ストリート・ミュージシャン 必勝法

がらくた作家

ストリート・ミュージシャン 必勝法

 私が住んでいる街には、夜になると数メートルおきにストリート・ミュージシャンの並ぶ通りがある。何年かに一度、この通りからメジャー・シーンに打って出る人がいることから、一部でストリート・ミュージシャンの聖地と呼ばれている。


 自分の歌がたくさんの人の心に届く未来を夢見て毎日たくさんの新入りが現れ、純粋な心につけ込み持っているものをみな搾り取ろうとする涸れきった大人が出入りする。警察は、夢見るミュージシャンの卵に少しでも歌わせてやろうと変な気づかいを発揮し、巡回の頻度を抑えているらしい。結果、治安がいいとはいえない地域になっている。


 毎日二十名ほどのミュージシャンがそれぞれの音楽を奏でる。この通りを歩いたことのある人ならわかると思うが、複数の曲が同時に聴こえてしまうので、心地よい音楽があってもみな不愉快な雑音の一部になってしまう。そんな中でも音の輪郭をぼやけさせず響かすことに成功した者が、次のステージに進むチャンスを手に入れる。人が集まることで、過酷ながらも確かな才能を浮き彫りにする競争システムが確立されているのだ。


 チャンスは平等、あとは己の実力を磨き運命を信じるのみ。そう思って歌っていた時期が私にもあった。だが、ストリートに流れるある噂を耳にしたとき、私は甘い幻想を捨て去った。この通りでひときわ目立つための「必勝法」があるという噂。その方法は、ストリート・ミュージシャン・センニンなる人が知るという。


 噂を耳にしてすぐに、信じきって飛びついたわけではなかった。そもそもストリート・ミュージシャン・センニンなる人がどこの何者かはわからず、実在する人物かどうかも定かではなかった。誰もストリートでそんな人を見たことはなかった。毎日夢に破れてこの地を去る者たちの思いの残骸がつくった幻想がストリート・ミュージシャン・センニンなのではないか、それが我々のストリートに共通の見解だった。


 ところがある日、私はストリート・ミュージシャン・センニンに会ってしまった。センニンは、ストリートから何駅も離れたところにあるショッピング・モールのカフェで空になったアイスコーヒーのカップをストローで吸っていた。髭が長いわけではなかったし、老人というわけでもない、ましてやストリートと全然違う場所でくつろぐ上下緑ジャージ、坊主頭に無精髭の男。どこにも彼がストリート・ミュージシャンの仙人であることを示す要素はなかったが、私は彼こそがストリート・ミュージシャン・センニンだとすぐにわかった。今思えば、啓示だったのかもしれない。


 センニンの方も私が見ていることに気がついて、ジッと見つめ返してきた。

「俺のことが、見えるのか?」

センニンは口を開かなかったが、少ししゃがれた低い声が私には聞こえた。私はおそるおそるセンニンに近づき、尋ねた。

「ストリート・ミュージシャン・センニンさんでしょうか?」

「口に出すな。心に思うだけで伝えてみせろ」

 センニンはまたも口を開かず私に声を届けた。不思議な体験に現実感を失ってしまっていた私は、彼に言われるまま、声には出さず心に質問を思い浮かべた。

(ストリート・ミュージシャン・センニンさんでしょうか?)

「いかにも、私がストリート・ミュージシャン・センニンだ。心で語ることができるということは、君には十分にストリート・ミュージシャンの素質があるようだ。あとはいくつかコツを身につければ、というところだな」

(やっぱり必勝法が?)

「じゃあ、アイスコーヒーでお腹が冷えてしまったから、温かいココアをお願いしようかな」

 センニンは口を開かないまま、微笑んだ。無料じゃ教えないということか。私はレジに並び、センニンのココアだけを買って戻った。


 センニンはもう席にはおらず、店の外から手招きしていた。センニンとモールの中を歩く。

(で、必勝法というのは?)

「取手がとれる鍋がほしいなあ」

 尋ねても、センニンからはほしいものの情報が伝えられるだけだった。時々、何も思い浮かべていないのにセンニンが勝手に応答することもあった。

「え、いいの? じゃあ、こっちの大きいクッションをひとつ。」


 モールを出る頃には、センニンと私は身体中に大量の袋をぶら下げていた。

「こんなにしてもらって悪いね。それじゃまた」

(ちょっと、必勝法教えて下さいよ!)

