どうしようもないかも

@kanikanimaru

第1話

「わたしはね、こうだいくんがすきなの。」

お風呂上がりの真っ裸の6歳が言う。葵は体を拭いてやりながら、どこが好きなのか聞いてみる。6歳が答える。

「おはなに、てんてんがあるところがかっこいいの。」

葵に新鮮な驚きがあった。鼻に点々が、かっこいいのか。鼻の点々にかっこよさを感じ、表現できることが羨ましかった。葵はかっこいいと感じた最後がいつだったのかを、思い出せない。


葵の鼻には点々がある。昔からあったのではない。できたのだ。こうだいくんの点々とは違う。だって、シミだから。葵はわかっている。しかし、裸の子どもとの会話を思い出しながら指でなぞってみる。愛おしく撫でられれば、いいのだろう。世の中の求めている自己受容なのだろう。


葵は、ため息とともに、この点々はないな、と判断して、明日にでもまたコンシーラーを買おうと思った。葵の鼻に点々がなかった頃も、かっこいいと感じたことが、いつなのかわからないのと同様に、わからない。


葵が大学を出たときは、鼻の点々は確かになかった。2018年だった。就職氷河期と言われる年だが、葵は就職に困ることなく、地方都市で総合職として採用された。結果からするに、葵は要領はよかった。


大学時代は人並みに恋愛や学業に励み、社会人になり1人暮らしをし、なんとなく大学の頃から付き合いの続いていた同級生と結婚した。結婚して1年ほどで仕事は辞めた。その後、立て続けに子どもに恵まれ、家を買い、当たり前に過ごしてきた。


1人暮らしも、結婚も、出産も子育ても楽しかった。1人暮らしでは、帰りにサーモンの刺身を買って帰ったこと、初めて食べた無花果にハマり、毎日のように買って帰ったことが懐かしい。


結婚当初には安く買った椅子を夫が壊したこと、風呂場が寒くて辛かったことを思い出して、口元が緩む。


子どもが産まれた時には涙が流れ、赤子を抱けば満たされた。


しかし、葵は現在、それまでのことは思い込んでいただけだったのかもと疑っている。


葵は食洗機に入れる前の予洗いしながら、明日はプールがあると言う11歳、手紙がないと言う8歳の相手をしながら、食べ残しをスクレーパーで流す。流しながら、昔をうっすら思い出しながら、思い出も流す。葵のこれまでは、食べ残しではなく、全部そろってあったはずなのに、葵は手元に残っていないと感じている。


テレビでは、難病の子どもの特集が流れている。8歳のクラスには、心臓病の子どもがいる。ウクライナのニュースに特集が変わった。


葵は、流水音とともに流れてくる情報を聞きながら、足りないと感じる自分が情けないし、恥ずかしい。葵が、朝がくれば気が晴れていればいいのに、または、目が覚めなければいいのにと毎晩願っていることを夫は知らない。


葵にとって、明日、目が覚めなければいいのにと思うことと、明日、コンシーラーを買おうと思うことは決して矛盾しない。

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