蓮の花を待ち望んで
藤泉都理
蓮の花を待ち望んで
(もうこんな朝ごはんは嫌だ!)
純白の結膜と漆黒の瞳孔以外、硬い鱗も、鋭い爪と牙も、肉体の二倍もある大きな双翼も、鮮やかな青色の竜の
今お世話になっている人間の女性、
早く帰ってきて、この檻から解き放ってほしい。
『いいかい。私はあんたに寄生したウツボカズラモドキを取り除く為の薬草を探しに行ってくるからね。その間は私の親友であり竜を怖がらない稀有な人間であり、蓮の花畑を持っている雅樂にあんたを預けるから。そうさね。一か月。私も頑張ってくるからね。あんたも。その檻の中で辛抱するんだよ』
(僕がウツボカズラモドキなんかに寄生されなければ、こんな檻を間に挟まないで雅樂さんと一緒に朝ごはんを食べられるのに!)
寄生虫のウツボカズラモドキ。
袋の蓋の内側にある蜜腺から出す物質で虫を引き寄せ、筒状になった捕虫葉に落として捕食する「落とし込み式」の食虫植物であり、袋の底に溜まった液体には消化酵素が混じっており、捕らえた虫を分解し、養分を吸収する仕組みを持つウツボカズラに似た虫であり、これに寄生された生物は身体の一部にウツボカズラが埋め込まれた状態になり、寄生された生物が食す生物を引き寄せる物質を放っては引き寄せ、落とし込み、食べてしまうのである。
蓮花が食すのは日に一度のみ。
その日に一度のみの朝ごはんに食すのは、一輪の蓮の花であった。
蓮の花は動く事はない。
ならば蓮花がウツボカズラモドキに寄生されたところで何の問題はないのではないかと思われたのだが、そうではなかった。
蓮花は酒の匂いを放っては、樹を引き寄せ、常ならば鱗に隠されている穴が姿を見せ、落とし込もうとしたのである。
朝ごはんの蓮の花を食べた時に、これは必ず行われてしまうのだ。
朝の七時から九時の間に、朝ごはんの蓮の花を食べなければ、蓮花はたちまち衰弱してしまうのである。
ウツボカズラモドキを取り除かない限り、蓮花が檻から出て樹とも、そして雅樂とも和気藹々と朝ごはんを共に食べる事は叶わないのである。
(例え、食べる物は違っても。一緒に朝ごはんを食べられたら僕はすごく幸せだった。けど。今の僕は。樹にとっても、そして、雅樂さんにとっても危険な存在なんだ。うう。本当に何でウツボカズラモドキなんかに寄生されているんだよ僕のばかばかっ! 樹に取り除いてもらったら鍛えて鍛えて鍛え抜くんだっ! もう絶対にウツボカズラモドキに寄生されるもんか!)
「ごめんなさい。私がお酒に強かったら檻から出してあげられるのだけれど」
「そんな謝らないでください雅樂さん。雅樂さんは全然悪くないんです。ウツボカズラモドキに寄生された軟弱な僕が悪いんです」
「蓮花さんもそんなに自分を責めないでくださいね。弱まっている時は誰だってあるんだから。ね」
「はい」
「今日の朝ごはんを持って来たわ。私もご一緒していいかしら?」
「はい」
ドキドキドキドキ。
雅樂を前にした蓮花は胸を高鳴らせた。
雅樂は蓮の花のように清らかに咲く女性であった。
蓮花は雅樂に一目惚れをしてしまったのである。
「すごく美味しいです」
「ふふ。愛情を込めて育てているからかしら」
「絶対にそうです」
「ありがとう」
水が入った透明な器に生けられた一輪の蓮の花。
蓮花にとっては小さなちいさな花でも、これだけで十二分に腹が、心が満たされるのである。
(ううん。今はそれだけじゃない。雅樂さんが。一緒に。居てくれるから。こんな、迷惑しかかけていない。のに、)
一輪の蓮の花を食べ終えた蓮花が雅樂を見れば、檻に寄りかかって眠っている彼女が瞳に映った。
透き通るような白い肌を真っ赤に染め上げて。
酔って眠ってしまったのである。
毎日、そうなるとわかっていても、雅樂が一輪の蓮の花を食べる蓮花の傍を離れた事はない。
蓮花が寂しい想いをすると知っているからだ。
(優しい人。うう。好きだ。この人を絶対に傷つけたくない)
もしも檻がなければ、雅樂は眠ったまま蓮花が放つ酒の匂いに引き寄せられて、そして、蓮花に食べられてしまうのである。
蓮花はぞっと背筋が凍った。
(だめだめだめ! もっと頑丈な檻を用意しておいた方がいいんじゃないかな! 今は隙間がある檻だけど、僕の姿が見えなくなるくらい、蓮の花だけ入れられる穴があればそれだけで。雅樂さんに頼もうかな。でも。雅樂さん優しいから、きっと悲しい顔をするよね。ああもう! もうこんな朝ごはん嫌だ! 早く帰ってきて樹!)
(2025.6.9)
蓮の花を待ち望んで 藤泉都理 @fujitori
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