嘆生日
香苗 一年後 六月八日
「
あれから、季節は過ぎ、また六月八日が来た。
「お義母さん、今年は大きいケーキ食べられるね!」
私達は、手を繋いで出掛ける。
◆◆◆◆
啓太は、奇跡的に一命を取り留めた。
私の行為は、彼の証言によって、『緊急避難』なるものと判断された。
私達は、それから名を変え、あの街を離れて、二人で暮らしている。
心的外傷から、家で漂白剤は使えないが、なんとかやっている。
今は幸せだ。
◆◆◆◆
香苗・田村亜美 午前十時 関東の某精神科閉鎖病棟 保護室
「佐々木さん、注射の時間です」
「……うん、そうね、いっ君。ケーキ、楽しみだね」
「そうだね。急いで帰ると潰れちゃうね」
香苗の手をそっと支えながら、看護師の
ふと、母親が空中に向かって微笑むのを見て、偽者は一瞬だけ目を伏せ、静かに溜め息をついた。
保護室のロックが、乾いた音を立てて閉まる。
──鼻は延びないけど、人形より
◆◆◆◆
亜美 午後一時 休憩室
スマホを弄る。
ふと気になり、ある女の名で検索する。
ネットの片隅に、こんなスレッドが立っていた。
†††
佐々木香苗ちゃん擁護スレ(香苗様マジ女神)
1:名無し=SAN値直葬 202×/06/04/20:08そろそろ一周年だし語ろうぜ(香苗様マジ香苗様)
2:名無し=SAN値直葬
202×/06/04/21:44 >>1 不謹慎で草
3:名無し=SAN値直葬 202×/06/04/21:47 谷野啓太を殺したのは、実は谷野房子(ソース:谷野家隣人)
4:名無し=SAN値直葬202×/06/04/21:54 >>3はいはい乙
5:名無し=SAN値直葬 202×/06/04/22:02香苗様凸時、既に啓太くん死亡説
6:名無し=SAN値直葬 202×/06/04/22:07 暴露系YouTuberが配信でやってたアレか
7:名無し=SAN値直葬 202×/06/04/22:09>>6あれでBAN食らったんだっけ
†††
スレッドは、七百件以上書き込まれていた。
──皆、死んでしまえばいいのに。
亜美の目が熱く潤んだ。
◆◆◆◆
午後九時五十八分 看護師詰め所
詰め所の夜は、いつも通りに流れている。
「佐々木さん、今日も落ち着いてた?」
「ええ、特に変わりないです。……今日、香苗さんの誕生日なんですよ。あの様子なら、保護室じゃなくても…………あの、すみません」
担当の
「あの事件、忘れられないよな……俺達も、
「そういや、
中野が小さく笑う。
「……こんな世界に子どもを産むの、正直不安だけど」
誰かが冗談めかして「お母さん」と呼ぶ。その響きが、詰め所に一瞬だけ温度をもたらす。
「二〇六号室の
田村は立ち上がり、薄暗い廊下へと歩き出す。
「偉いよな、中野さんとこは。今、堕ろす夫婦が八割って話だぜ? 人間がいなくなっても良いのかね?」
誰かが、そう切り出した。
ドアがピシャリと閉まる。
◆◆◆◆
亜美 午後十時 病棟廊下
遠くから、誰かの歌声と叫び声が混じって聞こえてくる。
亜美は、制服の上から腹の傷痕を撫でて、思った。
──ごめん中野さん。私も、今の世界で子供を産むのには…………賛成できない。
──自分から、この体になったくらいだからね。私の子も、きっと可愛かったと思うけど。
そんな思考が、廊下を包む闇に溶けていく。
彼女は、二度と子を孕む事はできない。
桑畑氏の点滴交換まで、あと二十分残っていた。
保護室から、絶叫が響く。
亜美は、何かを感じて保護室に駆け込む。
香苗が、血と肉片──舌を吐いて痙攣していた。
「佐々木さん!? 香苗さん…………香苗ぇぇぇぇ!! 誰か!! ねえ!! 嫌ああああ!!」
カメラに向かって絶叫する。
機械の眼が、血濡れの二人を、冷酷に記録し続けている。
処置にかかる亜美の前で、香苗の命が、溢れ落ちていく。
──母さん、どうして私を産んだの? こんな……人一人助けさせてくれない世界に。
◆◆◆◆
午後十一時四十二分、谷野
<了>
嘆生日 玄道 @gen-do09
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