食べちゃいたいほど可愛い
シィータソルト
女子高生と政府によって分断された世界の邂逅!
人間と獣人は交わってはいけない。それは禁忌に値する。獣人がそもそも人間と獣との間に生まれた忌み子なのだ。それが生まれるのを阻止すべく、政府は人間と獣人の世界を分断している。
この世界の獣人は、雄の獣人は狼みたいな顔であるが、雌の獣人は柴犬みたいな顔であるのが特徴である。だが、雌の獣人も雄の獣人みたく力は強く人間では到底敵いはしない。人間は獣人に畏怖の念を抱き、近づかないようにしている。獣人は獣人で人間が自分達を悪者扱いしてくるため嫌っている。中には仲良くしようよという派閥もあるのだが、人間の子供が子供の獣人に怪我をさせられた事件があってからは、互いを忌み嫌うようになった。
高校まで近いので徒歩で通っている。この高校生は早苗、十六歳の高校一年生。ある時、通っている最中の森の木の穴がいつもより広がっていることに気付く。
「あれ、ここの穴いつもより大きくなっているような気がする」
しゃがんでいけば入れそうだ。早苗は一五〇㎝と身長が低いため子供サイズのものに通ることができるのだ。
早苗は学校をそっちのけて好奇心をくすぐった穴にしゃがんで入っていく。そうしたらこことは、また違う世界が広がっていた。人間世界では朝で青空が広がっていたのに、こちらでは、夕方の茜空が広がっていたのだ。
しばらく、キョロキョロ辺りを見回していると、頭が柴犬のような顔の獣人が近づいてくる。
「人間さん、ここは獣人の世界です。入ってはいけないのです」
「わっ獣人⁉」
「はい、私は雌の獣人。とはいえ、雄の獣人に負けない力を持っています。何かしてくるならばこちらも相応の対応をさせていただきます」
そう言って、グルルと唸りながら尖った牙と爪を見せつける。
「違います違います。木の穴を通ったらここに繋がってしまって……」
そう言いながら後退りしてみると、穴がなくなっていた。
「あれ⁉ 穴がない……どうしよう……帰れない……‼」
早苗の様子を見て、爪と牙を引っ込ませる雌の獣人。
「そうですか。今夜は満月。人間世界と獣人世界の境目があやふやになる時……困りましたね。ここにいては食われてしまいます。とりあえず、私の家に来るといいのです」
「はぁ、ではお邪魔します」
「とりあえずこれを頭から羽織ってください」
早苗は獣人からコートを渡され、フードを被り、頭を隠す。
「では、私の後をついてきてください」
「はい!」
とりあえず危害を加えられることはなさそうだが、大人しく従うことにした。
しばらく歩いていると、雄の獣人が現れた。
「レオリティ。お前、人間の臭いがするぞ。まさか人間を連れているんじゃないだろうな? その後ろの奴……怪しい」
「まさか。だけど、人間界との境界線を歩いていたみたいで、そこから人間の臭いが漂ってきたのかもしれませんね。そして、後ろの人は新人の子です。私が色々、警備について教えているのです」
「そうか。今夜は満月。発情に気をつけろよ」
「わかってますよ。あなたこそ、雌をこぞって食おうだなんて考えてはダメですよ。女の子には優しく……ですよ」
「俺はモテたことがないから、家で大人しくしているよ。じゃあな」
「はい、ではまた」
ふぅ、何とか難を逃れたようだ。もし、人間だとバレたら食べられていたのかな。
それにしても、満月は発情期なのか。危ない時に来てしまった。これでは二重の意味で食べられてしまう。見つけてくれたのが、雌の獣人で良かった。これなら、性的な意味で食べられることはないよねと思う早苗。
「もう少しで家なのです」
「はい」
