第10話 檻の中の自分
空の色のこと。昼の長さ。何でもない、けれど確かに“会話”と呼べるもの。そして誰にも言えない、分裂後のぐちゃぐちゃな気持ち。あふれて止まらなかった。ベリクは最初こそただ黙って聞いていたが、ある日ふと、短く返事をした。
「そ」
それはたった一音で、無関心とも、皮肉とも取れるような短い返事だった。けれど、それだけでよかった。そのたった一言で、ラズの胸に詰まっていた何かがふっと軽くなった。
それからのやりとりは、独り言に返事を重ねる、妙なテンポの会話だった。
「おれ、こう見えて運動は得意なんだよ。足も早い方だったし」
「ふーん」
「ティピにはいつも女の子みたいって言われてたけど、おれの方がちょっとだけ背が高いんだ」
「そ」
洞窟での会話は、少しずつラズの中に染み込んでいった。嘘が言えない相手。装わなくていい相手。静けさの中にも常に緊張はあった。それでも、今ではべリクとの会話が何よりも安らいだ。
とは言え、べリクは相変わらず生きることに興味を持たない。食べ物があれば食べる。なければ食べない。飢えても探さず、耐えるだけ。光を求めるでもなく、穴の中でじっと佇むだけ。まるで、生きる意味そのものが、どこにも存在していないかのように。
――だから、きっとラズが死にかけてもべリクは何も感じないし、助ける必要もない。そう、思っていたのに。
「何してるの? 反撃しなよ」
声がした。同時に、どさりと音が重なる。振り返れば、そこにいたのはベリクだった。片手に石を持ち、その影の下にエデラが崩れ落ちていた。
「……お前、なんで」
思わずこぼれた声に、ベリクはほんの少しだけ眉をひそめた。
「なにって……君、殴られてたでしょ」
そう言って石を放り投げ、手を差し伸べてくる。戸惑いはあった。が、ラズは確かにその手を取ろうとし、そして後ろに引き倒された。
「大人しくしろ。でないと本体を殺す」
エデラだ。彼はラズの首に分厚い手を巻き付け、ぎゅっと締め上げた。苦しくて、目の前がぐらぐらして、声が出ない。やめて、助けて。そう訴えたくて見上げたエデラは、ぎらついた目を乱れた前髪の隙間から覗かせていた。
「あんた、人殺し?」
ラズと同じ声が無感動に問う。
「それはお前次第だな。どうする?」
穏やかなはずの声が物騒に返す。
その先のやり取りをラズは知らない。ただ、気づいたとき。鉄と蔦で閉ざされた洞窟の中、べリクがあくびをしていた。
後天性分裂双子【スキャニーズ】 てぃぐま @hig-m
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