空飛ぶ円盤に弟と乗ったよ
堂円高宣
空飛ぶ円盤に弟と乗ったよ
僕の通っている高校には超常現象研究会という同好会がある。超能力や心霊現象、未確認動物、UFOなどといった怪しげな現象を研究しているらしい。僕がUFOと出会ったことがあるのを聞きつけて、会長の天野さんが話を聞きたいと言ってきた。大切な体験なので、あまり人には話したくなかった。でも、天野さんはちょっと魅力のある女子だったので、例会の開かれている地学準備室に行って、話をすることにしたんだ。こんな話だ。
臨海公園の丘に、夜になるとUFOが来るという噂を聞いて、小学生の弟を連れて夕食後に出かけた。自転車に乗って10分ほどで公園に着く。まだ午後7時前だが、晩秋の日は短く、あたりは薄暗い。空は雲におおわれていて星も見えない。
海岸に平行して細長く造成された丘には、尾根に沿って舗装した小道が作られている。道には等間隔に道路灯がともっていた。弟と手をつないで小道をたどる。少し寒くなってきたからか、ジョギングする人にも、犬の散歩に来る人にも出会わない。二人だけで丘の頂上にある見晴らし台をめざして歩いていった。丘の斜面にはススキがたくさん生えていて、銀色の穂が風になびいていた。
見晴らし台からは西に広がる海が見える。行き交う船舶の明かりと航路灯が明滅している。その向こうでは明るみの残る空を背景に対岸の工場とガントリークレーンがシルエットになっている。北の方にはにぎやかな商業施設や遊園地の色とりどりの光、南には海上に作られた空港の誘導灯も見ることができた。
弟と二人、丘の上に立っていると、胸の中に予感が高まってきた。空気の密度が上がって体のまわりに電気が溜まってきたように感じる。体中の体毛が逆立つようだ。弟も何かを感じているのだろう、繋いだ手を強く握りしめてくる。
突然、右手の空から、鈍く銀色に光る円盤が音もなく静かに、しかし素早い動きで僕たちの方に降りてきて、目の前の空中に止まった。
円盤はまん丸い皿を二枚あわせたような形で、バスほどの長さがあった。本当に来たんだ。興奮で胸の鼓動が早くなる。
「ちっとも待たせなかったろう」円盤は得意そうに、そう言った。
歌のとおりだ。僕は次に聞かされるだろう、乗せてもらうための条件も知っている。
「映画に出たことのない人は、乗せてあげられないんだ」円盤はすまなそうに、そう言った。
だけど歌とは違って、僕は弟と一緒に映画に出た事があったんだ。
「僕たちは二人とも映画に出たことがあるんだ。だから乗せてもらえるんだろう?」
「ああ、もちろんさ」
円盤はそう答えると、僕たちの真上にやってきた。まん丸い円盤の中央部から円錐形に広がりながら光線が降りて来る。光線は僕たち二人を包み込んだ。全身がやわらかい力場にくるまれるのを感じる。僕の足は地面を離れ、体は吸い寄せられるように円盤に近づいていった。そして次の瞬間、僕は円盤の中にいたんだ。
そこは、円形の壁に囲まれた、直径6メートルほどの真白な部屋だった。壁はエーテルか真珠層のような材質でできている。天井付近に4枚の羽が生えた車輪のような物体が浮いていた。車輪の中央には大きな目が一つ付いていて僕を見つめている。それは生き物のようにも機械のようにも見えた。物体が話しかけてきた。
「ボクはメルクリウス。プレアデス星団から来たんだよ。星の世界に行ってみるかい?」
星の世界、どんなところだろうか。
「スゴイよ。最高だ。僕を連れて行ってくれ、高く遠く放り投げてくれよ」
僕は踊り出したいくらいの歓喜を感じて、おおきな声でこたえた。
「そうかい、じゃあ行こう」
メルクリウスの言葉と共に部屋の壁と床が透明になった。上昇してゆく円盤。街の灯りが足元一面に広がったかと思うと、どんどん遠ざかっていく。やがて海岸線に沿った灯りの点描で日本地図の形が浮かび上がって来た。大きく湾曲した地平線と東アジアを縦断している夕方の明暗境界線が現れ、青く輝くインド洋も見えてきて、地球が球体になった。
