第8話【悪い子は滅!】2
がたん、ごとん。
小さな馬車の中で、ルゥネは揺られるままに座っていた。
目の前には、見知らぬ大人の男が二人。
片方は腕に刺青を入れ、もう片方は頭にバンダナを巻いている。
両方とも、ハルトやミーレイとは全然違う匂いがして、ルゥネはそれを少し不思議そうに見つめていた。
「な、なんだこの子……まったく怯えてねえぞ?」
「ひょっとして、状況が分かってないんじゃねえのか……?」
二人の盗賊はひそひそと話していたが、ルゥネは気にする様子もない。
ドレスの裾を膝の上で丁寧にたたみ、ぽつりと呟いた。
「お兄さんたち……だぁれ?」
そう尋ねて、コテンと首を傾げるルゥネ。
その様子からも分かる通り、ルゥネは危機感なんて微塵も感じていなかった。
「お兄さんたちは――あれだ、商人だよ。お店の人だ」
適当なことを言って、誤魔化そうとするバンダナの男。
すると、ルゥネは納得するように頷いた。
「そっか! お祭りの人!」
「そうそう。お嬢ちゃんは祭りは楽しかったか?」
「うん! お菓子も食べたし、ミーレイに髪留めも貰ったし、ドレスも買って貰った!」
ルゥネはそう言ってにっこりと笑う。
その態度に盗賊の二人は奇妙な居心地の悪さを覚えた。
普通なら泣いて騒ぐ場面。
しかし目の前の少女はまったく怯えず、むしろ”一緒に遊んでくれている大人”とでも思っているような瞳をしていた。
「……なあ、ほんとにこいつ、売れるのか?」
「売れるに決まってるだろ。あのドレス見ろよ、きっと貴族のガキだ。金になる」
「でもよぉ……」
「情でも湧いたのか?」
「……ちげえよ。ただ、気味悪いってだけだ」
盗賊たちはルゥネに聞こえないような小さな声で、そんな会話を続けながら馬車の速度を上げる。
その間もルゥネは怖がるどころか、表情一つ変えることはなかった。
むしろ窓の外を見て、小型の魔物を見つけては、『あっ! 今、小さいのいた!』と指を差すほどだった。
ルゥネは自分がどういう状況なのか理解していなかった。
それは、彼女が自分の名前以外のことを覚えていないということもあったが、そもそもルゥネは、ハルトとミーレイ以外の人間のことをよく知らなかったのだ。
人間の中には悪い人もいる。
それをルゥネは知らなかった。
だからこそ、ルゥネはただ疑問に思ったことを盗賊に尋ねる。
「ハルトとミーレイは?」
盗賊の一人が鼻で笑った。
「ハルト? ミーレイ? ああ、お嬢ちゃんと一緒にいたやつらか。それなら、もう会えねえよ」
腕に刺青を入れた男はそう言うと、ルゥネをバカにするように笑う。
すると、その瞬間――ルゥネの瞳の奥が、静かに揺らいだ。
「もう……会えない……の?」
「ん? あー……ま、そうだな」
「……ハルトにもミーレイにも……もう会えないの?」
「そりゃそうだろ。お前は売られるんだからな。俺たちは”悪い人”で、お嬢ちゃんは売られる。もう”パパ”と”ママ”には会えねーんだよ」
――空気が変わった。
さっきまで無垢だった瞳が、色を失い、漆黒の闇に沈んだ。
「……やだ」
そう、小さく、呟くように言う。
「離れ離れ……やだ」
その瞬間、馬車の内部に魔力を含んだ風が巻き起こった。
ルゥネの髪が揺れ、ドレスの裾が舞い上がる。
「な、なんだ!? こいつ……!」
異変を感じ馬車を止めると、警戒態勢を取る盗賊。
しかし――遅かった。
なにもかもが――遅かった。
「離れ離れ……離れ離れ……」
ぶつぶつと、そう呟きながら立ち上がるルゥネ。
紫色に染まった魔力を全身に纏った瞬間――刺青の男が吹き飛んだ。
馬車の壁ごと、吹き飛ばされた。
それは魔法やスキルの類ではない。
ただ、純粋な魔力を放出しただけだったのだが……、
魔王の娘――ルゥネ。
盗賊と彼女とでは、生き物としての格が違った。
ルゥネは怯えて動けなくなっているバンダナの男の前に立つと、感情の消えた瞳で見下ろす。
「……悪い子」
静かに呟くルゥネ。
「や、やめろ……! た、助けてくれ……っ!」
バンダナの男が這うように逃げようとするが、足元から黒い影のような何かが伸び、彼の足を掴んだ。
引きずられるようにして彼は馬車の外へと放り出されると、呻き声もすぐにかき消えた。
「ハルト……ミーレイ……」
一人きりだと自覚したルゥネ。
今にも泣きだしそうな表情を浮かべると、何度も二人の名前を呟いた。
何度も、何度も、何度も……。
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