アニソン親父の哀愁によろしく
ポチョムキン卿
おやじの(/ω\)アニソン
妻と子供たちが玄関の向こうに消えてから、俺の夜はスナックのドアを開けることから始まった。
最初にあの薄暗い店に足を踏み入れた時、「うわ、別宇宙!」って思ったね。客はほとんどが俺と同じ50〜60代のオヤジばかり。まさに昭和の残り香プンプンの世界。なのに、なぜかストンと心に入ってきたんだから不思議だ。
そこで歌われるのは、ほぼ昭和歌謡か演歌。たまに永ちゃんとか長渕とかサザンで「粋がってるぜ!」な奴もいるけど少数派。J-POPって意外にリズム取るのが難しいから、やっぱり五木ひろし、吉幾三、サブちゃん、若いのだと氷川きよしあたりが人気なんだろうね。
しかもね、みんな異様に歌がうまい!俺が初めてマイク握った時なんて、手も声もブルブル震えちゃって、自分がど音痴だと気づかされた。「なんでみんなそんなにうまいんだ?」って考えたら、そりゃそうだ。俺のスナックデビューは50代後半だけど、常連どもは遅くとも30代から通い詰めてんだから、そりゃカラオケキャリアが違うって話。
スナック歴30年とかざらで、その間、あっちのスナック、こっちのスナックで持ち歌を磨き上げてきた猛者ばっか。まるで歌がスポーツみたいに、練習に次ぐ練習で上手くなるってやつだ。中には「俺は練習してないけど歌える」なんてホザく奴もいるけど、んな音感の持ち主、めったにいねーよ。どこかで努力してるに決まってる。でも、そういう「俺様すごいだろ」マウント野郎には、「へー、すごいっすねー」と相槌打つのがスナックの暗黙の了解。
だから、常連はみんなそれなりに歌がうまい。「遊び人だねぇ」って声をかけるのが俺の流儀。そんな手練れの演歌には敵わないから、俺は誰も歌ってなさそうなニッチな演歌を探して歌ってた。
誰も歌わないアニソンで、俺は「主人公」になった
そんな店で、誰もアニソンなんて口にしない。そんな中、ふと耳に残ったアニソンがあったんだ。「アニソン、いいじゃねえか」。俺だって漫画もアニメも好きだしな。昭和生まれの多くは漫画と共に育ったもんだし、60、70になっても漫画読んでる奴なんてザラにいる。あの麻生太郎先生だって漫画好きで有名じゃん?
最初は暇つぶしだったスナック。正直、酒はそんなに好きじゃない。ビール1本、ハイボール2、3杯が限界。酒が目的じゃなくて、知らなかったスナックという「別世界への冒険」って感じだった。いつしかカラオケにもハマっちまったけどね。歌ってる間は自分が主人公になれるって、勘違いしてたんだろうけど。でもね、俺、音痴なんだよ。大人の世界だから誰も口に出して言わないから、自分は歌がうまいんだって思い込んでたけどさ。
いつものカウンターで、若いねーちゃんが「アニソン好きなんですよ〜」なんて言うもんだから、俺はすかさず倖田來未の「キューティーハニー」をぶち込んだ。オヤジが歌うには場違いな選曲に、彼女は目を丸くして「そうきたか!」と一言。あの時の「してやったり感」が、あの頃の俺にとって唯一の拠り所だったんだ。まるで、「俺にもまだ何かできるんじゃないか?」って錯覚させてくれる、俺が主人公だと思わせてくれる瞬間だった。
味を占めた俺は、次なる一手を探し始めた。「そうきたか」をもう一度言わせたい。YouTubeでアニソンを漁る日々。アップテンポで、歌詞を追いかけるのも一苦労な曲に惹かれた。そう、「ハレ晴レユカイ」だ。これだ、これしかない。子供たちがいた頃は、こんなことに時間使うなんて考えもしなかったのに。
いつものスナックで、JOY SOUNDのデンモクを握りしめ、「ハレ晴レユカイ」を探す。平野綾さんのバージョンを聴いてみた。DAMにも同じアーティストの曲がある。ガイドメロディがしっかりしてるから、これなら音痴の俺でもいけるかも、なんて甘い期待を抱いたんだ。あの頃は、夜のスナックとカラオケにだけに、大きな希望を抱いていたんだ。
カラオケ歌いたいだけならカラオケボックスあるじゃん?でも、あれは一人ぼっちの世界で、家にいるのと変わらない。家にいるならYouTubeでもカラオケ楽曲いくらでもあるしな。でもそれでは心が満たされない。だから、五月みどりの古い歌みたいに「一週間に十日来い」ってくらい酒場に通った。酒は強くないから金は使わないけど、頻繁に通ってたから、ちょっと顔が売れたりもした。通う一番の理由は、スナックなら俺の歌を誰かが聞いてくれるから嬉しいんだ。実際は、みんなおしゃべりしっぱなしで聞いてやしないんだけどね。それでも誰かがいるところで歌えるのが嬉しいんだ。
そんなある時、JOY SOUNDがあるスナックに行ったんだ。何を歌おうかと探してたら、「PVバージョン」ってのがあるじゃん。試しにキューティーハニーのPVにしたら、YouTubeで見たあの映像が流れてきて凄いと思った。「PVって何だよ?」って思って調べたら、プロモーションビデオの略で、しかも和製英語だって言うんだから、世の中知らないことだらけだよな。知ったところで、今の俺の人生に何の役にも立たないのに。
