スイッチング!

汐月 礼子

第1話 すべての始まり

 親の都合で、転校することになった。転校するにあたって、親からは偏差値の高い高校を求められた。昔から親は成績が全てで、私自身の思想や人柄にはまるで触れてこなかった。

 全国模試1位の子が在籍していることを理由に、今の高校に転入することを許された。

 さして偏差値の高くない高校。しかも女子校ではなく、初めての共学。


真壁雪まかべゆきです」

 ここは、神奈川県鎌倉市にある百合ヶ浜高等学校の職員室。担任の先生に挨拶をする。

 竹内たけうちと名乗った担任の男の先生は、下がり眉で風采の上がらない人相をしている。年の頃は30代後半、といったところか。

「ああ、今日からよろしく。今から、学級委員に会わせるよ。生徒会の役員もやっているから頼りになるんじゃないかな、と思ってね。あ、来た来た。おーい、こっちだ」


 1人の男子生徒がこちらにやって来る。

 思わず、息を呑んだ。

 やって来た男子生徒はあまりにも容姿が整いすぎていた。白い肌に、スッと通った鼻梁、華奢な顎、ふわりとした茶色い髪の毛に、これまた白い首筋には、青い血管が透けて見えた。そして、どこか痛みでも堪えているような憂いを帯びた表情が特徴的だ。

 形の良い唇が言葉を紡ぐ。


「竹内ちゃん。何か用?」


「こら、竹内先生と呼びなさい。こちら転校生の真壁雪さん。色々案内してあげてくれ。真壁さん、こちらが成沢朝希なりさわあさきくんといって、さっき話した学級委員で生徒会役員の生徒だ。困ったことがあったら、何でも聞くんだよ」


 成沢朝希と呼ばれた生徒は、ぐるり、と首を巡らしてこちらを向いた。二重瞼の女子が羨むようなぱっちりした目と目が合う。


 成沢朝希―。その名前に聞き覚えがあった。

 全国模試の順位に載っていた、1位の子だ。予想以上に早く会えた喜びより、驚きの方が勝った。

 アサキという音の響きから、女子生徒を想像していたのだ。最も、成沢朝希がスラックスを穿いて、喉仏が出ていて、声が低くなければ、私は彼を女の子と勘違いしたかもしれない。


「どこかで聞いたことある名前だな」

 一瞬、自分の心の中を見透かされたようで、ハッとした。

 朝希が聞いたことのある名前というのも、恐らく全国模試だろう。成沢朝希がいるせいで、私は全国模試で万年2位だ。


「真壁さん、よろしく。俺は成沢朝希。学級委員をやっているから、クラスで困ったことがあったら、何でも言ってくれ」

「よ、よろしくお願いします」

 相手の容姿に圧倒され、気後れする。


 担任の竹内と3人で、廊下を歩いて、1年1組の教室にやって来た。廊下でも、噂をする声が絶えなかったが、教室に入ってから、一層女子生徒の黄色い声が大きくなった。


「朝希くんが、知らない子を連れてる」

「あれは誰?」

 成沢朝希はそんな声を意に介することもなくさっと歩いていき、自分の席に座った。


「はい、静粛に。このクラスに転校生が来ました。名前は、真壁雪さん」

 竹内がお決まりのように、黒板に私の名前を書く。

「こんにちは、真壁雪です。よろしくお願いします」

 私は、クラスの生徒に向かってお辞儀をする。

 生徒からはまばらな拍手が送られてきた。


「席はどうしようかな、朝希の隣にでも座ってもらおうか」

 またクラス内がざわつく。

 成沢朝希の席は教壇の向かいにある机の列の、最後尾にあった。


 厳密に言うと、成沢朝希の隣には男子生徒が座っていた。そのため、空いている机と椅子を引っ張ってきて、前の席に座っている女子生徒と、その男子生徒の間に無理やり入れなければならなかった。

 後ろの男子生徒は少し迷惑そうにしている。

 恥ずかしさと申し訳無さで、穴があったら、入りたくなる。


「すみません」

 消え入りそうな声で、後ろの男子生徒に謝る。

「いや」

 男子生徒から、否定の言葉が帰ってきたので、一応許してもらえたのだろう。安心する。


 席に座ると、前の席の女子生徒が振り向いてきた。

「私、本城美紗ほんじょうみさ。よろしく。美紗って呼んで。私も朝希と同じく学級委員をしているの。頭はそんなに良くないから、勉強面では頼りないかもしれないけど、困ったことがあったら何でも言って」

 美紗という子は、笑顔で、先程の成沢朝希と同じ言葉を発した。

 意思の強そうなまっすぐな目と、柔らかそうなウェーブの形をまとった髪、細くしなやかな体つき。

 このクラスには美男美女しかいないのだろうか。

 「美紗さん、よろしく」

 「美紗で良いってば」


「本城さんは、モデルをやっているんだよ。テレビ番組にもちょくちょく出てる。知らない?」

 成沢朝希と同じ列に居る、斜め前に座っている小柄な男子生徒が、話しかけてきた。

 その男子生徒は、目が合うと、少し恥ずかしそうに下を向いてしまった。

「僕は、多田斑鳩ただいかる。よろしく」

 多田斑鳩と名乗った男子生徒は、とても小柄で、女の子のようだったので、あまり緊張しなくても話しかけられそうだった。


 多田斑鳩に話しかけようとしたところで、美紗が言葉を繋いだ。

「まずは、私とその仲間を紹介するね」




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スイッチング! 汐月 礼子 @reiko-shiotsuki

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