彼のことは手に取るように解る

aoinishinosora

第1話別れ

 何が良くなかったのか。彼に嫌われた原因はあれしか思いつかない。


「田代さんかもよ。」


彼のSNSに私達が付き合っている風な投稿があった。私の写真を田代さんは持っていたから話しただけだけど、彼はそれが気に入らなかったようだ。

 私達は社内恋愛だし秘密にしていたい気持ちは解るが彼は田代さんからのお誘いラインにハッキリ断る事もしないでいた。私は彼のそんなところにも苛立っていた。

 毎日の彼からの連絡は無くなり私からの連絡にも出なくなった。会社での態度も変わって私を見ることも無くなった。


〝音信不通〟彼の常套手段だった。

私はハッキリした理由も解らずどうしてよいのか迷い考え悲しんで何度もラインをした。しかし、彼からの返事は無いままだった。私は自分の気持ちを整理する為、そして彼の事を理解する為に心理カウンセラーの資格を取得した。今まで彼との電話での時間を勉強に充てた。

 彼は自分の気持ちを言葉にすることが得意では無かった。それには上司も部下も困っていた。聞かれたことに即答出来ない。考える時間をもらっても答えを用意してこない。彼は毎日不貞腐れているよに仕事をしていた。部下は彼の顔色を伺い〝今は機嫌悪そうだな〟と彼から距離を置くようになっていた。

 そんな彼に困り果て、上司は私に相談してきた。


「彼の扱いどうしたらよいか、何か解る事あれば教えて欲しい。」


私は彼の評価が下がらないように細心の注意をはらい上司にアドバイスをした。勿論カウンセラーで勉強した事を活かし色々な方法を話した。彼と上司との関係は表面上は落ち着いて見えた。

 私は彼との復縁を夢みて彼に尽くしてきた。彼を周りが悪く言わないよう、悪く思わないようにフォローしてきた。

 

「ピアス開けてたよ。」


誰かが気付いて話しているのが聞こえた。開けたいと彼は以前に言っていたことを思い出したが…何故か同時に嫌な予感がした。

彼女出来た?まさか?田代さん?小さな不安が私を包んだ。

 いつ頃からかお昼休み前後に田代さんがコピー機を使う事が多くなった。デスクでは彼が1人昼食を取っている。小さな違和感を覚えた。

 ある日、田代さんと彼が廊下で話しているのが見えた。部署も違うので話す事は少ないはずの2人。嫌な感じがした。

 

 私の小さな違和感が現実になる日が近づいていた。


 探していた資材が見つからず資材室から出ると田代さんが居た。仕方なく資材担当でもある田代さんに聞くことにした。しかし、田代さんも解らなかった。


「彼なら知ってるかな?。」


私がそう言うと田代さんは彼の元へ歩き出した。その後ろ姿が軽やかで嬉しそうに感じ、私は思わず〝行かないで!〟と叫びそうになった。田代さんに声をかけられ彼が顔をあげる。その時の表情がかつては私に向けられていた表情だったのを私は見逃さなかった。


 

 「ねぇー。休日出勤して彼女いないの?何かピアスもしたし誰か出来たのかって噂されてるよ。」


彼の同期の人が話しかけていた。


「彼女いたら今、仕事来てないから。」


「あっ、そっかーだよね。」


私はこの彼の返答で確信した。田代さんと付き合っている。

いつもの彼なら〝さぁーねー〟と言って答えないはず。今日は田代さんも出勤していたし間違いない。そう言えば、一昨日の飲み会の時も帰りの代行は乗せられて来たからと言って頼まなかった。彼の家族との関わりとかを聞いたかぎり家族が乗せてきた可能性は少ない。彼女出来たんだ。その時はただそう思っていたがそれが田代さんだったとは…。

 勘が良いのも良し悪しだ。誰も感じ取ることが無いことも私には解る時がある。その人の考えていることが何となく伝わる時がある。厄介な性格だ。色んな事が繋がって田代さんに結びつく。

 私の中で何かが壊れる。今まで頑張ってきたこと。彼の為してきたこと。全てバカバカしく感じた。こんな狭い社内でこんな酷い仕打ちをされ納得がいかない私がいた。それと同時にまだ彼を好きな私もいた。


 複雑な気持ちで毎日を過ごしていたが、2人が一緒にいる所を見てしまった。2人が通り過ぎると私はその場に座り込んだ。立って居ることが出来なかった。息が出来なかった。心臓が壊れそうだった。

 


 その夜私は手首を切ってみた。少しの血が滲んで痛さで2人のことを忘れられる気がした。これからこの儀式を繰り返すのか?鏡の中の私に問いかけた。

 

 ほんの少しの歪。これを作ってあげる事にした。


「上司と部下の信頼が厚い田代さんとじゃ釣り合わないからもっと頑張らないね。」


私は彼にそう告げた。優しくアドバイスをしている風に…。彼は〝釣り合わない〟そう呟いて私からの次の言葉を待っていた。

私は何も答えずその場から立ち去った。後は彼の性格ならきっと努力する事を拒み、面倒臭くなり、自信を無くし田代さんとは音信不通になるはず。


 なんと、私の作戦は成功した。

2人はこの週末会うことは無かった。〝別れてしまえ!〟そう何度も念じて私は今日も彼に優しいふりをする。


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