大分歩いた。お腹空いた。朝ごはんは遅刻しそうだったから食べていない。それにしても、この獣人、本当は早苗を食べる気なのではないだろうか。優しくしてくれる振りをして本当はガブっと早苗を食べるための食糧として連れて帰る気なのではないだろうか……不安になってくる早苗。
「ここが私の家です。どうぞ上がってください」
「はい、お邪魔します」
家の概観は、人間の家と変わらない一軒家である。木造の二階建てだ。
「先にお風呂に入ってもらいます。人間の臭いを辿って誰か来ては不味いですからね」
「わかりました」
洗面所に案内された。戸棚にはタオルが敷き詰められている。
「入浴剤と花を散らしますかね。そうすれば匂いがついて人間の臭いが落ちることでしょう」
花はハイビスカスを散らし、入浴剤はミルクのような匂いがした。
「わぁ、良い匂い。ありがとうございます」
「では、ごゆっくり。この洗濯機で今着ている服を入れておいてください。後で洗っておきますので」
レオリティは洗面所を後にした。早苗は制服を脱ぐ。洗濯機で洗えるタイプの制服なので、洗濯機に入れさせてもらった。木の穴を通った時に汚れてしまったようだ。
大理石で作られた床に浴槽で豪華な風呂場である。まずは、頭を洗うことにした。これがシャンプーだろうか。書いてあった。文字が人間と同じ文字を使ってあった為、読むことができた。念入りに頭をごしごしと泡立てた。そして、シャワーで流した。トリートメントもして洗い流し、顔も洗顔料で洗い、体もタオルにボディーソープをたっぷりつけて泡立てて念入りに洗った。そして、浴槽に入浴した。入浴剤と花の匂いが良い匂いで落ち着く。これで人間の臭いを落とす為とはいえ、普段から獣人が匂いに気を使っていることを考えると、匂いに敏感なんだなと思った。あと、異性の気にする点とかなのかな? 普段、長風呂なんてしないけど、念のため長く入って、この入浴剤と花の匂いをつけることにしよう。
「お風呂ありがとうございました~」
「あら、上がったのですね。気持ちよかったですか?」
「はい、とても。匂いはどうですか?」
「くんくん、ええ、落ちていますね。これならここに貴女がいることがわからないでしょう」
パジャマは獣人のを借りることにした。身長が同じくらいだから、サイズが合うのだ。
「私、何故、獣人さんの世界に来てしまったのでしょう?」
「満月に人間界と獣人界の境界があやふやになるのは、発情期に合わせて人間を呼び出し、獣人が途切れないように交尾をする為。または食料確保の為。交尾は獣人同士でも良いのですが、人間との子の方が健康な子が生まれやすいのです。人間は、良いですね。十六歳頃を過ぎたら常に発情期みたいなものでしょう? 子供がいつでも作ることができるから。何て言ったら獣人もそうなのですが、発情期の方が妊娠しやすいのですよね」
「なるほど……」
「でも、大丈夫です。獣人の数も十分いますし、貴女は無事、人間界に返します。怖がることはありません。私もあなたを食べようだなんて考えていませんし。むしろ、人間のお友達って欲しかったのですよね」
「そうなんですか。意外かも……」
「そういえば申し遅れました。私はレオリティと申します。レオとお呼びください。あなたは?」
「早苗と申します。レオさん、宜しくお願い致します」
獣人さんの中にも親人間派がいたんだなぁ。獣人の友人が出来てしまった。
「早苗さんですか。良いお名前ですね。可愛いです。見た目もお名前も」
「そういうレオさんも犬みたいで可愛いです」
「そうです、私は、柴犬と人間の間で生まれましたからね~」
「そうだったのですか!? 通りで犬そっくりだなと」
「それでも獣人だから、力は強いのですけどね」
「犬以上にですか?」
「そうですよ~。獣人ですからね」
