第7話【悪い子は滅!】1
リューゼット村はアルディネア王国の辺境にある村である。
そのため、商人が訪れる回数は月に一度あればいい方で、商人が来た日には文字通り、祭りのようになる。
そして今、ハルト、ミーレイ、ルゥネの三人は市場を訪れていた。
「人、いっぱい!」
村の中央。即席で作られた露店を見渡したルゥネは楽しそうにそう言うと、ハルトとミーレイの手をグイッと引っ張る。
「はしゃぎすぎて迷子になるなよ」
「うん! ならない!」
そう言いながらも、我慢できないのだろう。
ルゥネの歩く足には力が入っていて――
ハルトは今にも走り出しそうになっているルゥネを制止するように、そっと手をギュッと握った。
「ルゥネちゃんは、どんなものが欲しいですか?」
キョロキョロと露店の商品を見ながら、ルンルンで歩くルゥネにミーレイは、微笑ましそうな笑顔を浮かべて尋ねた。
すると――
「可愛いの! あとは……おいしいの!」
なんとも可愛らしい返答をするルゥネ。
魔王の娘だからといっても、彼女はまだ子供である。
「そっか。いいのが見つかるといいですね」
「うん!」
三人はゆっくりと露店を眺めながら歩く。
「――お菓子!」
「はいはい」
もちろん、途中でお菓子を買うのも忘れない。
ハルトはルゥネが興味を示したクッキーを三人分買って、それぞれに手渡す。
「――可愛い髪留め!」
「可愛いですね。ルゥネちゃんに似合うと思います」
ミーレイは、ルゥネが「可愛い」と言ったピンクの髪留めを買い、それをルゥネにプレゼントした。
なんだかんだ、ルゥネに甘い二人である。
そして、そんな二人に甘やかされたルゥネは、ご機嫌である。
「あと必要なものは……」
ハルトは事前に必要なものをメモしておいた紙を取り出す。
これを逃すと、王都の物が届くのは一か月後。
日本とは違い、この村での買い忘れはシャレにならないのだ。
「薬草と、包丁を研ぐ砥石と、あとは……ミーレイ、他になにか必要なものはあるか?」
ハルトが尋ねると――
「……あれが必要です」
ミーレイは、露店の一角――明らかに他とは異質な雰囲気を漂わせている店を指差す。
(ん? あれって……)
ハルトはその先に並ぶ商品を見て、目を見開いた。
そこにあったもの……それは、日本でもたまに見かけたものだった。
「あのドレス! すごく可愛くないですか!?」
テンションが天井を突き抜けるミーレイ。
彼女が指さすのは、黒を基調にしたワンピース。
光沢のある生地に繊細なレースとフリルが何重にもあしらわれ、袖にはリボンがあしらわれている。
胸元には白いレース、スカートの裾には丁寧に施された刺繍。
その全体的なデザインは――
まさに、ゴシック・ロリータと呼ばれるファッションそのものだった。
(ゴスロリ……この世界にもあるんだ……)
ハルトは異世界でゴスロリというジャンルが確立されていたことに驚く。
異世界といえど、”可愛い”は共通らしい。
「ルゥネちゃん! あのドレス、着てみません!?」
キラキラと目を輝かせ、興奮した様子でそれをルゥネに勧めるミーレイ。
しかし、ルゥネは――
「……ミーレイ、こわい」
怯えるようにそう言って、そっとミーレイの手を離す。
そしてハルトの後ろに隠れた。
「うっ……ごめんなさい、ルゥネちゃん。ちょっとテンション上がりすぎちゃいました」
ミーレイはそう反省するように言うと、しゃがみこんでルゥネの目線に合わせる。
「でも、あのドレス……すっごく可愛いと思いませんか? ルゥネちゃん、絶対に似合うと思います」
まだ諦めていないミーレイ。
なんというか……目つきが怖かった。
しかし、それに気付かないルゥネ。
「……似合う?」
「絶対に似合うと思います。ね? ハルトさんもそう思いますよね?」
有無は言わせない。
そんな声色でそう言うミーレイ。
反感を買うことを恐れたハルトは頷いた。
「そ、そうだな。似合うな」
二人の後押しを受けたルゥネ。
ちらりとドレスの方を見ると――
「……じゃあ、ちょっとだけ、着てみる」
「よかったです! それじゃあ、店主さんに試着できるか聞いてきますね!」
ミーレイは一気に表情を明るくして店主に駆け寄る。
そして、試着したい旨を伝えると、すぐに奥の設置されていた簡易的な試着スペースに案内された。
着替えを済ませて出てきたルゥネ――
「……どう?」
スカートの裾を指でつまみながら、小さな声で二人にそう尋ねた。
「……」
ハルトもミーレイも、しばし言葉を失った。
黒を基調にしたゴシック・ロリータワンピース。
繊細なレースが彼女の幼さに柔らかな陰影を与え、黒目とは似ても似つかない漆黒の瞳が、その装いを引き立てていた。
まるで絵本から飛び出してきた人形のようで、しかしそこには確かに、子供らしい無垢な魅力もあった。
「うん。似合ってるな」
ハルトは素直にルゥネを褒める。
対して、ミーレイは悶絶していた。
「じゃあ決まりですね! これ、買いましょう!」
「いいの!? ルゥネ、これ着れるの!?」
「はい! 買いましょう! これから季節も変わりますし。ね、ハルトさん?」
「そうだな。村でその格好は目立つかもしれないけど……似合ってるからな」
ミーレイは喜んで財布を取り出すと、ドレス代を支払った。
ルゥネはルゥネで、それを脱ぐのが惜しかったのか、着たままでいると言い出し、店主も了承。
三人は再び賑わう露店を歩きはじめた。
ルゥネはドレスの裾を揺らしながら、ひらひらと歩く姿を誇らしげである。
――だが、そんな幸せな時間は、唐突に終わりを告げることとなる。
ハルトが薬草を買うために、二人の元を離れたとき。
そして、ミーレイが知り合いに声をかけられ、ルゥネから一瞬目を離したとき。
「……あれ? ルゥネちゃん?」
ミーレイが振り返ったとき、そこにいたはずのルゥネの姿は、跡形もなく消えていたのだった。
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