第38話 虎退治

 「足を引っ張ってばかりではいられない」──攻撃を受けつづけ七転八倒しようとも、七転び八起きの精神で泥の背は立ち上がり、アマリアはパレットシールドをしっかりと構えた。やはり、よく狙われているのは、その要因は分からずとも一番身軽でない自分であると知る。


 しかし、そんなことは重々承知。アマリアはレイのかけた言葉を思い出す。

『でも狙われているからこそ、甘く見ている慢心が攻勢に転じた石虎の魔獣にも必ずあります。つまり逆ですそのチャンスを! いえ、ビッグアルミラージにもおじけないあなたのその不屈の力とそのミラーウェポン、パレットシールドのギミックを、この作戦に貸して欲しいのです!』


 この練り直したレイの打ち立てた作戦の要は、アマリア、彼女であった。盾を構えては誘うその鋭い闘志を燃やす紫の瞳が、石虎は気にくわないのか。それとも硬い盾の感触がお気に入りなのか、そんなことはどっちでもいい。魔獣に執拗に狙われつづけている彼女にしかできない仕事をレイ・ミラージュは与えてくれた。


 ならばまっとうするまでと、アマリア・ベルショが思うのは当然の事。腹をくくらずとも、あの人の言葉に背中を押される。やっと巡ってきた好機、その来たるべきタイミングを──アマリア・ベルショは今度こそ逃さない。


 地はいきなり下から爆発した。レイが爆発性のミラーウェポン、【ミラーナッツ】を泥の地層の中に激しい戦いの最中に秘かに仕掛けていたのだ。


 盾をどっしりと構えるアマリアの方に一直線に迫り、滑るように走っていたストーンイェルガーは、足元から噴きあがる突然の予期せぬ爆発・衝撃に、宙に不格好な姿勢で投げ出された。


「ベストとは、目を凝らし恐れないこと! 【アンカーギミック】!!」


 そしてアマリアは【凍結アンカー】を発射した。まだ見せていないパレットシールド、その一枚の大楯に内蔵されたギミックはムーンソードや魔光弾を貯蓄したガトリング砲だけに尽きない。その射出したアンカーでバランスを崩した石の虎を捕らえた。


 パレットシールドから青いワイヤーが伸び宙の石虎の胴を足を絡めて、繋がった大盾ごと力強く振るい、地に叩き落とす。そして食い込んだアンカーが捕らえた獲物を凍結させていく。食品保存用のミラーツールの比でない冷気がストーンイェルガーを襲う。


 ぬかるみの中でも動きをカチコチに封じれば関係ない。重鈍な盾もアンカーギミックも使いよう。そして、抵抗しバラバラに脱しようとする石の集合体は、一気に冷やし固めればすなわち相剋。その自らが排水溝にもなり水砲を散々に撃っていた石の魔獣に、アマリア・ベルショ秘蔵の凍結アンカーはよく効いた。


「弓術とは、素早く、射抜く!! これだけっ!! アンタねぇ、尻尾で弓を構えるなんて行儀がなってない!! 今日のミオ・アコットン最強職員さんの授業料は高くつくわよ!」


 危なくあそばせた石の三つ尾で編もうとした歪な弓は成らず。景気よくミラーウェポンの弦にのせ、一気に放たれた三本の矢が同時に、ストーンイェルガーの立てた三つ尾の的を見事、射抜き千切った。


 最強職員の良い目からは逃れられない。熟練の手先しなやかな指先から素早く放たれる必中のアルミラージの矢に、射抜けぬものはない。


「って……!? 矢はちょうど品切れ……ならやっちゃえ、レイ・ミラージュD級魔獣狩り!!」


「レイお姉さま!!」


 レイへと強く呼びかけ、それぞれに振り向いたミオ、アマリア。精一杯の尽力をする二人の合図を受けて既に、レイ・ミラージュは動きを抑えた標的へと駆けだした。


「ええ、このプロトロッドなら!!」


 最高と最強の仲間たちの力添えを得て、さらに泥の中に見つけた一欠片の刃、最良のオプションをプロトロッドの穂先にして。レイ・ミラージュは今、飛び上がった。


 プロトロッドを頭上に回転させながら、練り上げるのは魔力。最高の一撃を叩き込むために、最後の最後まで抜かりはない。


 だがしかし、ストーンイェルガーもじっと死を待つわけはない。それどころか狡猾な石虎は、秘蔵の息を吐き出した。熱い熱い獣の息は、天へと向けて放たれた。それはまるで火炎。石虎が水を吐くだけと誰が言った、そう言わんばかりに見たこともない火を吐いた。


