拝啓、親愛なる君へ
葉月
第1話
君は一体、私に何を遺したんだ__。
今日は遠くへのお出かけだ。ただ、こんなお出かけ、私は期待していなかった。なぜかって?そんなの決まっている。誰が親友の葬式に行くことを喜ぶんだ。
車で五時間以上の道のりをかけて着いたのは君の待つ葬儀場。君の両親に挨拶をして、眠り着く君の顔を覗いたよ。もしかすると知らないかもしれないから教えてあげよう。君、とっても綺麗だよ。白装束じゃないけど、白いエンディングドレスだから、服装だけならまるで結婚式のようだね。ごめん、さっきからちょっと不謹慎だったかもしれない。
君と出会ったのは確か小学二年生だったかな。私の通っていた学校に君が引っ越してきたんだ。そして、クラスでたった一人のぼっちに君が声をかけたんだ。
君は覚えているだろうか、私たちが仲良くなって初めて喧嘩をした日のことを__。私が君のことを「お前」と言ったら、君は「お前って誰のこと?」と返してきた。私が「あなた」と言ったら、「あなたって誰のこと?」と返してきた。正直なところ、あれは本当に腹が立ったね。今さら仕返しと言ってはなんだけど、「君って誰のこと?」とは言われていないよ。
君の葬式中、私の頭の中には君とのくだらない思い出が永遠と思い出されていた。
君に言われた通り、ちゃんと君の最期を見届けたよ。全く、君には驚かされたよ。私たちは、君がお父さんの仕事の関係で遠くへ引っ越したことで高校からはほとんど関わりが無くなってしまっていたからね。
ちょうど三ヶ月前の十一月八日、君から一通目の手紙が届いた。白い紙に黒い線が引かれているシンプルな紙だ。ただ、紙の淵のところにアルファベットがS、B、P……、とおしゃれな感じに並んでいた。君っぽいなと思ったよ。私は何かに可愛らしいアレンジを加えるこういったことがすごく苦手だった。絵を描くことも苦手でよく君に笑われていた気がする。君は絵がすごく上手だったから言い返すこともできなかったっけ。
違うよ。こんな話をしたいわけでは無くて、このときは君から初めての手紙でただ単純に嬉しかったんだ。もちろん私も君に向けて手紙を書いたよ。君との思い出以外にも、最近あった君に話したいこととかたくさんのことを書いた。その日から、次に君に手紙を書くためにいろいろなことをメモに残しておくことにしたんだ。
一ヶ月後、先月と同じように君から手紙が届いた。今回の手紙の枠には数字が散りばめられていた。数字が書かれているだけなのに、君が書くとまるでかっこいい便箋のようだね。内容は私の手紙にひとつひとつ丁寧に相槌を打つように書かれていた。最後の方には、何が楽しいだとか何にハマっているだとか君の最近の様子が書かれていて、思わず「わかるー」と声が出てしまったよ。やっぱり場所は違えど、考えていることとかやってることは同じなんだね。
次の返事は書くのが大変だったな。何たって一ヶ月間君に話したいことを溜めていたからね。便箋の枚数がすごいことになってしまったよ。
ごめんって。一ヶ月後、君から届いた手紙の最初には「枚数多すぎ!」と書かれていた。君と手紙のやり取りができるのが嬉しくてつい十枚も書いてしまったんだよ。そう言われてみれば、君はいつも手作りの便箋一枚だけだね。逆にと言っては何だけれど、少なくない?まあ、別に気にしてないけど。また一ヶ月後、君に送る手紙をさらに多くしてやろうと一日にたくさんのことをメモしていた。
変だなって、すごくびっくりしたよ。一ヶ月経っていないのに君から手紙が届いたんだから。別に一ヶ月経たないと手紙を書いてはいけないなんていう決まりを作ってもないし、普通に考えれば全くおかしいことではない。けれど、このときおかしいと思った私の勘は間違ってなかったね。
君ね、手紙の内容意味がわからなかったからね?ファンタジー小説でも読んでいるのかと思ったよ。まさか、一週間後に死ぬ自分の葬式に来てほしいだなんて。すぐに君のところに電話したけど君は出ないし、君のお母さんははっきりとは答えてくれなかったし。
ただ、四日後、本当に君の訃報が届いたときはもう訳が分からなかったよ。その後は君のお母さんから電話で葬式の詳細を聞いた。私は君から送られてきた最後の手紙を何度も読み返したよ。そこには君のはっきり読みやすい文字はなく、弱々しくてぎりぎり書いたような文字が並んでいた。
