第32話 食いしん坊にファンファーレ
レイメイ王国中に、高らかに鐘の音が鳴り響く。
スイゲツが十九歳の誕生日を迎えたこの日、スイゲツとエニグマの結婚式が開催された。
街中が活気づき、国民たちは酒を飲んだり踊ったり。結婚式の会場である聖堂にも、招待状を受け取った貴族たちがお祝いのために詰め掛けた。
レイメイ王国では和装での結婚式が通例。まずはふくよかなマシュマロボディに白無垢を纏って、厳かに誓いを立てる。スイゲツは目の前に置かれた和食に内心じゅるりと涎を垂らし、食べられるタイミングを伺い続けた。
けれどずっと注目を浴びているせいでなかなか食べられない。食べないまま出ていくのは勿体ない。なにより美味しそうな鯛や茶わん蒸しが食べて欲しそうにスイゲツを見つめているような気がしてならなかった。
「スイゲツさん、まだ我慢ですよ」
そんなスイゲツの心を見透かしたように、エニグマは小さく笑ってこそっと囁く。スイゲツはギクッとして、伸びかけていた手を引っ込める。
それからもそわそわと視線を彷徨わせていたものの、結局食べる機会を貰えずに式が終わった。
スイゲツはしょんぼりしながら洋装に着替える。いつもはこんなことはしないのだが、披露宴くらいはエニグマの故郷であるアビス王国風にしても良いのではないかと国王が提案して、聖堂で華やかなドレスを纏って披露宴を開催することになった。
「和洋両方やらせていただけるなんて、懐の深い国王陛下ですね」
「お義父様って呼んであげてくださいませ。きっと喜びますわ」
二人はこそこそと話ながら、またしても注目を集める。参列者たちの前には置かれている食事やスイーツにスイゲツの視線は釘付けになる。スイゲツの前には口を濡らす水だけ。しょんぼりしながら、鳴ってしまいそうなお腹を丸める。
「スイゲツさん、もう少しですよ」
エニグマがこそっと囁くと、スイゲツは首を傾げる。事前に聞いている計画では、この披露宴の間にスイゲツが食べられるものはなかったはず。けれどエニグマは不思議そうにしているスイゲツを見て、やけに楽しそうに微笑む。
「それでは、新郎である殿下より、新婦二の姫様への贈り物です」
司会を務める聖堂の管理者が告げると、ドアが開いて、ゆっくりと大きな何かが入ってきた。漂ってくる甘い香り。スイゲツの目が分かりやすくキラキラと輝きだした。
「とっても大きな、夢のようなケーキですわ!」
目の前に現れたのは五段重ねのケーキ。どの段も味が違うのが特徴で、イチゴのショートケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキ、抹茶シフォンケーキ、フルーツケーキと積み重ねられている。
さらに飾りとして大量のフルーツやマカロン、チョコ菓子や砂糖菓子がふんだんに使われた、スイゲツが見たことも食べたこともないようなケーキだった。
「こちらは、ウエディングケーキです」
「ウエディングケーキ、ですか?」
「はい、アビス王国では、披露宴でウエディングケーキを共に切ることで初めての共同作業とするんです。こんなに大きくて種類もまちまちなものは、なかなかありませんが」
エニグマはどこか照れ臭そうに笑う。スイゲツはエニグマが自分が喜ぶだろうと用意してくれたことが伝わってきて、今更ながらに夫婦になることを実感した。
この一年と少しの間に、二人はたくさんの時間を共に過ごした。大半は森の中で狩りをして料理をして、一緒に食卓を囲んでいた。普通の王族らしく、庭でお茶を楽しんだり読書をしたり、趣味について語り合ったり。そんな日常はどこにもなかった。
それでも、スイゲツはいつも自分を大切にしてくれるエニグマと生涯を共にすることを嬉しく思うようになった。何より、自由奔放なところを認めてもらえたことが、嬉しかった。
自由に狩りに行くことを、心配はしても止めはしない。むしろ一緒に出掛けて、一緒に楽しんでくれる。スイゲツが一人になりたいときは、そっと見送ってくれる。怪我をして帰ってくると泣くのを我慢して怒りながら手当てをしてくれる。
他の家族のように、ただ見守ってくれることも愛されていると思っていた。けれど一緒にいたいとき、そばにいてくれる存在に心を救われたことも事実だった。
