第3話:新しい家、新しい出会い


第1章「孤独を救う村:ココロヴィレッジ」

第3話「新しい家、新しい出会い」



 ベッドの脇に置かれた黒いヘッドバンド型の端末が、淡く、やさしい光を放っている。

 ソラはその光を見つめながら、静かに手を伸ばした。


 端末を手にしたまま、しばらく天井を見上げる。

 そして、そっと目を閉じた。


 額へ端末を当てるその仕草は、どこか祈るようでもあった。

 一度、小さく息をつき、ソラは、ログインした。




 ――帰ってきた。


 目を開けると、そこには見慣れた光景があった。

 丸い木のテーブルと椅子。壁際のベッド。


(......いつもの場所だ)


 テーブルの上には、小さなガラス瓶。

 中には、一輪の花が静かに咲いていた。


 窓から差し込む朝の光が、その花びらをそっと照らしている。


 何もない部屋なのに――なぜだろう。

 それでも、あたたかいと感じた。


 ソラはゆっくりと身体を起こす。

 ふーっと息を吐き、花をぼんやりと見つめた。



 やがて、ソラはゆっくりと立ち上がる。

 扉の前に立ち、ノブに手をかけた。


 ――扉を開く。


 草木の香りが、ふわりと部屋の中へ流れ込む。


 ソラの家は、小さな森の中に、ひっそりと建っていた。

 木々のあいだから、村へと続く、細い小道が伸びる。


 草むらの奥で、野うさぎが一匹、ぴょんと跳ねる。

 その動きを目で追い――ふっと、口元がゆるんだ。


 ソラは、小道へと向かって歩き出した。


 足音と一緒に、草の「しゃりっ」という音が続き、

 枯葉が「さくっ」と鳴った。


 やさしい音たちが、朝の静けさに、そっと重なっていく。




 道沿いの畑では、何人かの村人たちが鍬をふるっていた。

 その周りで、子どもたちが種まきを手伝っていた。


「芽が出るかな?」


「出るよー。きっと大きく育つ!」


 きらきらとした声が、春の空に広がっていく。

 畑の奥では、牛や羊がのんびりと歩いていた。


「おはよう」


 通りかかった村人が、にこやかに声をかけてくる。

 ソラは、少し照れたように、軽く頭を下げた。



 しばらく歩くと、小川が見えてきた。

 村を横切るその流れに、小さな橋がかかっていた。


 ソラは橋の上で足を止める。


 澄みきった川は、小魚が泳ぎ、小石のひとつひとつまで透けて見えた。


 そして、ふたたび歩き出す。


 遠くから、にぎやかな声が聞こえてきた。




 ソラの目の前に、村の広場が広がっていた。


 広場の中ほどには、小さな時計台が建っている。

 足元に大きな掲示板があり、クエストや行事の案内が貼られていた。


 広場の一角では、マーケットが開かれていた。

 果物、野菜、焼きたてのパンにソーセージ。

 色とりどりの品が、ずらりと並んでいた。


 店主たちは、顔なじみの村人たちと言葉を交わす。

 子どもたちの追いかけっこの声が、にぎやかに響いていた。


(今日も、村はにぎやかだ)


 ソラは、少し離れた場所に立ち、その光景を静かに眺めていた。




 そのとき――

 背中に、小さな感触があった。


「......?」


 振り返ると、ふわりとしたピンクベージュの髪が目に入った。

 視線を下ろすと、リンリンの大きな瞳が、こちらを見上げていた。


「ソラちゃん、おはよう!」


 いつものように、元気な声。

 少しだけ驚いた顔で、ソラは「おはよう」と返した。


(......いつも、自然に話しかけてくれる)


「ねえねえ、ソラちゃんもグスタフのとこ行くんでしょ?」


「うん」


「じゃ、一緒に行こっか」


 そう言うと、リンリンはもう、隣を歩き始めていた。


 ふと、リンリンが笑う。


「そういえば、ソラちゃんがこの村に来たばかりの頃、すっごく緊張してたよね」


「......うん」


 ソラが頷いた。



 あの日のことが、ふと脳裏によみがえる。


 初めてこの村に来た日。

 何もかもがわからないことばかりで、不安で、少しだけ心細かった。


 最初に声をかけてくれたのは、グスタフだった。

 そのとき、リンリンは少し離れた場所で、じっとこちらを見ていた。


(たぶん、あのときのリンリンは――ちょっと警戒してたんだと思う)


