第7話 僕、魔法使いになりました
「ん? 朝か……」
目覚めると何だかいつもの香りがした。まだ眠っていよう。そう思って再び開いた目を閉じようとした時に気づく。
「あれ? 僕の部屋だ」
とっさにベッドから起き上がり、部屋を見渡す。うん。僕の部屋に違いない。ということは夢を見ていたのか? それにしてもやけにリアルな夢だったな。
「何だこれ?」
よく見ると部屋は散乱していた。本が開きっぱなしでいくつも置かれてあって、机の上に広がるノートには綺麗な字で何かが記されている。
「何だこれ。日記か?」
僕はノートを手にとって内容を読み始める。そこにはこう記されていた。
「リョウ……。会いたいよ」
これを書いたのはヘレーネなのか?
ということは昨日一日僕の体にヘレーネがいたということになる。学校は? 家族は? 僕は散乱した部屋から出てリビングに向かう。
「涼、ご飯できてるわよ」
「ああ、分かったよ」
「お兄ちゃん、今日はいつも通りだね」
「そうか?」
するとお母さんが僕に言う。
「そうよ。昨日は敬語だったじゃない。変だったわ」
「そうそう。お兄ちゃんには珍しくテレビ見てたし」
「おい、梨香。昨日僕は何してた?」
「え、家にいたよ。学校休んでたじゃん」
「そうだった」
ということはヘレーネはきっと家にいたのだろう。なんてことだ。あれは夢ではなかったのか。だが、なんで?
「お兄ちゃん、今日は学校行くの?」
「ああ、そのつもりだ」
「ならゴミ捨てよろしくね」
「今日は燃えるゴミの日よ。玄関に出しておくからよろしくね」
「分かったよ」
お母さんにお願いされたら仕方ないな。
「お父さんは?」
「もう出たわよ」
「そう。分かった」
お父さんと何かあっただろうか。まぁいい、学校に行く準備をしないと。
「じゃあ行ってきまーす」
「行ってらっしゃい!」
そうだ、ゴミを捨てなきゃなんだ。
「燃えるゴミか……っなに!」
その刹那、燃えるゴミが燃え始めた。なんだこれ。慌てて火を消そうとすると、瞬く間に消火された。まさか、これ、魔法使えるようになってる!?
試してみるか。
家を出てゴミをゴミ捨て場に捨てると、僕は人気のない路地裏に向かいあるイメージをした。自分の体を風が包んでいくのを。そして案の定僕の体は宙に浮いた。
「こんなこともできるのか! 魔法は何でもありだな」
じゃあ瞬間移動は?
僕は学校の校舎裏に転移するイメージをしてみた。だが、今度は魔法が発動しなかった。なんでだ?
流石に瞬間移動は無理なのか。今度は、もっと具体的に、物理の量子もつれをイメージしてやってみる。するとなんと、イメージした通り、今度は学校の校舎裏に瞬間移動することができた。
これはやばい。一言で言えば世界が変わる。この魔法の力で僕は新たなる扉を開けることができる。それなら僕の夢も叶えられるかも……。
僕の夢、それは真理を悟ることだ。
知識は天に至る翼である。
ウィリアム・シェイクスピアの名言だ。
全文は次だ。
『無学は神の呪いであり、知識は天にいたる翼である』
僕はその夢を叶えるために将来は理論物理学者になりたいと思っている。現在、県内でトップクラスの進学校、蒼嵐高校に通っている。僕はテストではいつも学年2位だった。1位は毎回佐々木奈未だ。
僕は数理系特化の点数分布であるが、言うなれば彼女はオールラウンダー。全教科で満遍なく得点する。僕は現代文が大の苦手。古典や地理や歴史はなんとかカバーできるが、現代文は平均点行けば良い方だ。
僕の夢である真理を悟るためには東大じゃないと行けないんだ。東大の大学院で入りたい研究室があった。だからこそ、東大で受けることになる現代文と古典の学力が欲しかった。
来週がテストか。ん? ということはもしヘレーネと入れ替わったらまずいことになるんじゃ。なにか解決策を考えないと。
魔法の力でなんとかなるのか……?
わからない。
とにかく学校に向かう。教室に入ると僕の前の席の飯塚が教材から目を離し、手を挙げて挨拶してきた。
「おはよう、涼。昨日休んでたけど体調大丈夫なん? 昨日送ったメッセージまだ未読だけど」
「悪い悪い。昨日は一日寝込んでたから」
「まじ? 風邪? インフル? コロナ?」
「ただの風邪だよ。平気、今は万全だよ」
「ならよかった。そう言えば昨日面白いことがあったよ。同じクラスの高橋いるだろ? 佐々木奈未に告ったんだよ」
「へー。そしたら?」
「そしたら私より頭が良い人がいいって言われて振られたんだよ。てことは学年1位とればワンちゃん佐々木奈未と付き合えるかもよ? 前にいいかもって話してたじゃん。どう? 今回のテスト学年1位取れそう?」
「あー、それはわからないな」
謎の入れ替わり現象が起きているから何とも言えない。それに確かに佐々木奈未に好意は寄せていたこともあったが、今はそれよりもヘレーネに興味がある。
「でも、僕、別に好きな人ができたかもしれん」
「まじ!? 誰々?」
「他校の人だよ」
「へー。どこの高校?」
「教えない」
「なんだよ、ケチ」
そう言って飯塚は教材を手に取る。
「俺、今回のテスト本気だすわ」
「飯塚ファイト〜」
「おう! さっそく勉強するわ。またな」
「おう!」
そして僕は林先生の現代文の映像授業のための予習をやるために朝学習を始めた。だが、僕は全然勉強に集中できなかった。心の中は魔法のことでいっぱいだった。
どうやら魔法はイメージが重要らしい。正しく物理現象を理解すれば魔法が具現化するようだ。ヘレーネの世界では詠唱なんてものがあるみたいだが、それも想像力を膨らませてよりイメージを確かなものとするためだろう。
ならば、現代日本において物理を極めて、高校生物理オリンピック1位の僕ならどんな魔法でも使えるのでは?
その日、僕は全く授業に集中できなかった。
まぁ、数学と物理と化学は既に受験範囲はもう終わらせてるしいいか。それより、魔法のことが気になる。
「じゃあまた明日な!」
「おう」
飯塚と別れて僕は塾に行くか迷った。僕の通う塾は映像授業形式のため好きな時に校舎に行って好きな時にパソコンで授業を受けるシステムなのだ。僕はまた瞬間移動のイメージをした。家から歩いて二十分くらいのところにある人気のない神社へと転移する。結果、見事成功した。のだが……。
なんだ、これ。頭が痛い!
僕は嗚咽に苛まれ、地面に四つん這いになった。その時、声がした。
「慣れない体で一気にマナを使いすぎたせいよ」
顔を上げるとそこには制服姿の美少女がいた。黒髪のボブヘアに整った顔立ち。
「君は?」
「世界魔法連盟の使者とでも言おうかしら」
僕が問いかけるとその美少女は勝ち気な笑みをした。
『異世界令嬢入れ替わり』第7話をお読みくださりありがとうございます。
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異世界令嬢入れ替わり『ラカン・フリーズ』〜僕の体が異世界令嬢の体と入れ替わる件について〜 空花凪紗~永劫涅槃=虚空の先へ~ @Arkasha
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