第4話 王太子の苦痛2
アレクシルは街に降りて、乱れた感情や欲望を1つ1つ片付けていく。
しかし、相変わらず身体は悲鳴をあげていて、身体が軋むたびに怒りやら悲しみやらの感情に支配される。
ふと、今日ライルに言われた言葉を思い出した。
「最低」という言葉は頭を反芻して、頭をトンカチで殴られているようにガンガンと響く。
「…何を、やってるんだ私は」
冷静になったアレクシルは、ボロボロの身体を起こしてやっと王城に帰ろうとした。
しかし、後ろから肩を掴まれる。
「おい! お前よくも俺の腕を折ってくれたな!!」
「タダで帰れると思うなよ!!」
運悪くゴロつきに絡まれてしまったようだ。
顔を見ても見覚えがないが、心当たりが全くないかと言われればそんなことはない。
むしゃくしゃして誰かの腕を折ったことはあるし、殴ったこともある。
今のアレクシルの精神は落ち着いているが、相手がそれを察して後日に仕切り直してくれるわけもない。
男がアレクシルに向けて拳をふる。
これくらいなら避けられる、と思った瞬間、アレクシルの身体が思うように動かなくなった。
ただでさえ痛い身体に、さらに痛い拳が打ち込まれる。
「お〜!! こいつ今日弱いぞ!?」
「仕返しし放題じゃん!」
だんだんと体調が悪化していることはわかっていたが、よりにもよってこんな時に。
苦しくて動けない。
アレクシルはせめてもの反抗をと、相手を睨みつけた。
それがよくなかったのだろう。
アレクシルの視線にムカついた男はナイフを取り出し、脇腹を刺してきた。
「ぐうぅ…」
「こいつ思ったより鍛えてやがる。おらっ!」
もう一度刺される。
大量の血が吹き出して、足下が赤くなっていった。
男たちも血を見て我に返ったのか、これ以上は流石にまずいと思ったのか、アレクシルを残して逃げるように去っていった。
1人残ったアレクシルは立つ気力もなく、這うように路地裏に身を隠す。
彼は己の姿を憐れみ、渇いた声で笑った。
(死には…しないだろう。王族の身体は頑丈だから)
普通なら死んでしまう怪我であるが、魔力量が遺伝するように、体の丈夫さも王族の特徴だ。
(…無事に帰れたら、適当に伴侶を選んでしまおう。どうせ、王妃になれる素養のある令嬢は限られている)
そうして、アレクシルは降ってくる雨に身を任せて意識を手放した。
…
…
(…誰かに…治療されている…?)
(………だ…れだ…?)
まだ意識が朦朧としている中、アレクシルは重い瞼を薄く開いた。
ここがどこなのか分からない。
しかし、そんなことはどうでもいいと思ってしまった。
それ以上に気になってしまった。
…目の前の人に。
月明かりに照らされた長髪の美しい女性。
彼女は膝を抱え込むように椅子に座り、小窓から外を見ているようで、こちらには気付いていないようだ。
ほんの少しの間の出来事だったが、妙に彼女の姿が目に焼き付いた。
昔から知っていたような、初めて会ったはずなのに忘れがたいような、不思議な感覚だ。
(……………きれい、だ…)
しかし、意識は一瞬浮上しただけで、すぐに深い深い沼に沈んでいった。
…
…
アレクシルは王城の自室で目が覚めた。
すぐに体を起こして、刺されたはずの傷口を見る。
しかし、傷跡ひとつ残っていない。相当レベルが高い回復魔法が使われたようだった。
王城に常駐している魔法士でさえも、あれだけの傷ならば傷跡が残るか、肌が突っ張るような違和感が残るはずだ。
「夢、だったのか…?」
(いいや、夢じゃない。それに……)
アレクシルは両手を前に出して力を入れて拳を作ってまた開く。
あれだけ
あんなに苦しんでいたのに
悩んで自暴自棄になっていたのに
先祖返りとして生まれた自分を恨んでいたのに
息がしやすい。思考を遮るものがない。身体が軽い。
「どういうことだ…?」
「それは私がお聞きしたいですね」
ちょうど部屋に入ってきたセジルが問いかけてきた。
「まずはご無事で何よりです。それで昨日何が…」
「セジル、私は何故ここにいる? 私の身体に何をした? お前が知っている事の顛末を教えてくれ」
急な質問攻めにセジルは面をくらった。
こんなに自分から話すアレクシルはあまり見ない。せいぜい、ライルがちょっかいをかけた時くらいだ。
「…今日の早朝、偶然私が殿下を発見いたしました。ちょうど私が通るところの、王宮の秘密通路の近くで眠っておられたので、勝手ながら誰にも報告せずに、殿下のお部屋に運ばせていただきました」
セジルは頭が堅そうなイメージがあるが、実際はそうではなく、意外にも柔軟に対応できる男だ。
本来ならば、王太子が倒れている時点で報告をあげるはずだが、アレクシルを気遣って黙って部屋に運んだのだろう。
セジルはメイドの代わりに、水差しや消化の良い食事の準備をした。
「私の怪我を治したのは誰だ?」
「分かりません。…やはり、怪我をされていたのですね」
セジルは相当驚いただろう。
血だらけでアレクシルが倒れているのに、傷一つないのだから。
「………長髪の、女性を見た…」
「女性、ですか…?」
思い出すのは一瞬目が覚めた時のこと。
横顔しか見ていないが、今まで出会った中で1番美しいと感じた。
「…その女性が治療をしたとお考えなのですね」
「ああ」
なぜ治療したのか。
なぜ身体の調子が良くなっているのか。
彼女は何者なのか。
「セジル、最優先で彼女を探せ」
「…かしこまりました」
アレクシルは覚えている限りの情報をセジルに伝えたが、情報が少なすぎて探し出せるかどうか分からない。
こういう時にライルがいれば、と考えてしまう。
「そういえば、ライル様より決済いただきたい書類を預かっております。…2週間後、領地から戻られる頃には終わっているようにと」
どさっとセジルが近くの机に書類を置いた。しかも、これはほんの一部だそうで、大部分は執務室の机の上にすでに用意されているらしい。
「……」
「……わかった」
ライルは宰相補佐官であるが、実際には宰相の補佐が半分、王族の業務の補佐が半分というところだ。
しかも、業務を掛け持ちしながらも、レノヴァティオ公爵領の管理までやっているのだから、驚愕を通り越して呆れてしまう。
本人曰く、有能な部下がいるからとのことだが、部下がいくら優秀でも流石に限度というものがある。
そんな彼は、こうしてたまに業務を先に終わらせて、領地に戻るのだ。
「…はぁ」
積み重ねられた書類の1部をとると、ギルドと商人の管理を一括して行なった場合の試算報告書と書かれていた。
普段の業務に加えて、企画書まで作成してきたらしい。
幸い、正体不明の女性のおかげで体調が良く、精神的にも落ち着いている。
セジルの報告を待つ間、アレクシルは大量の書類に集中することにした。
呪われた公女、王子に愛され聖女となる 如月華織 @debussy1113
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