『七日後、私の葬式に来てほしい。私の最期の姿を君に見てほしい。そして、お母さんから手紙を。』
手紙といってもたったこれだけ。たぶんその時の君にはこれが精いっぱいだったのだろう。お母さんから手紙?まだ手紙があるのか……。私はたった一枚の手紙を持って君の葬式に向かった。
手紙、君のお母さんからもらったよ。私宛ての封筒に入った手紙。ただ、読めないよ……。この手紙はどういうこと? 数字と線と点しか書いてないじゃないか。おそらくこの手紙はあの短い手紙よりも先に書かれたものだろう。まだ、数字とかがうまくかけている。紙にも、線と点で枠がついている。
ん?数字。線と点。ああ。君は本当にわかりにくいことをするな。今まで君が私に送った手紙は四枚。その中で、紙に枠がついているのが三枚。三枚の手紙を重ねると、一つの数字に一つの文字が対応する。あー、線と点はモールス符号か。こっちもアルファベットにきちんと対応している。解読できたよ。ただ、解読できなかったらどうするつもりだったんだよって言ってやりたい。あと、こんなに面倒くさいことまでして伝えたい言葉がそれなのか。
『部屋 机の中 手紙 最後』
まだ手紙があったのか。部屋って君の部屋か?とにかく君のお母さんに連絡を入れて手紙と取りに行く約束を取り付けたよ。本当は郵送してもらおうかとも考えたんだけど、ここまで来たら自分の手で最後の手紙を取りたくなった。
次の日、電車に乗って君の家に向かう。道中、車に揺られながら君のことを考えたよ。それで思い出したんだ。君は確かミステリー小説が大好きだったね。こんな感じの手紙を昔にももらったことがあるような気がする。家に帰ったら確認してみよう。
君の家に着いてすぐ、私は君の机の引き出しを開けさせてもらった。中には、きれいな封筒に入った手紙がある。もちろん、宛名には私の名前が書いてある。
私は手紙をその場では読まないことにした。どうしてもこの手紙を一人で読みたかった。君の両親からすれば、君の最後の手紙を見たい気持ちだって十分にあっただろう。それでも君の両親は私のわがままを聞いてくれた。君の両親はとても優しい人たちだね。
帰りの電車で手紙を取り出してみる。中には、いつものようにとてもきれいな字で書かれた君からの手紙が入っていた。君からの手紙に書いてあったことは死ぬことに対する思いと私に対する感謝の気持ちだった。
『この手紙を読んでくれてありがとう。私の最後にやりたかったことに付き合ってくれてありがとう。この手紙にたどり着いてくれるって信じてた。もう覚悟は決まったよ。全く怖くなんてないよ。今までありがとう、一緒に入れて楽しかった。あ、本当はあの暗号で書かれた手紙が二通目だって知ってた?』
二枚目__。君が引っ越す前に私に渡したあれだ。私は家に帰ってすぐに部屋中を探した。
あった。私が見つけたのは埃を被った封筒に入った暗号で書かれた手紙だ。
『私ね、病気なんだって。実はね、余命宣告も受けてる。怖い……。死ぬことは避けられないし、誰が悪い訳でもないのはわかっているけど、こんなにも怖いことだなんて思わなかった。でもこれだけは伝えておきたくて……。今まで一緒にいてくれて、ありがとう。』
どうしてこの時教えてくれなかったんだよ。この手紙を書く前に、君が本当につらかった時に教えてくれなかったんだ。君の「怖い」をこんなかたちで聞きたくなかった。
最後の手紙に書かれている「怖くない」は嘘だったんだろう?昔の手紙の存在を私に教えたってことは、死ぬ事が怖くてたまらないと私に伝えたかったんだよね。あのとき、君の思いに気づくことはできなかった。けれど、やっと君の声を聞くことができた。
君の最後の言葉を私に聞かせてくれてありがとう__。
最後に一つだけ君に言わせてほしい。
世界でたった2人しか読むことのできない、君の作ったこの暗号で。
『5 8 ・―― 2 ・――― ――・ ・- 3』
拝啓、親愛なる君へ 葉月 @NER-NHK
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