ただ、PVバージョンでキューティーハニーを歌ったら、歌詞は出るのに「歌詞を舐めてくれない」。つまり、伴奏に合わせて歌詞の色が変わってくれないんだ。これには参った。耳から音を拾うのが苦手な俺にとって、伴奏だけで歌うのは至難の業。途中で迷子になることもしばしばで、マイク持つ手が震えたっけ。まるで、俺の人生そのものみたいにさ。
「歌詞を舐める」ってのは、カラオケにとっては命綱だ。伴奏に合わせて文字の色が変わるから、次にどこを歌えばいいか一目瞭然。それがなきゃ、俺みたいな音痴は歌えない。でも、たまに古い曲だと、伴奏と歌詞がズレてることもあるんだな。その時、誰かが言った。「文字通りに歌うんじゃなくて、伴奏に合わせればいいんだよ」と。当たり前のことなのに、その時の俺には目から鱗だったね。俺はいつも、誰かの言葉に助けられてばかりだ。
カラオケの伴奏だけ聴くと、ガイドメロディははっきり聞こえるのに、マイク持つと途端に聞こえなくなる。不思議だろ?俺はいつも歌詞を目で追うことに必死で、肝心の伴奏を聞き逃してしまう。頭で歌おうとするから、体が硬くなって、ガイドメロディを拾えなくなる。まさに悪循環。まるで、俺の人生みたいに。
酒は弱いけどたまに飲みすぎた夜なんかは、妙に身体が軽くなることがあるんだ。そんな時は、頭で歌おうとせず、自然と身体がリズムに乗ってくれる。気がつけば、普段は出ないような声が出てたり、いつの間にか上手に歌えてたりするんだから、酒ってのは罪深いもんだ。酔いが覚めれば、またいつもの俺に戻るだけなのに。
結局のところ、俺はカラオケでかっこつけたいのかもしれない。上手に歌おうと意識しすぎて、肝心の歌に集中できてない。心理学者の知り合いがいるわけじゃないから、人の心理までは分かんないけど、歌がうまい奴を見ると、そいつは余計なことに気を取られず、歌の世界に入り込んでいるように見えるんだ。身体でリズムを取って、歌の世界を表現してるって感じ。
このスナックでアニソンを歌うのは、俺みたいな年季の入ったオヤジだけじゃない。たまに、年配の常連に連れられて、若い男女が顔を出すことがあるんだ。彼らは最初は居心地悪そうにしてるんだけど、俺が「ハレ晴レユカイ」を歌い始めると、妙な顔をして、それでも興味深そうにこっちを見るんだよ。最初は戸惑ったような表情だけど、サビに入ってアップテンポになると、中には小さく手拍子を始める奴もいる。若い女性客が、最初はクスクス笑いながらも、次第に口元に笑みを浮かべ、「この曲、なんで知っているんですか?」なんて言われることもある。その時の、「おやじがアニソン歌ってんのかよ」という滑稽さと、「意外とやるじゃん」という評価が入り混じった彼らの視線が、俺にはたまらなく心地よかった。
「ハレ晴レユカイ」は自慢にもならないが、「涼宮ハルヒの憂鬱」というアニメが好きで見ていて、エンディング曲として知っていたのだ。まさか俺が「ハレ晴レユカイ」のカラオケを歌うとは思ってもいなかったけど。
ある日なんか、隣に座ってた若いサラリーマン風の男が、俺が歌い終わるや否や「アニソン好きなんですか!僕もですよ!」なんて話しかけてきたんだ。普段、同年代のオヤジたちと世間話するのとは違う、新鮮な感覚だった。彼らはアニソンという共通の話題を見つけると、それまで固かった表情が緩んで、嬉々として自分の好きなアニソンを語り出す。時には、「この曲、僕も歌いたかったんですよ!」なんて言って、マイクを握る奴もいる。その姿は、まるで子供のように純粋で、俺の胸に少しばかりの温かさをくれたんだ。
スナックの常連のオヤジたちは、アニソンには全く興味がない。彼らにとっては耳慣れない騒がしい歌だろう。でも、若い客たちが楽しそうにしているのを見ると、「まぁ、賑やかなのも悪くないか」といった表情で、静かに酒を飲んでいる。アニソンを歌う俺の哀れさなんて、彼らの目には映らないだろう。ただ、自分を慰めるためのカラオケが、ほんの少しだけ、この孤独な夜に彩りを添えてくれる。
スナックで出会った歌。それが、今の俺のカラオケの全てだ。俺が歌う歌のほとんどは、誰が歌っていたか、どんな状況で出会ったか、はっきりと思い出せる曲ばかり。妻との関係が冷え切った今、スナックは俺にとって唯一の安らぎの場であり、カラオケ道場なんだ。
「頼もう!」と、心の中で呟き、今夜も俺は、誰もいない家に帰るのが嫌で、スナックのドアを開ける。
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アニソン親父の哀愁によろしく ポチョムキン卿 @shizukichi
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