 今では、こうして並んで歩くのが当たり前になっていた。




 遠くに、赤茶色のレンガ造りの家が見えてきた。


「この辺、空き地が多いね」


 リンリンがそう言って、道の脇に視線を向ける。

 草の茂った空き地が、ところどころに広がっていた。


 しばらく歩くと、グスタフの家が近づいてくる。


「着いた~」


 そう言いながら、リンリンは門をくぐった。

 小道を進むと、花とハーブの香りがふわりと漂ってくる。


 重厚な木の扉が、二人を迎えるようにそこにあった。

 扉には、小さな金属のドアノッカーがついている。


 リンリンが、ノッカーを元気よく叩く。


「いま開けるから、ちょっと待っててくれ」


 中から、慌てたような声が返ってきた。


 リンリンはイタズラっぽく笑うと、さらにドンドンとノックを重ねる。


「怒られるよ」


 ソラは、少し呆れたように言いながら、その様子を見つめていた。


 勢いよく扉が開く。


「やかましいぞ、お前ら!」


 笑いながら、グスタフが二人を迎え入れた。



 部屋に入ると、すっきりと整えられた空間が広がっていた。


 テーブルや棚はきちんと片づけられ、壁には束ねたハーブがいくつも吊るされている。

 緑、紫、淡い黄色――色とりどりのスワッグが、部屋の中をやさしく彩っていた。

 落ち着いたハーブの香りが、あたりに漂う。


「座ってくれ」


 グスタフにうながされて、ソラとリンリンは椅子に腰を下ろした。


 テーブルには、焼きたてのクッキーが並んでいる。

 グスタフが手際よくお茶を淹れ、二人の前にそっと置いた。


 湯気の立つハーブティーの香りが、ふんわりと気持ちをほぐしていく。


「今日もいい匂いだね」


 リンリンがお茶をひと口すすりながら、うれしそうに目を細める。


「今日は、ちょっと違うハーブをブレンドしてみたんだ」


 グスタフが、どこか得意げに笑った。


 三人のあいだに、やわらかな会話が流れていく。

 夏祭りのこと。クエストのこと。村のちょっとした噂話。

 

 ソラはカップを両手で包み、静かにうなずきながら耳を傾けていた。

 お茶とクッキーの香り、ふたりの声がまざりあって、心地よい空気が満ちていく。


 ふと、ソラの表情がわずかにゆるんだ。



 そのとき――リンリンが、ぽつりと言った。


「ソラの家って、本当に何もないよね?」


「......そうかな?」


「うん、お部屋は広いのに、家具とか、ほんとに必要最低限って感じ」


 グスタフが首をかしげる。


「そう言うリンリンの部屋は、どうなんだ?」


「えっ、うちは......」


 リンリンが言いよどみ、目をそらした。


「おやおや? これは何か隠してるな?」


 グスタフがニヤリと笑う。


「ち、ちがうもん! ただ、その......」


「ちょっと気になるかも」


 ソラがつぶやいた。


「ええっ!? ソラちゃんまで!?」


 リンリンがあわてて立ち上がり、扉の前で両手を広げる。


「よし、決まりだな。今日はリンリンの部屋を見学だ!」


 グスタフがおどけて立ち上がる。


 ソラも、それにつられて腰を上げた。


「だめだよ~、ほんとにもう~!」


「いいから行くぞ、ほら!」


 グスタフとリンリンが騒ぎながら扉を開けると、ソラもあとに続いた。




 広場に向かって歩きながら、リンリンが口をとがらせた。


「ほんとに来ちゃうの? ぶーっ」


 三人は、グスタフの家まで来た道を引き返していく。


 すると、リンリンがふいに声をあげた。


「あれっ? さっきまで空き地だったのに、おうちが建ってる!」


「しかも、二軒もある!」


 その言葉に、ソラも思わず足を止めた。



 そこには――二軒の家が、向かい合うように建っていた。


 どこか見覚えのある、質素な木の家。

 窓や扉には装飾がなく、壁も木の素朴な色合いのままだった。


(新しいイベント......?)


 グスタフがじっと家を見つめて、ぽつりと言った。


「初期の家だな。これは、新しい村人が来たってことか?」


 リンリンも目を丸くし、二軒の家をきょろきょろと見比べる。



 そのとき――

 二つの扉が、ほぼ同時に開いた。


 最初に姿を見せたのは、どこか落ち着いた雰囲気の女性だった。

 淡い栗色の長い髪が、肩のあたりでゆるやかに揺れている。

 藤色の瞳が、やわらかなまなざしで、こちらを見つめていた。


 続いてもうひとり、少女がそっと顔をのぞかせた。

 ダークアッシュの髪は肩にかかるくらいだった。

 少し伏せた瞳は、若葉を思わせるような、やわらかな緑色だった。


 二人は、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる


 グスタフとリンリンが、小さく息をのんだ。


 女性はやわらかく微笑み、静かに会釈する。

 少女も、それに続いて、控えめに頭を下げた。


 静寂が、五人を包み込む。



 ――その中で。


 ソラは、ふと感じた。


 今日、この村で、何かが始まる。

 そんな気がした。

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ココロヴィレッジ うみのなか @uminonaka_novel

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