「そうなんだ……」
「まともに戦ったことはないですけど、とにかく雄に負けないくらい力強いですよ~。あ、そうそう、お腹空きませんか? そろそろ夕飯の時間ですし。召し上がってください。食べ物は人間と同じものですよ~」
「あ、では、いただきます。人間界と獣人界って、昼夜逆転しているんですね」
「そうですね~、どういう次元なのかわからないけど、昼夜逆転しています。私も住んで長いですが、この世界のことはよくわからないです。とにかく、ご飯にしましょう」
そして、レオリティが用意してくれた夕ご飯にありついた。
レオリティのクリームシチューは美味しかった。それに、パンも手作りらしい。サラダも家庭菜園のもので作ったらしいから、新鮮だった。朝ごはんを食べていなかった早苗はたくさんいただいた。
「人間の女の子もよく食べるのですね」
とレオリティに言われてしまった。まぁ、普段も早苗は大食いであるのだけど。
「ふぅ、お腹いっぱい……眠くなってきましたが片付けないと。早苗さんはゆっくり休んでいてください。明日から境界線を探しに行きますよ」
「何か手伝えることはありませんか?」
「お客様なのですから、ゆっくりされているのがお手伝いです。決して迷惑ということではありませんよ。お気持ちだけ受け取っておきますから」
「わかりました。お言葉に甘えてゆっくりさせていただきますね」
早苗はソファの上で寝転んでゴロゴロすることにした。
スマホを弄ろうかと思ったけど、電波が届いていないから何もできない。ネットも見られない、ゲームもできない……と思ったが、オフラインに対応しているゲームがあったので、そのゲームをプレイしていた。
洗濯物を干しているレオリティ。その匂いを嗅いでいる。
「くんくん、人間の臭いは落ちていますね。あぁ、私は良い匂いだと思うのですが、仲間が忌み嫌うせいで嗅ぎ続けることができないのが残念ですね」
「そういえば、レオさんは、人間と仲良くなりたいのですよね? 何故ですか?」
「片親は人間なのですよ? 私達は忌み子ですが、人間との間に生まれた子供。人間に愛着が湧くのは当然だと思うのですよ」
確かにその通りだ。人間側が勝手に産んでおいて勝手に忌み嫌う存在にしている。獣の特徴を持つ以外は人間と変わらない。生活様式は人間そのものだ。
「そうですよね。人間と獣人、獣の特徴があるかどうかなのに……」
「あぁ、仲良くできる世界なら良いのに……くんくん」
「あの、まだ私の服の匂い嗅いでるのですか?」
「早苗さんの匂い、良い匂いなのですもの……洗濯で落としたくなかったくらい」
「そうなんですか⁉」
「今宵が満月かどうか関係なく、その……好き……です。早苗さん」
「はへ⁉」
唐突に告白された⁉
「あぁ、こんなに恋焦がれているのに、相手が人間だなんて」
「いやいや、それ以前に私達女同士ですよね⁉」
「私は可愛い娘が好みなのです。満月だから発情してるからとか関係なく。あぁ、でも今は、発情しているから余計に気持ちが抑えきれない」
レオリティは言うや否や早苗をソファの上で押し倒された。
「はっはっはっ、くぅーん、くぅーん」
ペロペロと顔を舐めてきた。まるでじゃれついているみたいだ。
「レオさん、くすぐったい」
「わふっわふっわふっ」
胸元に顔を埋まってくる。完全に犬だ。ちょっとやってみたくなってきたことがある。
「レオさん、お手」
「わんっ‼」
お手をしてきた。躾されているわけではないと思うが、お手の芸ができるようだ。
それにしても、食べられちゃいそうな勢いだ。
「くぅーん、くぅーん、くぅーん」
うるうるとした目でまだ何かを訴えてくるレオリティ。一体何を早苗に求めているのだろう?