だから半年前、国王にエニグマとの正式な婚姻を申し入れた。この人となら、きっと幸せになれる。聖女としても、姫としても、一人の女の子としても。エニグマしかいないと思ったことを、正直に伝えた。
国王も女王も、喜んでエニグマをレイメイ王国第二王子に迎え入れた。リョウゲン、ヒヨリ、リンドウもスイゲツが幸せになれること、エニグマの恋が報われたことに幸せを感じ、夜中に三人で盃を交わした。
トラメももちろん喜んだのだが、その分訓練に力が入り、エニグマが気絶するまで終わらない一日があった。トラメは大慌てでスイゲツに謝った。珍しくあわあわしているトラメを見て、スイゲツと聖水で回復したエニグマは大笑いしてしまった。
それぞれ表し方は違えど、喜ぶ気持ちは同じ。大切な家族の門出を祝おうという気持ちが溢れていたことに間違いはない。
ケーキ入刀を済ませ、二人は笑い合う。その様子を見ていた聖堂の管理者が微笑んだ。
「それでは、ケーキバイトを行います。新婦様は新郎様にケーキを食べさせてあげてください」
スイゲツは頷いてショートケーキを掬う。けれど、掬ってしまうとケーキがより一層フォークの上で輝いて見えた。
これをエニグマに食べさせる。エニグマに、エニグマに。口を開いて待つエニグマの口元にフォークを持って行く。その時、スイゲツだけに聞こえるくらい小さく、お腹が悲鳴を上げた。
こんなに美味しそうなのに、手に持っているのに。どうして食べないの?
スイゲツはどうしても我慢できなくて、ぱくっと自分の口にケーキを頬張った。
「お、おいしいっ」
エニグマは一瞬呆気に取られたが、すぐに笑いだす。
「そうですね、スイゲツさん、もうお腹ペコペコですよね」
エニグマは大笑いしながら、自分もフォークを握る。
「スイゲツさん、貴女のためのケーキですから、たくさん食べてくださいね」
そう言いながら、フォークに載せたチーズケーキをスイゲツの口元に運ぶ。スイゲツは躊躇うことなくパクッとフォークにかぶりつく。その姿を族も参列していた貴族たちも微笑ましそうに見つめている。
隠している二面性なんて、大抵はバレているもの。すっかりはしゃいでマナーなんて意識の外に抜け落ちているスイゲツの幸せそうな様子に、誰もが幸せのおすそ分けを貰ったような気分だった。
披露宴の終盤、二人が外に出ると、街中の人々が集まって歓声を上げていた。中には当然見知った顔もある。ホカゲやアンカイ、バイコウ、センコウたち。さらには宮殿の使用人たちも腕を振り上げて喜びを表している。
スイゲツとエニグマは微笑み合って、二人で山で摘んできた花で作った花束を投げた。
披露宴を終えて、自室に戻る。スイゲツの衣装はカスゲによって一瞬でいつもの着物に戻された。
「ありがとうございます、カスゲ」
「いえいえ。姫様、改めましてご結婚おめでとうございます」
「ふふ、ありがとうございます」
幸せそうにはにかむスイゲツに、カスゲは目元が熱くなるのを堪える。実の父である国王よりもずっと長い時間をそばで過ごしてきた自負がある。もはや父親同然の心積もりでスイゲツのそばにいた。
「カスゲ、どうかこれからも、私のそばで私のことを守ってくださいね」
夫婦で守り合う。その誓いを立てた二人を見届けたカスゲの心には、どこかぽっかりと穴が空いたようだった。けれど、スイゲツのたった一言の言葉だけで、じんわりと温かな心地になる。
「はい、もちろんですとも」
カスゲが微笑むと、スイゲツは満足気に笑って伸びをした。
「カスゲ」
「はい」
「結婚式の時のご飯は、まだ厨房にあるかしら?」
結婚してもいつもと変わらない調子のスイゲツ。カスゲはなんだか気が抜けて、やれやれと首を横に振った。
「姫様、もう披露宴の間にウエディングケーキを丸ごと食べ尽くしたではありませんか」
「ふふ、否定しないということは、あるのですね!」
スイゲツは嬉しそうに部屋を飛び出していく。ルールやマナーなんて気にしない、幼い頃のような姿にカスゲは思わず微笑んだ。
「姫様、転んでしまいますよ」
ゆったりとスイゲツを追いかけて、厨房へ向かった。
Fin
マシュマロ聖女の狩猟パーティー こーの新 @Arata-K
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