第14話 感情バロメーター

 私はひたすら映像を見ながらデータをまとめている。

 この生活ももう二か月目に突入しようとしている。

 亘もすっかり仕事に慣れたようで、私が頼もうとしている仕事を先回りして行ってくれている。


 「喧嘩の件、気になりますか?」


 亘は私の思考まで先回りしようとしてきた。


 「確かに気になるね。でも想定の範囲内だよ。」

 

 私は平然と言い放った。

 亘の顔を見ると納得がいっていないようなので補足説明を加えた。


 「基本的に、人間はロボットを想定通りに動くことが当たり前だと思っているんだよ。だから、自分の想定していない状態に怒りを感じてしまう。」


 亘は顎に手を当てながら私の話を聞いている。


 「そうだな。最近では飲食店でセルフレジが増えてきてるでしょ。そして、それが上手く操作できなくて怒り狂う老人を見たことがない?」


 亘は少し笑った。


 「確かにいますね。結局、操作が適切ではないことが原因ですが。」


 話し方に老人を馬鹿にする意味合いが込められてしまった。話を修正しなければ。


 「笑っちゃだめだよ。自分が経験していないテクノロジーに触れているから当然の結果だよ。そして、愛自身が誰も経験したことのない未知のテクノロジーだ。」


 「なるほど、自分の思い通りにならないことに対する怒りということですね。」


 亘はなるほどと言いながらいまだに納得がいっていないようだ。


 「しかし、今回のケースは違うのではないでしょうか?先日、広瀬美穂は愛に対して人間としての友情を抱いていると解釈されていませんでした。今回の喧嘩は広瀬美穂が愛を人間と感じているため起こったのではないでしょうか。」


 確かに、広瀬美穂は愛に対して人間としての友情を抱いている。坂巻凪が喧嘩をしたのであれば私の考えで間違いないが、広瀬美穂の場合は違うかもしれない。


 「私の意見が間違っている可能性は認める。後は数値的な根拠だね。亘さん、私の間違いを立証してごらん。」


 私はおどけながら言った。亘は先程よりも大きな声で笑った。


 「分かりました。証拠を集めておきます。ただ、陣頭さんも私の意見を覆す数値的な根拠を集めてくださいね。」


 亘もずいぶん生意気なことを言うようになった。普通、上司的な立ち位置の私にこんなこと言えないだろう。

 でも、これは亘がこの研究グループに慣れてきた証だろう。

 そもそもあえて砕けた発言をしているのは私自身だ。

 まぁいい。この発言も今回は認めてやろう。


 「分かった。じゃあ、勝負だね!」


 私は亘に親指を立てて、笑みを浮かべた。


 「そうだ、話は変わりますが今いいですか?」


 亘はそう言うと私のPCに音声データを送ってきた。


 「この前の工藤凛の音声解析が終わりました。」


 確か、工藤凛と坂巻凪の会話の音声だったか。

 亘の仕事量は決して少なくない。その中で追加の仕事をきっちり行ってくれるなんて、やはり亘は優秀だ。


 「本当に!ありがとう!!」


 私はイヤホンを付け、音声データの再生ボタンを押した。

 音声はところどころノイズが入っているが、何とか聞き取ることはできそうだ。

 私は聞き逃さないように耳を澄ませた。


 「ロボットなんかと仲良くして、気持ち悪い。」


 工藤凛の言葉がはっきりと聞こえた。

 私はイヤホンをとり、亘を見た。

 

 「ロボットなんかって悲しいことを言うよね。」


 亘は軽く頷いた。


 「そもそも、愛と工藤凛は接点がないですよね。どこを気持ち悪いと思ったんでしょう?」


 亘の疑問も最もだ。知らない人間に気持ち悪いと言われるのは釈然としない。


 「愛の顔は気持ち悪くないよね。むしろ整った顔だと思うけど。」


 亘も深く頷いた。


 「そうですね。他の生徒の反応を見ても、不気味の谷は超えられていると思いますが。」


 せっかく離れた亘の顎が、また考え事を始めたためくっついてしまった。

 接点がないものに対しての嫌悪感は、知らないからこそ現れるのだろう。つまり、愛が原因とは考えづらい。


 「愛ではなく、ロボット全体に対する嫌悪感なのかな。」


 亘の顎から手が離れた。


 「確かにそうですね。工藤凛の過去とかも調べますか?」


 私は右手を前に突き出し、手のひらを上げて静止のポーズをとった。


 「残念だけどそれはできないね。私たちの研究は教室内の情報を得ることまでしか許されてないからね。これ以上はプライバシーの侵害になってしまう。」


 「なるほど。」


 亘は悔しげな表情を浮かべていた。

 亘を動かしているのは知的好奇心なのだろう。それが達成されない範囲があることが歯がゆいのだろう。


 「とりあえず、教室内でヒントがあったら逃さないようにしよう。」


 私は亘を励ますように言った。

 亘はすぐに気持ちを切り替えたようで、再び仕事に戻っていった。

 

 

 

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プテラノドンは鳥ではない @kurokiG

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