円盤は速度を上げて太陽系を駆け抜けた。木星の複雑な縞模様やイオの火山の噴火を見た。土星の環のカッシーニの間隙を通り抜けた。冥王星のトンボー領域のハート形が、僕に太陽系からの別れの挨拶を伝えて来た。同心円のスターボウを追い越して、亜空間のワープゾーンに入ると、色とりどりの正五胞体の泡に取り囲まれた。そして巨大な青い三重連星を巡る軌道にたどりつく。
「この星はアルシオネ、ボクの故郷さ。ほら母船がきた」
それは長さが1キロメートルを超える巨大な葉巻型の宇宙船で、透明なクリスタルのような物質でできていた。円盤は母船のなかに入ってゆく。惑星、恒星、銀河の調和の取れた回転の幻影と、大勢の人が合唱しているような音楽が聞こえて来た。音楽はとても清冽で暖かく、僕は泣き出してしまった。
「ここは不死の世界、本当の世界、君たち地球の人間の魂もみんなこの場所にあって、地上に投影されているのさ」
そうだったのか!いつも、そんな気がしていた。地上にいるのは偽りの自分だ。そして、いまここで、僕は完全な本物の自分と再びいっしょになるんだ。母船の内部から白い閃光が放たれた。脳裏に、いままでの地上の暮らしが走馬灯のように走り抜けてゆき、かつての自分の悩みや苦しみが光の中に溶けていった。これが命の秘密、僕はやっとそれをつかんだ、そして、いま僕は死ぬのだ、とそう思った。なぜなら、今、僕は時間を超えた歓喜の海に、「永遠」のなかにいるのだから……
「なるほど、興味深い話だったな。UFOコンタクティーの体験談としては典型的なパターンだ」
語り終えた僕の顔を見ながら天野さんが落ち着いた声で言う。
「ところで質問だが、一緒に行った弟さんはどうなったんだ?」
弟?そうだ、弟はどうしたんだろう?事故で右足を切断して桜の木で作った義肢を着けていた弟、肩にインコを乗せて仏壇を買いにいったまま、行方不明になった弟、その弟はどうしたんだろう?
「弟さんの名前は、なんと言うのかな?」
名前?弟の名前?なんと言ったかな、忘れてしまった。どうして思い出せないのだろうか?ああ、そうだ、僕はひとりっ子だった。弟などいない。
「もうひとつ聞こう、君はその円盤から、いつ降りたのかな?どうやって、この世界に戻ってきたんだ?」
円盤に乗ったのは確かだ、それは良く覚えている。さきほど話した通りだ。でも、いつ降りたのかと問われると、僕はそれに答える事ができない。いつ降りたのか分からないんだ。
「ユングは「空飛ぶ円盤」を現代の「神話」であると唱えた。それは人々の集合的無意識にあって失われた全体性や完全性を表す「元型」なのだ。人は元型のなかに限りある「自我」を超えた真の「自己」を見つける。君が円盤に乗って見つけたものが、まさにそれだ。しかし、円盤は妄想の乗り物だ。それは君の心の中から飛んでくる。妄想の乗り物に乗ることができるのは誰か? そう、その妄想を抱いた本人しかいない。そして、君はそこから降りる事はなかった。それがどういう事だかわかるだろう」
今、正しく理解した。僕は、まだ円盤のなかにいるのだ。隣には弟が立っている。僕は幻の弟ともう一度手を繋いだ。下を見ると、あの丘がそこにあった。
いつか観た古い映画のように、円盤が飛び立った後には、ススキが揺れているだけだ。
(四人囃子の『空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ』の歌詞、ユングの『空飛ぶ円盤』の内容を参考にさせていただきました)
空飛ぶ円盤に弟と乗ったよ 堂円高宣 @124737taka
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