格ゲー狂騒曲

***

「はい、私の勝ち!」


「くそぉ....」



 画面の中で俺のキャラは『KO』の文字と共にダウンしていた。


 俺のキャラは実直な顔をした筋骨隆々の男であり、相手のキャラはそれ以上の筋肉量を誇るレスラー風の男だった。


 俺がやっているのは格闘ゲームだった。


 そして、対戦相手は今となりにいる女。


 アパートの隣の住人である。



「ちょっとちょっと、10先挑んできたのはそっちでしょ。ボロ負けじゃん」


「そんなこと言っても。くそ、くそ、なんでこんな.....」



 10先と言われる対戦形式を挑んだ俺だったが残念ながらボロ負けだった。


 手も足も出ない。ランクはそこまで変わらないはずなんだがな。



「もう、君のクセとか全部見抜いちゃってるから。何回やっても一緒」


「そんな馬鹿な」


「バカなじゃないよ。もう半年もこんな感じで対戦してるじゃん。そっちの対応遅すぎなんじゃない?」



 そうなのだった。こんな風に休日にこの女と格ゲーで対戦するようになって早半年が過ぎていた。


 俺は格ゲーが趣味であり、日夜ネットで対戦に明け暮れている。


 この女は半年前にそんな俺の隣に引っ越してきた。大学生をやっているらしい。


 なんでこんな状況が発生しているかと言えば、きっかけは俺がクソみたいな負け方をしてコントローラーを壁に投げつけたことが発端だった。


 その騒音により、この女はめでたく俺に苦情を入れにやってきて、そこでお互いが格ゲーマーであることが発覚し、対戦をするようになった。


 それがダラダラ続いて早半年。


 この女と対戦するのが週末の予定になり、週末に向けて練習するのが俺の日課になっていた。



「さて、もうそろそろお昼にしますか。いつもみたいにウー○ーで良い?」


「うん、マックで良い」


「じゃあ、いつもみたいにちきちーのセットね。私は何にしよっかな」



 そう言いながら女はスマホの画面をいじっている。


 なんだろう。よく考えれば妙な時間だが。しかし、やはり楽しかった。同じ趣味を持つ仲間と週末こうしてバカな時間を過ごす。それはとても楽しい。


 なんでこうなったのか不思議な話だが、俺は今の生活を気に入っていた。


 それに、その。女はかなりの美人であるし....。


 と、そう思って。いつも頭にあることまた浮かんだ。



「じゃあ、私はちきんふぃれおにしようかな。ナゲット頼むから分けよう」


「うん。そうだな」


「ん? どしたの? なんか思いつめてない?」


「いや、お前は毎週末こんなところに来て暇なのか?」


「は?」


「いや、大学生なんだろ? こんなとうの経ったおじさん会社員の部屋に毎週末来て、他にしたいこといっぱいあるだろう。気を使ってるならそんなことする必要ないぞ」


「........君は楽しくないの?」



 女は言う。どことなく上目使いで。なんだその雰囲気は。



「私は楽しいよ。ここに来るの」


「そうか? でも、友達だっているだろ。恋愛だって大学生ならしたいはずだ。もっと良い時間の使い方が....」


「ないよ。そんなの」


「な、なんで」


「ここに来るのが一番楽しいの。ここで格ゲー一緒にするのが一番楽しいの。君といるのが一番楽しいの。言ってる意味、分かる?」


「そ、それって......」


「うん.......」



 女はじっと俺を見つめてくる。


 俺は.........!
















 というのは全て妄想だった。



「クソ、ランクマの辛さを癒すには妄想でもする他ない」



 俺は独りぼっちで画面に向かいながら言う。


 やっているのはもちろん格ゲーだ。


 今しがた頭を駆け巡った妄想は今目の前で煽りに煽られて敗北した試合の腹いせだった。


 何喰ったらあんなクソプレイが出来るのか想像できない。画面の向こうに居るのが人間だという事実が人間の相互理解の困難さを証明していた。



「ああ、クソ。隣にかわいい女の子は居ない。画面にはむさ苦しい俺のキャラとどうかしてんのかっていう対戦相手」



 俺は文句を垂れる。


 一応、格ゲー界隈への配慮として、正真正銘どうかしてんじゃないのかという相手はそんなには多くない。たまに当たる程度だ。


 だが、たまに当たるとこうしてありもしない妄想でストレス発散するしかない状況に陥るのだ。



「ああ、SNSで格ゲーやってるのもむさ苦しい男ばかり」



 俺はランクマを切り上げスマホを見るが、そこに俺が望んでいるものはありそうになかった。


 妄想は妄想だ。俺は一人で格ゲーをやり、一人でずっと戦っている。


 ようやくそれなりのランクに達したが、それでもまだ道は長い。


 支えてくれる女の子は居ない。夢みたいな出来事なんかない。


 普通のおじさん会社員が一人寂しくひたすら格ゲーをやっている状況だった。



「あ、カサハラさんの動画上がってる」



 俺は配信サイトの有名プレイヤーの動画を見始めた。


 ゲーム内容について色んなことを言ったり、日常のことを話したり、時に人生相談に乗ったりしている。



「ムゴさんとニモさんのも新しいの出てる。観とくか」



 そうして、俺の時間は格ゲーまみれで過ぎていく。


 一人寂しく、ゲームのことで過ぎていく。



「ふふっ、ハイTNさん格ゲー意外だと全然別人みたいに人見知りだな」



 そして、それは結構楽しいのだった。


 こうして一人孤独にランクマに挑み、合間に動画を見て攻略情報を仕入れたり、雑談を聞いて笑ったり、人生相談を聞いて感じ入ったりする。


 ハタから見れば寂しい独身男性なのかもしれない。


 でも、俺はこの趣味が嫌いではなかった。


 妄想は気晴らしだ。本当はかわいい女の子が隣に居なくたって、俺は格ゲーを愛していた。


 格ゲーをしていると没頭出来て色んなことを忘れられる。仕事中に辛いことがあっても格ゲーマーの失敗談を聞くと少し気が晴れる。落ち込んでどうしようもなくても格ゲーマーのどん底みたいな話を聞くとまだまだうつむいてられないなと思える。


 格ゲーマーは正直社会不適合者みたいな人が結構多い。でも、そんな人たちの話を聞くのはとても面白かった。


 そして、何より元気が出るのはそんな人たちが大会で別人みたいなかっこよさで戦って、負けたり勝ったり、ひきこもごもがありながら壇上で見せるガッツポーズだった。


 俺は格ゲーを愛しているし、格ゲーマーが好きだった。


 このわけ分からん人たちが面白かった。


 だから、隣に女の子が居なくても、俺は戦い続けるのだと思う。



「まぐらさんの新キャラ攻略出てるか。まぁ、もう何戦かしてから休憩の時観るか」



 そう言って俺はまたコントローラーを握った。


 訳の分からない狂騒に取りつかれながら、訳も分からず戦い続ける。


 その先に一般人には何も待っていなくとも、この世界に浸り続けたいと思いながら。

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格ゲー狂騒曲 @kamome008

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