 センニンは振り返ることなくノロノロと駐車場を出口に向かって去っていく。

「必勝法! 教えて下さい!」

 声に出して叫んで、ようやくセンニンは立ち止まった。

「ああ、必勝法を教えてほしかったのか」


 センニン曰く、ストリートで成功するには三つの秘訣がある。その日の夜、彼はさっそく一つ目を教えてくれた。

「ストリートで、ミュージシャンがいつも決まってきれいに数メートルおきに並んでいるのは、偶然じゃない。なんでだと思う?」

「隣の人の音とできるだけ混じらないように、ですか?」

 心に浮かべてもセンニンから応答は帰ってこないので、このときにはすでに私は声に出して喋るようになっていた。

「それもある。が、それだけじゃない。いいか、奴らは、街灯があるところに収まっていくんだ。街灯が数メートルおきに並んでいるから、奴らも数メートルおきにきれいに並ぶことになるんだ」

 そう言われて見てみると、ミュージシャンたちは皆、自分の姿が照らされる街灯の下を選んで歌っていた。

「でも、だからなんだっていうんです?」

「いいか、ストリート・ミュージシャンとして成功する秘訣のひとつは場所取りだ。ストリートでは、花見以上に場所取りがものをいう」


 注目されるストリート・ミュージシャンになりたければ、まずは一番最初に来て、街灯と街灯の間の暗がりに場所を取れという。そうすることで、両隣の街灯の下は音が混ざる懸念から空席になりやすくなる。自分の音楽だけが届く範囲が広くなるというわけだ。


 翌日、私は早速それを実践してみた。両隣のミュージシャンはいつもより遠くにいて、歌う方も余計な音に惑わされずやりやすかった。暗くはあったが、次回から自分で照明を持参すれば済む。最近は安くて軽い照明も出ているという。


 センニンが通りかかり、私に声をかけた。もちろん口は開かずに。

「さっそくやってるのか」

「はい。これはいいアドバイスですよ」

「そうか、よかった。二つ目、知りたいか?」

「はい!」

「自分に手放しの自信のあるやつはここで脱落するが、お前はどうだろうな。まあいい。二つ目のコツは、ストリートに合った歌詞で歌うことだ。お前、一曲歌ってみろ」

 私は、センニンに促され、一番自身のある曲を演奏した。イントロから歌詞に入って数小節でセンニンは私の歌を遮った。

「だめだだめだ。ストリートっていうのはな、不特定多数の人が通り過ぎる場所なんだよ。人は移動するためだけにここを通る。その間はなんにも考えてないしなんにも見えてない。すれ違う人も、歩いてる自分も、みんな空気と同じなんだよ。そんななにもない空間に『君』なんて語りかけてどうする? もっと鋭く切り込んで、自分の存在を周りに気づかせるんだよ。『君』なんて歌うな、『俺』と叫べ。これが二つ目の秘訣だ」


 心を込めて書いた詞を捨てるのは惜しかったが、誰にも届かないのでは仕方がない。私は一晩かけて、誰かへの愛を歌った歌詞をすべて、己の魂の叫びに書き換えた。すると、立ち止まってくれる人の数は変わらなかったが、立ち止まる人の目には前よりも強い共感がこもっているように感じられた。ストリートにおいては「I’m not alone. 俺はひとりじゃない」という叫びこそが「You’re not alone. 君はひとりじゃない」という意味を持つのだ。


 ストリート・ミュージシャン・センニンの噂は本当だったのだ。私は確信し、三つ目の教えを心待ちにした。しかし、それから、センニンは私の前に姿を見せなかった。センニンを待ちながら気もそぞろに歌っているうちに数年が経ち、私は、いまひとつ伸び悩んでいた。状況の打開には三つ目の教えが必要だった。


 この数年の間に、私より後にストリート入りした若者が音楽だけで食えるようになっていた。ストリートでの生き方を教えてやり、かわいがっていた奴だったが、その頃にはすっかり連絡がとれなくなっていた。


 いつものように場所取りをしようとストリートに出向くと、いつも使っている街灯と街灯の間の暗がりに、男がひとり箱に座っていた。男は下からライトで自身を照らしていて、明らかにかつらとわかるロン毛の白髪がテカテカとちらついていた。男自身は口を開かず、腹話術で右腕に装着した人形が歌っていた。かすれた低い声に、聞き覚えがあった。

「センニン……ストリート・ミュージシャン・センニンですよね?」

 右手に人形、左手に杖の男は応答せず、代わりに、彼の右腕の人形が喋った。

「ストリート・ミュージシャン・センニン? そういえば、そんなやつがいるって噂が前にあったなあ。ねえおじさん」

 人形は男に喋りかけ、男は曖昧にうなづいた。

「たしか、ストリートで成功する三つの秘訣を教えてくれるってあれだろ。二つ目まで聞けても、誰も三つ目を教えてもらえないっていう……ええ、おじさんは三つ目を知っているの? でも大した秘訣じゃないって? 気になる、気になるよ! 教えてよおじさん!」

 人形は男にすがって懇願した。私もいつのまにかすっかり引き込まれ、人形と一緒に男に頼み込んだ。

「お願いします、三つ目の秘訣を教えてください! どうしても音楽でやっていきたいんです!」

「お願いだよおじさん! 教えてよ!」

 男は人形と私を交互にじっくり見つめてから、ついに口を開いた。少年のように高い声だった。

「ストリートで成功するための秘訣の三つ目はな……得体のしれない怪しいジジイの助言にいつまでもすがってないで自分の信じる歌を歌い続けることだ」


 男はそれから、聴いたことのないリズムとメロディの音楽を聞いたことのない言語で人形に歌わせ、ストリート史上かつてないほどの人だかりを作り上げた。私は次々やってくる人に押しのけられ、男の姿を見失った。やがて、さすがに事態を放置できなくなった警察がやってきて、どさくさに紛れて男は姿を消した。

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