「ペロペロ、ペロペロ、ペロペロ」
顔を凄い勢いで舐めてくる。先程とは打って変わって舐める勢いが強い。まるで本当に食べられてしまいそうな勢いだ。
「あの、レオさん、食べないでくださいね?」
「食べませんよ……ただ、早苗さんを愛したいのです」
どうやら、求愛行動をされているらしい。好きですとも告白されたし。情熱的なんだな、獣人の求愛行動って。
「好きです……早苗さん、私の愛を受け取って」
「先程から思い切り受け取ってますよ……」
着たばかりのパジャマのボタンに手を付けられる。
「ちょっ、レオさん、そこは‼」
「肌に直接の方が早苗さんの匂いがより強く感じられて……」
レオリティのパジャマだからか手慣れた手つきで颯爽と脱がされる早苗。あっという間に裸だ。またも胸元に鼻を擦りつけるレオリティ。
「あぁ、良い匂い。愛する人の香り……」
胸元を嗅いでからは、首をペロペロと舐めてくる。その下にも舌が……
「ストップーー‼ レオさん、待て‼」
「きゃん‼」
レオリティは、お座りの状態で待てをし始めた。
「ほっ……犬で良かった。待ても躾られてるのかな? とにかく助かった……」
「くぅーん、くぅーん、くぅーん」
うるうるとした目でまた何かを訴えてくるレオリティ。
「ダメです、レオさん。私の体を舐めようとしないでください。恋人じゃないんだから……」
「犬には! 人間をペロペロできる権利が‼」
「レオさんは獣人でしょう⁉」
「私の中の犬の本能が早苗さんを舐めろと言っています‼」
「バターがなくてもどこでも舐めるのですね⁉」
「バターなんか必要ありませんよ、ほのかに汗の塩味が効いてますから……」
「レオさんの変態‼」
早苗は胸元を腕で隠しそっぽを向く。
「くぅーん、くぅーん、くぅーん……早苗さんに嫌われてしまいました……」
レオリティの耳や尻尾がしょぼんと下がる。完全に発情が治まったようだ。
「いや、嫌ってはいませんが、いきなりあんなことされたら驚いてしまって……」
「嫌ってはいない⁉……ほっ……良かった。早苗さんに嫌われてしまったら、人間さんと仲良くなるという私の夢が途絶えるところでした」
「私以外にも人間はいますよ?」
「人間さんとの出会いは難しいですし。何より私はこうして一期一会で出会った早苗さんと仲良くなりたいのです」
「では、こうした情熱的なのは控えていただいて、友達の距離でいましょう」
「あぁ、ごめんなさい。早苗さんがタイプだったものでついアタックしてしまいました」
早苗は急いで脱がされたパジャマを再度着て、レオリティと向かい合う。何故か正座で。
「いいですか、レオさん。順序ってものがですね。私達は出会ってまだ間もないです。いきなり体の関係ってなんですか」
「私的には、告白したから良いかなーって……なんて……」
「……」
「ごめんなさい。本当嫌わないでください」
「待て、でちゃんとやめたから許しましょう」
「はい、ありがとうございます。今日はもう休みましょう。私のベッドで寝てください」
二人は寝室に移動した。そろそろと早苗はベッドに寝転がる。
「ありがとうございます。ですが、レオさんはどこで寝るのですか?」
「床で寝ますよ」
「体が冷えてしまいますよ。一緒にベッドで寝ましょう」
「また、早苗さんを襲いかねないので。発情で昂っている体にはちょうど良く冷たい場所です。本当に先程はごめんなさい。では、お休みなさい。早苗さん」
「はい、お休みなさい」
すーすーと犬みたく丸くなり寝息を立てるレオリティを見て完全に寝付いたなと思い、早苗も寝ることにした。寝込みを襲ったりしてこないよね?とハラハラしながら。それにしても、体感時間では、先程起きたばかりなのに、周囲が夜だからか不思議と眠気があるというのは面白いなと思った早苗であった。
翌朝、目を覚ますと、レオリティは土下座していた。
「昨日は本当ごめんなさい。今日は境界線を探しに行きましょう」
「いえいえ。頭をあげてください。宜しくお願い致します」
レオリティが昨日からずっと謝り続けている。寝る前もこうして起きてからも何度もだ。嫌われたくないからとしつこいくらいだ。朝ごはん準備中もごめんなさい、ごめんなさいと言い続けていた。
