彼は一人
白川津 中々
◾️
彼は暗い人間だった。
いつも自分の机に齧り付いて本を読んだりノートになにか描いたりしているのが常で、誰とも話したがらず、こちらが挨拶をしても軽く頷く程度で決して声を発しない、陰気な奴だった。僕自身、彼に対して何か不愉快な感情を抱いていたというわけではないが、彼が周りから嘲笑されたり揶揄われたり、時には悪質ともいえるような嫌がらせを受けるのは仕方がないと考えてはいた。「やぁ」と話しかけてもまったく相手にしないような態度を取れば相応の報復はある。皆が皆、他人に理解があるわけでもないのだから、批難を受けるのは甘受しなければならないだろう。勿論、彼が悪いというわけではない。それを承知の上で僕は、仕方がないと思うのだ。むしろ、彼が虐げられるのを望んですらいた。抵抗も反論もせず、理不尽な扱いを受ける様を見ると心が擽られるのだ。
この残虐ともいえる嗜虐心が満ち足りた時があった。ある日、彼が深夜にライブ配信をしている事が暴露され、アーカイブをホームルーム終わりに晒された。普段とは掛け離れた態度で楽しそうに声を張り冗談や悪態をつく様子を大音量で流された彼は硬直しながら青ざめた顔で薄笑いを作るしかなかった。皆が軽薄に、無遠慮に、秘密にしていた居場所へ土足で侵入し踏み荒らす中で何一つ抗えない彼の姿ときたらない。あの泣くことも怒ることもできない表情を見た瞬間に生じた愉悦は、それまでにない心理的快感を僕に与えたのだ。
それから彼は、ライブ配信を辞めてしまったかのようにみえた。
だが、僕は知っている。彼がアカウントを作り直し、ひっそりと続けていることを。
配信を晒された折、僕は彼をフォローしている人間を記憶しサーチしていた。そうしたら案の定作り直したアカウントに辿り着いたのだ。そんな間抜けさもまた、彼らしいと思った。
僕は機を見計らって彼がネット上で構築した交友関係を破壊しようと思っている。安息の場を奪い、喜びや楽しさを一挙に失わせてやるのだ。その時、彼はどんな顔をするだろう。想像しただけで、胸がこそばゆい。
彼は相変わらず、一人でいる。
誰からも相手にされず、理解者もおらず、孤独の傍に座している。そう、そうでなくてはならない。そんな彼を、僕は見ていたいのだから。
彼は一人 白川津 中々 @taka1212384
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