六月二日、天気、雨。

氷野 陽馬

六月二日、天気、雨。

その日の早朝は、目を見張るような快晴だった。

自転車を最寄りまで滑らせ、来る週末を前に意気揚々と電車に乗った私は、高校から一番近い駅で立ち尽くしていた。

土砂降りの雨。

スマホをみると、いつの間にか学校からのメールと臨時ニュースが肩を並べている。

受験生になってから、某国公立大学を目指して勉強には人一倍力を入れてきた。その反動もあったのだろうか、何故か今日、今日だけは不意に遊び尽くしてやろうと思った。幸い、財布の中には使い道のなかった紙切れが8枚入っている。そう思うと、私にはこの雨が私を許してくれる存在かのように思えた。

私は、まずある大型ショッピングモールへと向かった。学校帰りに2年前から稀によっていた分、行く場所の目安はつけていた。違うのは、今自分が一人できているということだけだった。

ひとりで見る映画は面白かった。他人に気を使って無理に笑わなくてもいいし、興味のない漫画を買い続けなくてもいい。寝てもいいし、私の自由だ。

ひとりで行く飲食店は緊張した。注文も、食べるのも、会計も全部ひとりでやるのは苦労した。でも、割り勘を誤魔化されないし、無理に合わせなくていい。映えをと引き換えにぬるさを手にしたドリンクを飲まなくていいし、私の自由だ。

ひとりで、ひとりだからこそ、今度は漫画喫茶に行ってみた。八時間で、と告げたのを一瞬後悔したが、それは杞憂に終わった。

外に出ると、夜の九時だった。まだ雨だった。母親には、友達の家に泊めてもらうから、明日の昼までに帰るとだけ伝えた。

シワが少しできた制服で傘を差しながら歩いていると、道端で声をかけられた。これがナンパか、と思った。今日だけは、と思ってOKした。彼は一瞬驚いていたようだったが、彼が出した数枚の万札をみて、私はその意味を悟った。これも自由か、と思った。

翌朝、昨日より少し穢れて、少し財布が厚くなった私は、何食わぬ顔で帰路に着いた。

今でも、六月二日が来ると、あの雨を思い出す。

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六月二日、天気、雨。 氷野 陽馬 @JckdeIke1122

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