思い切って訊いてみた。

「あの、心配とかしてないんですか?」

「心配?するわけないさ。喜多川さんがその程度で死ぬとは私たちは思ってないよ。そのくらいタフな人だからね」

「いやタフが過ぎるでしょ」

「・・・いや、でもメンタルは普通だと思うよ。なんか友達と会えなくなって寂しいって言ってたし」

「友達?」

「うん、土方歳三」

村田はさらっと言い放った。土方歳三と言えばもう150年以上前に死んでいる人物だ。

「いや、喜多川さんって何もんだよ」


 大道寺と隈田はラパンの後部座席に乗り込んでいた。小さめの車なので身長180センチの大道寺にとっては少し窮屈に感じた。大道寺は助手席に座っている南沢に話しかけた。

「君、北広にいた坊主だろ?」

「あんときはどうも・・・って言ってる暇はないな。とりあえず追手をまかないと」

中島は高速道路下の新道に入った。通行量が多いのでかく乱はしやすい。

「君にはいろいろ聞きたいことがある。まず名前を聞いておこうか」

大道寺は南沢に聞いた。

「南沢健、横の人は中島理央だ」

「そうか、それで、どうして俺たちを助けたんだ?俺はお前の敵じゃないのか?」

「それはまだ分からない。俺は父さんの仇を探している。あんたは父さんの事件に関わっているだろ?」

「父さん?まさか」

「・・・南沢昭夫」

その名前を聞いて大道寺は表情を曇らせた。

「・・・そうか、あの人の息子か」

「話は家でゆっくり聞いた方がいいだろ。理央、なんか飯作ってくれるか?」

「いいわよ。それよりいいの?あの人に怒られない?」

「・・・別に」

南沢は特に関心なさそうにそう言った。


 東野はアパートの裏で光学迷彩を解いた。先程は大道寺を手助けするために村田の妨害を行ったが下手をすれば自身まで巻き込まれかねない。彼にとっても命がけの行動だった。

「・・・報酬は弾んでもらわないとな」

そうつぶやいて東野はタバコに火をつけた。大きく煙を吸うと東野は今までの大道寺との行動について思い返していた。彼としては大道寺の考える正しさについて全てを同意しているわけではない。だが彼としては研修中大道寺が話した理想を何としても実現してほしいと考えていた。

「・・・裁かれるべき者が裁かれる世界、か」

タバコを一通り吸い終わると東野は八田に電話をかけた。

「お疲れさまです。犯人を捕らえました。今アパートの中にいます・・・はい、場所は・・・」

電話を切ると東野は背後に気配を感じた。振り向くとそこには長野が佇んでいた。

「・・・長野か。教育課直々に何の用だ」

「社内メールを見ていないんですか?あの大道寺の抹殺ですよ」

「なるほど・・・吸うか?」

東野は長野にタバコを差し出した。だが長野はそれを断った。

「悪いけど嫌煙家なんで。それよりどうしてあなたはこんなところに?さぼりはよくないですよ」

「こっちの案件の犯人を捕まえたんだ。一息つきたいだろ」

「なるほど・・・それよりあんた、大道寺と同期だったな?」

長野の口調が急に険しくなった。それを聞いて東野は何か緊張感を覚えた。

「・・・だったらどうなんだ?」

「村田さんが言っていた。あんたらは新人の中でも特に仲が良かったって。辞めた後でもきっと何か連絡を取り合っていても不思議じゃない」

「別に、すすきののいい店を教えあっているだけだ。文句あるか?」

「・・・もっと健全な遊びを覚えるんだな」

そう言って長野は踵を返した。彼が完全に姿を消すと東野は再びタバコに火をつけた。

「・・・さてと、少しは慎重に動かないと」


 二日後、上坂は三好の研究所でデータを取っていた。そのデータを見て三好は浮かない様子だ。

「ふうん・・・もう少し妖霊気の出力を上げてみれば、少しはそのスーツの性能を十二分に発揮できるんだがね」

「・・・てことは、俺自身がもっと鍛える必要があるってことですよね」

「その通り!君には本当に期待しているからね。なにしろこの研究が成功すればいずれあの計画もまた!」

続きを言おうとしたタイミングで滝本が入ってきた。

「課長、会議資料出来上がりました」

「ああありがとう。さてと、今日の所は以上だ上坂君。お疲れ様」

「はい、失礼します」

そう言って上坂は研究所を去った。

「会議資料の方は後で見ておくよ。滝本君は先にお昼食べてきなさい」

「分かりました、失礼します」

そう言って滝本は部屋から出て行った。一人残った三好はパソコンの画面を開き、計画書のデータを開けた。

『ネメシス計画』

「・・・最適な被験者は、3人か・・・どれどれ」

三好は名簿を見た。そこにはこれまで日霊連が解決してきた事件の被害者や加害者の情報が記されている。

「丁度いいのは・・・これだ!」

三好は名簿に印をつけた。

「増田、夏彦・・・君がふさわしい」

その名前を見て三好はほくそ笑んだ。

「彼なら、大道寺にとってのネメシスになってくれるはずだ」

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共鳴B〜霊祓い師大道寺林太郎 人材教育課襲来編2〜 大谷智和 @193Tomokayu

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