今日の朝ごはんもパンにシチューにサラダである。食べている間は、さすがに……いや、口に食べ物を含みながら
「ごべんなさい、ごべんなさい」
と、謝ってきた。口に含んでいた食べ物のかすが早苗の顔にかかる。
「レオさん……食べ物が顔に飛んできてます……」
「⁉ もぐもぐ、ごくん。すみません、すみません。ごめんなさい、ごめんなさい」
レオリティが早苗の顔をティッシュで拭いていく。
「謝ってないで、早く私が出ていく為の境界線を探しましょう」
「そうですね、一刻も早く出たいですよね。ご家族が心配もしているでしょうし」
「朝ごはん、ごちそうさまでした。行きましょう」
「えぇ、本当ごめんなさい。行きましょう」
「あの……もう謝罪はいいですよ?」
「早苗さんには嫌われたくないので、何度でも頭擦りつけますぅ‼」
と言っている間に土下座して頭を擦りつけているレオリティ。
「レオさん、摩擦熱で頭が燃えてる燃えてる‼」
「何と⁉」
レオリティの頭は炎を吹き出し、急いで風呂場へ行き、浴槽に頭を突っ込んだ。
そして、早苗のところに戻ってきた。お湯を滴らせながら……
「消えてます?」
「はい」
ぶるぶるぶるぶるぶるぶるっ‼
レオリティは自身についた水滴を体を震わせて払った。
「レオさん、水滴こっちにかかってる‼」
「はわわ、すみません、つい本能的に……」
「あーあ、せっかくのレオさんの服が濡れちゃった……」
「あぁ、何かエロい……」
早苗の服はすっかり肌に張り付き、中が見えてしまいそうだ。
「レオさん、狙ってやりました?」
「いいえ、それは違います。風呂場で何故してこなかった私。床拭かなきゃ! 早苗さんに新たな着替え貸さなきゃ!」
「あーもう‼ 出かけるところだったのにこれで時間食う‼」
「本当、申し訳ございません」
「レオさん、土下座はもう良いですから……‼」
早苗とレオリティで床を拭き、早苗はレオリティの新たな服に着替えた。顔が見えないように、フードコートを着せられて。
「では、参りましょう。今日も満月だから見つかるかも?」
「今日も満月なんですね」
「そうですね、新月か半月か満月と三つのパターンしかないので間がないのです」
「わぁ、斬新。つまり、月の変わる速さが速いということですかね。地球と月の周期も違うのだなぁ」
「そうなりますね。ただ、今日は本能も研ぎ澄まされる日でもあります。気をつけて行きましょう」
「昨日のレオさんみたくなるということですね。気をつけないと」
「くぅーん、それは言わないでください~‼」
レオリティは、顔を真っ赤にして手で覆い隠した。
二人は、レオリティ家を出て歩いた。
「とりあえず、早苗さんを見つけた辺りを探してみましょうか」
「そうですね、同じ場所にまたできるかもしれませんし。早く家に帰らないとお父さん、お母さん、友達が心配しているかも……」
「ご両親を安心させる為に早く早苗さんを帰さないとですね。あぁ、でもそうしたら、早苗さんとお別れか……寂しいですね」
身長以上に長い草をかき分け、元来た道を探す。だが、何もない。
「何もないですね。レオさんのところは何かありましたか?」
「いえ、こちらも何もないです。ですが、早苗さんを見つけたのはこの辺でしたよね?」
「はい、確かここに穴があって……でも、もうない……境界線も移動するのですかね? こっちにも何もないや……レオさん、匂いとかでわかりませんかね?」
「えぇ、鼻を利かせてますが、異臭はしませんね。境界線があれば人間の匂いも漂ってくると思いますが……」
「ないですか……どうしよう……泣きたくなってきた……」
もう、元の世界に帰ることができないの? お父さんにもお母さんにも友達にも会えなくなるの⁉ と、その時、レオリティが後から早苗を抱きしめる。
「大丈夫です。私は早苗さんの味方です。違うところを探してみましょう」
「ひぐっ、はいぃ……ひぐっ」
頭をよしよしされて、宥められた。早苗は元気を取り戻し、またも草をかき分けていく。結局、何も手掛かりは見当たらない。空も闇色に染まってきた。月は相変わらず満月だ。
