第15話 消された名前

 精霊神殿の奥で見つけた、ひとつの石板。


 まるで世界から忘れ去られたように、重く、冷たく、土に埋もれていた。

 セラフィーナが慎重にその表面を拭い、ほこりを落とした。


 


 そこに刻まれていたのは――“リアン”という名。


 


 リアン本人は、ただ立ち尽くしていた。


 「……俺の、名前?」


 


 それはあまりに矛盾していた。


 なぜなら、リアンは“存在しないはずの存在”である。

 記録にも、歴史にも、どこにも名前が残っていない。

 なのに――なぜ、ここに。


 


 ジュードが声を潜めて言った。


 「名前が刻まれているってことは……ここにいたってことじゃないのか?」


 


 ミラがうなずく。


 「……きっと、この神殿で何かがあったの。リアンのこと、世界が隠そうとした何かが」


 


 セラフィーナが顔を上げ、真っ直ぐリアンを見た。


 「リアン、思い出して。この場所に来たとき、何か……感じなかった?」


 


 リアンは静かに、石板に触れた。


 


 途端に――


 強烈な光が、脳裏に走った。



闇の中、少年がひとり、神殿の前に立っていた。

彼はまだ幼く、名も持たない存在だった。

その背中には、複数の人の“想い”が乗っていた。


「お願い、助けて……世界が、壊れる……」

「光が必要なの……もう一度、“あの子”を……」


そう願われて、生まれた少年。


神殿の中で、名前を授けられる。


「リアン。あなたが、みんなの希望」


しかし次の瞬間、重く冷たい声が響く。


「この存在は、不完全だ。記録に残すわけにはいかない」


石板が砕かれ、名が消される。

少年は、世界から“忘れられた”。

それでも――願いだけは、彼を残した。


 「――ッ!」


 


 リアンは膝をつき、荒い呼吸を繰り返した。


 


 ミラが駆け寄る。


 「リアン!」


 


 リアンは静かに言葉を紡いだ。


 「……思い出した。俺は……本当に、この神殿にいたんだ。

 “みんなの願い”で、生まれた存在。名前をもらって、ここにいた……」


 


 ジュードは呆然とした顔で言った。


 「でも……なんでそんな大事なことが、どこにも残ってないんだよ。

 存在してたんなら、記録にも、伝承にも……」


 


 セラフィーナが、硬い声で答える。


 「それは、“誰かに消された”から。

 リアンは、確かに生まれ、名を与えられ、ここにいた。

 でも、その痕跡を世界ごと上書きした者がいる。理由はまだわからない……けれど」


 


 ミラがゆっくり立ち上がった。


 「リアンは幻想なんかじゃない。私たちが作った希望そのもの……。

 それが本当なら、リアンがここにいること自体が“真実”なんだよ」


 


 リアンは石板を見つめながら、小さく呟いた。


 「俺が何者でもいい……でも、俺はこの名前を――リアンという名前を、今度こそ守りたい」



 その頃、遺跡から遠く離れた場所。

 黒い霧の中に立つ、レオニス。


 彼は、自身の胸元に手を当てていた。


 


 そこには、リアンと同じく、脈打つ光がある。


 


 「思い出したか、リアン。君の“名”が消されたその理由を、いずれ知るだろう。

 それがこの世界の、真実の始まりだ」


 


 レオニスは目を伏せ、独り言のように言う。


 「君と僕は、同じ心臓を持つ者。

 片方が目覚めれば、もう片方もまた、覚醒する……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幻心のレクイエム(Requiem of the Phantom Heart) 門 勇 @monyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