第9話【悪い子は滅!】3


 ルゥネが消えた。

 その事実を受け入れるには、あまりにも唐突すぎた。


「こっちの道にはいなかった!」


「市場の裏も見たけど、見当たりませんでした……!」


 村の中を走り回る二人。

 ハルトの額には珍しく汗が滲み、ミーレイはミーレイで表情を強張らせていた。


 村の隅々まで探しても、手がかり一つ見つからない。


 ルゥネが興味を持ちそうな露店をすべて見て回った。

 村人や村に訪れていた商人にも聞いて回った。


 しかし、どこを探しても、誰に聞いても、ルゥネの居場所は分からなくて……。


「あと探してないのは……森か」


「森……」


 ミーレイの顔が青ざめる。


 リューゼット村は王都から離れた場所にあり、人の手が入っていない森に囲まれている。

 人の手が入っていない。

 つまり、強い魔物が蔓延っているのだ。


 だが、それだけではなかった。

 人目につかない場所――それは、悪意ある者にとっても都合のいい場所だった。


「まさか……誰かに、連れていかれたのかもしれないですね……」


 ミーレイが唇を噛む。


 ――拉致。


 その二文字が、ハルトの脳裏に浮かんだ。


「……ミーレイ」


「行きましょう」


 二人はほとんど迷いなく森の入口へと足を踏み入れた。



☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 森に入ってすぐ、二人は魔物の気配に囲まれた。

 狼のような魔物が数体、牙を剥いて襲いかかってくる。


「邪魔だ、どけッ!」


 ハルトは素早い動きで、魔物を翻弄すると、隙をついて剣を振る。

 鋼のような体毛を持つ魔物も、勇者の剣の前には無力だった。


 それに加え、この場には聖女、ミーレイもいる。

 ミーレイは魔法で魔物を足止めしながら、同時にハルトに複数のバフを施す。

 まさにサポートのスペシャリストである。


 魔王すら討伐した二人の連携。

 そこに困難という文字はなかった。


 息一つ乱さず、森を進むハルトとミーレイ。

 しかし、その表情に余裕なんてなくて――


 視線をキョロキョロと頻繫に動かしながら、魔物を倒し、森の奥へと進んでいく二人。


 そんなときだった。

 森の空気が変わる。


「……ミーレイ」


「……分かってます」


 禍々しい魔力。

 その魔力を二人は知っていた。


 二人はその魔力をめがけて森を進む。


 すると、開けた場所に出た。

 辺り一面に魔力の残滓が充満していた。

 

 そして、そんな魔力の中心。

 そこには――


「ルゥネ!」


 ハルトは足早にルゥネに駆け寄ると、その背中を抱きしめる。

 それに続いてミーレイも、ハルトごとルゥネを抱きしめた。


 その肩は震えていた。

 ドレスの裾は汚れ、髪も乱れている。

 だが、何よりも二人の心を締め付けたのは、その目だった。


 泣き出しそうな瞳。

 今にも崩れてしまいそうな、孤独に染まった表情。


「ハルト……ミーレイ……」


 か細い声で名前を呼んだ瞬間、彼女の頬に涙が伝った。


「……よかった……ほんとに……」


 ハルトはそう言いながら、ルゥネをギュっと強く抱きしめる。

 存在を確かめるように……強く、強く抱きしめた。


「離れ離れになると……思った……。ずっと、ひとりになると思った……!」


 その細い体が、ハルトの腕の中で震える。

 

「ごめん……ごめんな、ルゥネ。遅くなって……」


「ハルト、いる。ミーレイも……いる」


「はい……いますよ」


 ミーレイもルゥネと同じように涙声になりながらそう言う。

 小さな手が、二人をギュっと掴む。

 その手は震えながらも、絶対に離さないというふうに力が入っていた。


「ハルト……ミーレイ……ずっといっしょ……」


 グリグリとハルトの胸に顔を押し付けながら、そう言うルゥネ。

 二人は頷く。


「……うん、そうだよ」


「……そうですよ。一緒です」


 森の中に、高さの違う影が三つ。

 その周囲は優しい涙と、ぬくもりが満ちていた。



 ――――しかし、そんな空間に異物が一つ。


 目を覚ましたバンダナの男。 

 ギラついた眼が、抱き合っている三人に向けられていた。


 男は静かに、腰に差していた短剣に手を伸ばす。

 そして、機を逃すまいと一気に跳びかかると、


「おらぁっ!」


 ミーレイ目掛けて、短剣が振り下ろした。

 

「――ッ!」


 ハルトは反射的に剣に手を伸ばす。

 しかし、短剣は既にミーレイを捉えていて――


(間に合わないっ!)


 ハルトがそう直観的に理解した瞬間――


「――めっ!」


 声と同時に、ルゥネの右手が紫に輝く。

 スキル――【魔王の一撃】が発動。

 ルゥネは二人に抱きしめられた状態で、バンダナの男にパンチした!


「――ッがッ!?」


 鈍い音と共に、男の体は空中に浮き、木の幹にぶつかってそのまま崩れ落ちた。

 その光景に、ハルトとミーレイの目が点になる。


「ル、ルゥネ……?」


「……ルゥネちゃん?」


 二人の脳は目の前で起こった光景を理解できずにいた。

 直後、ルゥネは気まずそうに顔を伏せる。

 そして、自分の拳をじっと見つめると――


「ごめんなさい……ルゥネ、また……パンチしちゃった……」


 涙をこらえた顔で、申し訳なさそうに呟くルゥネ。

 その言葉に――ハルトとミーレイは顔を見合わせると、思わず吹き出すのだった。




 こうして盗賊という悪い子をめっしたルゥネ。


 ルゥネのパンチは魔王印。

 次にルゥネのパンチの矛先が向かうのは、どんな悪い子なのだろうか……。


「そろそろ帰ろうか」


「うん!」


「そうですね」


 勇者、聖女、そして魔王の娘――。

 三人は仲良く手を繋ぐと、”帰るべき場所”へと歩き出すのだった。

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「滅!」だよ! 西藤りょう @nishihuji-ryo-

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