「早苗さん、今日も獣人の発情が昂る日です。私の家に戻りましょう」
「はい」
レオリティに手を引かれて、トボトボと途方に暮れながら歩いていく。レオリティの家に着くと、
「早苗さん、またすぐお風呂に入ってください。誰かに嗅ぎつかれては困るので」
「わかりました」
早苗は、脱衣所へ行き、レオリティの服を脱ぎ、洗濯機の中に入れる。
またも、花が散りばめられ、入浴剤の入った浴槽が用意される。今日も入念に体を洗い、浴槽にも浸かっていた。上がると、レオリティが服を用意してくれていたので、それを着る。
お風呂から上がると、レオリティが待っていた。その目は殺気を帯びている。
「早苗さん……」
「あ、レオさん、お風呂先にありがとうございました。次、どうぞ……」
「グルルルル……グォォォォォォ」
「え、レオさん⁉」
レオリティは咆哮を上げ、理性を失い、早苗に飛びかかり押し倒す。ふーっ、ふーっと荒い息が早苗に吹き付けられる。
「マーキングは嚙みついた跡でよろしいでしょうか……はぁはぁ……」
本格的に発情している⁉ 早苗は何とか、両手を掴み自分に触れることを阻止することで精一杯である。
「まるで、カップル繋ぎしているみたいだな」
「いやいや、手を組み合わせているだけですよ」
「今日はもう、理性が保てない。人間、私に食べられろ‼」
普段の敬語がなくなり、人格が変わっているようである。しかし、早苗にはこの状況を打破する奥義がある。
「レオさん、待て‼」
「グルルルル……効くかよ。そんな言葉」
なんということか、奥義は効かなかった。
「そんな……レオさん、私を食べる気ですか⁉」
「あぁ、骨の髄まで味わってやるよ……‼」
待て、が効かず、レオリティは早苗の服を切り裂き、両腕を右腕で拘束し、舌を伸ばし右鎖骨を舐める。
「ひぅっ‼」
「くくくくく……旨い肉だ。じっくり味わおう。この甘味と塩味が堪らないな」
ニヤリと笑ったレオリティは歯を剥き出し、次は牙で軽く早苗の右肩を噛む。
「ひぁっ‼」
「歯形がついた……これで、私のものだ……ハハハハハ‼」
「レオさん……」
発情ですっかり我を忘れてしまっているレオリティになす術もない。どうすれば正気に戻ってくれるか。それとも、このまま、レオリティに食べられてしまうのか。お父さんお母さん友達に別れの挨拶もできずに……せめて、遺言書を作っておけば良かったと思う。いや、そもそも、穴に興味を示さずいつも通り、学校へ行っていれば良かった……
早苗の両目から大量の涙が溢れた。その顔を見て、レオリティは血の気が引いた。
好きな人を泣かせたという罪悪感で、発情がなくなる。
「さ、早苗さん……怖がらないで。私のこと嫌いにならないで……」
同じように涙が溢れ、早苗に零れる。どっしり乗っかっていた体を四つん這いにして、早苗の体を自由にする。
「レオさん……元に戻ったの……?」
「あぁ……早苗さん。私の歯形を綺麗な体につけてしまって……本当にごめんなさい……」
「私のこと、食べない?」
「はい、発情は収まりました。もう大事な早苗さんのことは傷つけません」
「私、食べられて死ぬのかと思ったよ……うわーん‼」
押し殺していた怯えが解き放たれ、安堵の涙が溢れる。レオリティは、その涙を手で拭う。自身の涙も一緒に拭う。
「とりあえず、服を着てください。その姿を見ているとまた昂ってしまいます。好きな人の肌は大変魅力的なのです」
そう、早苗は風呂上りを襲われたのだ。良い匂いを纏わせていて、お気に入りの服が早苗に似合っていて、感情が昂ったのであった。それが、今は傷だらけで服がビリビリに破れて隙間から肌が見えている。幸い、肌まで爪は通らず、無傷で済んだ早苗。レオリティは急いで、新しい服を持ってきて、早苗に着せた。
「切り裂いたのが早苗さんの制服でなくて良かった。ただ、あの服、お気に入りだったのに~。それすらもわからなくなる程、発情していたのか私‼」