 激しい激しい火は炎。まんまと舞い上がった白黒髪のターゲットを今にも伸びゆき焼き尽くすのだ。狸寝入りで一度欺きはめた人間の女を、二度はめるのは容易いことだ。ストーンイェルガーの取った行動は確かに誰も予期できない、予想の裏を深くゆく。ミオもアマリアもその天に吠えた火炎の威力に驚くものであった。


「冒険とは虎退治! 虎穴に入り!! 飛んで火に入り!! 思いっきり冒さなければ、その先は砕けない! だからっ──ヤァッーーーー!!!」


 虎の口が火を吹いた、その火の中へと飛び込む。白い膜の球体に身を包みながら、震動するその特別な魔力が、赤い赤い視界を押しのけ歪めかきわける。


 秘蔵の火には、秘蔵の膜を。ここぞで練り上げた特別な魔力を吐き切った両者。だが、レイに勝るものがあるとすれば、あふれるその心、目を凝らし挑むその心、そしてなおも火を裂きあふれるその美しく輝く白き魔力。


 獲物をいたぶり狩る獣の狡猾さだけでは彼女を止めるには決して足りないことを、魔獣ストーンイェルガーには分からない。赤く垂れ流すスベテを押しのける、見たこともない力の塊と勢いが今、豪快に降り立った。


 片刃のついたプロトロッドが、鎌のように振り落とされた。それは地に立つ石の兜に深く突き刺さり、一つの破鏡を貫いた。その破鏡はストーンイェルガーの石の体を構成するための動力源の一つ。ミオが散々放っていたアルミラージの矢の矢じりであった。


 つまり、レイの杖を模し、アマリアの盾を模し、ミオの弓まで真似たストーンイェルガーのビルドアップし肥えたその体は、機能が豪華になり重くなった体を動かすために他の生物の破鏡が必要であったのだ。


 思いっきり叩きつけられた片刃のプロトロッドの一撃に、あっさりと割れたアルミラージの破鏡。だがレイは狙いを外していない。一つ、一つ、連鎖するようその衝撃は広がった。


 レイの魔力は少し揺れる。しかし、彼女が自称する少しどころではない。天からインパクトした片刃を突き刺した白杖の威力・魔力の振動は、石虎のその身に宿す内部のサブの破鏡を次々と破壊した。


 魔獣を強くしたのも破鏡、紐づき仇となったのも破鏡。連鎖し割れてゆく鏡の衝撃は、ついにストーンイェルガーの力の根源たるオリジナルの破鏡までを震わせた。


 崩れゆく石の牙城。石を編むよう変幻自在たるストーンイェルガーの最後は、脆くも、儚くも、ただの土くれのように────────。


 手強い相手が土へと還る様をそのオッドアイでただただ見つめた。天に伸びゆく火を祓いレイ・ミラージュの放った最高の一撃は、相棒のそのプロトロッドに、泥の中で煌めいたムーンソードの欠片を添えて────。


 マジックミラー商会の子爵令嬢レイ・ミラージュ、エスティマ国ミラー協会のミオ・アコットン職員、そしてベストミラー社の伯爵令嬢アマリア・ベルショ。


 三人の力と心とその個性様々なミラーウェポンを合わせた泥まみれの冒険の末、脅威度H級以上の強魔獣ストーンイェルガー、見たこともない石の虎退治は、ここに成された────────。

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レイ・ミラージュ 鏡の中の子爵令嬢は冒険がしたい 山下敬雄 @takaomoheji

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