レオリティは自分の頭をポカポカと拳で小突いていた。可愛い。今はただの獣人だ。先程までの狼のような恐怖の存在から見た目通りの犬の可愛さになっている。獣人は毎回発情の時になると、こんなに自分を抑えられなくなるほど苦しくなるんだ……
「レオさん、今は苦しくないですか……?」
「ええ、大丈夫です。本当、申し訳ございません。我を忘れて大切な存在を失うところでした」
「怖かったけど……私のこと思い出してくれて良かった」
「可愛い女の子を泣かせてしまうなんて……最低ですね、私」
「こうして慰めてくれてますから、最低なんてことはないですよ」
「発情のせいとはいえ、早苗さんを傷つけた……私自身、自分が許せない……」
レオリティは爪を出し、自分を切り裂こうとする。早苗はレオリティの手を取り、
「じゃあ……抱きしめてなでなでしてくれたら許してあげます」
「え……」
突然の提案に驚いて爪が引っ込むレオリティ。
「さぁ……」
早苗は、両腕を広げてレオリティが来るのを待っている。
レオリティは早苗の両腕の中に入り、抱きしめ合う。そして、言われたなでなでをした。
「えへへ、レオさんのなでなで安心します」
「本当ですか‼ それは良かった‼」
喜びで尻尾をふりふりと振るレオリティ。
「では、ご飯にしましょうか」
「はい」
今日はカレーライスとサラダであった。今日も、もりもりと大食いさを披露する早苗。おかわりを要求する。
「いやぁ、今日もたくさん歩いたからお腹が空いて空いて」
「私の手料理をそんなに美味しそうに食べて頂けるだけで嬉しいです。いつも一人で食べてますから……」
「あの……出会って、二日目でこんなこと聞くのもあれですが……恋人はいないのですか?」
「できたことがないですね……獣人にも同性愛はありますが、良い相手に恵まれないもので……」
「そう、でしたか……すみません」
「だから、早苗さんが恋人になってくれれば……」
「ごめんなさい。私、恋愛に疎くて恋人が欲しいとかないです」
「えぇ⁉ 早苗さんには、恋愛感情が存在しない⁉ 困りましたね」
「恋愛しなくても、特に困っていないですが……」
「誰の恋人になっていないのならば、私の恋人になって欲しいです」
「まずは、お友達からお願い致します」
「あぁ……振られてしまいました……」
「振っていませんよ。交友関係が良好であれば、お付き合いしましょうということですよ」
「そうですよね……だけど、人間と獣人は一緒にいられない……友人関係だって、境界線が見つかるまでの間ですね……」
「そういえば、そうですね……人間界にレオさん連れていくわけにはいかないし、私だって、ここに残っていたらいつ食べられるかわからないし……」
「……でも、早苗さんに出会えて良かった。毎日、流れ星にお願いしていて良かった。仲良くなれる人間さんに出会えますようにって……そうだ。流れ星の落ちた方向に境界線が出来ているかも。早苗さんの時、そうだった。明日こそは見つかるかもしれませんよ!」
「本当ですか! では、早く寝ましょう」
いそいそとベッドに入る早苗、相変わらず床で寝るレオリティ。
「今日は一緒に寝ましょう。体が冷えてしまいますよ」
早苗は手招きをして、レオリティをベッドへ誘う。
「よろしいのですか⁉」
「匂いを嗅ぐぐらいでしたら良いですよ」
「くぅ~ん‼ やった~‼」
レオリティはさっそく早苗を後から抱きしめ、首筋に鼻をうずめてきた。早苗は、くすぐったいなぁと思いながらも安心して寝た。レオリティも発情が暴走することなく寝付いた。
朝日を受けて、目を開ける早苗。隣を見ると、レオリティの姿はなかった。
「レオさん?」
「はい? おはようございます‼ 早苗さん。朝ごはんできてますよ~」
ひょっこりと寝室に顔を出すレオリティ。
「良かった……レオさんいなくなったのかと思ってしまいました」
「? いなくなったりしませんよ。さ、温かいうちに食べましょう」
今日の朝ごはんは、お米、焼き魚、味噌汁、サラダであった。急いで食べて、制服に着替える。
「今日は見つかりそうな予感がするので、制服を着ます」
「えぇ、その予感を当ててみせますよ。確か流れ星が落ちた所から早苗さんが現れましたから。あ、でもフードコートは羽織ってくださいね」
今日の二人は自信満々であった。今日も晴れ。夜は夜空の星がよく見えることだろう。レオリティの言うことが合っていれば、今夜は流星群が流れるそうだ。境界線が出現するには好条件だろう。草をかき分けて、歩み進んでいく。なるべく誰もいなさそうな場所へ。
「一応、昼間にも境界線が出ていないか確認しましょう」
「えぇ、早く見つかるに越したことはないですからね」
そうすると、光を放つ木を見つけた。
「この木怪しいですね……」
「もしかしたら、この木の穴が境界線になるかもしれませんね。夕方まで待ちましょうか」
「えぇ、そうですね」
丸太があったので、それに座って辺りが暗くなるのを待つ。
「早苗さん、もし私がただの犬になったら家族にしてくれませんか?」
「え? どういうことですか?」
「獣人はあることをしたら、ただの動物になれるのです。私の場合、柴犬になれます」
「私、前から犬が家族になってくれたら良いのになって思っていましたから、 レオさんが柴犬になったら飼いたいですね~」
「そうですか……では……」
レオリティは、左胸を自身の右腕で貫き、ゆらゆら揺らめている魂が右手に宿っている。
「レオさん、胸の所に腕を貫いて何しているんですか!?」
「私は獣人をやめます。その為に、人間の魂を抜いているのです」
「魂を抜いたら死んじゃうじゃありませんか‼ 早く元に戻してください‼」
「死にませんよ。人間の魂だけを抜きましたから……」
「え? どういうこと? 魂抜いたら死んじゃうのでは……」
「大丈夫。獣人は、人間の魂と動物の魂が混在しています。人間の魂だけ抜きましたから……獣人ではなくなるけど、犬になることはできます。柴犬の犬生も悪くないでしょう。早苗さんと一緒に居たいから。私が犬になったら、人間の世界に一緒に連れていってください。私達はずっと友達ですよ」
「レオさん⁉」
レオリティは右手にある人間の魂を握り潰すと魂は一瞬にして消え失せ、レオリティが光に包まれる。二足歩行から四足歩行になり、早苗の目の前には、一匹の小さな柴犬が居た。
「レオさんが犬になった……」
「わん‼ くぅーん、くぅーん」
涙目で目を潤ませているレオリティ。早苗の胸に飛び込んでいく。そして、得意の顔をペロペロ舐めてくる。
空が暗くなってきた。二人の予想は当たり、流星群の星の光に呼応し、光を放っていた木は穴が開き、境界線が出来た。
「では、いきましょうか。レオさん。いや、レオ」
早苗に抱えられたレオリティは共に境界線を越える。
戻ってきた人間世界は朝であった。まるで、穴に入った時みたいに。こちらの世界では何日過ぎたのだろう? スマホの日付を見てみた。あれ? 一日も経っていない。時間は五分くらいしか経っていない。ということは……
「遅刻で済む~‼」
早苗は学校まで走った。いつもよりその速さは遅い。レオリティを抱えて走っているからだ。レオリティをどうしよう……とりあえず、学校までは連れていこう。そして、校庭のどこかに隠れててもらおう。
時刻は、七時五十五分なんとか、間に合った。
「いい、レオ? ここで大人しく私のこと待っててね。必ず迎えに来るから!」
わん‼ と元気よく返事をした柴犬のレオリティは、大人しくお座りしていた。
早苗は、レオリティの頭をよしよしと撫でてから、教室へ向かった。
放課後、部活には所属していない早苗は、ホームルームの終わった教室から飛び出して、レオリティのところへ駆けつけ、大人しく待っているかを確認する。
「わん‼」
と鳴いて、早苗が来たら尻尾をぶんぶんと左右に振り、主人の帰りを待っていた。
「大人しく待っていて偉かったね。行くよ、レオ。私達の家へ」
早苗とレオリティは仲良く、並んで歩いて帰るのであった。
こうして、早苗とレオリティは人間世界で一緒に過ごすことになったのであった。
食べちゃいたいほど可愛い シィータソルト @Shixi_taSolt
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