クソリプ・イミテーション

外山倖多郎

第1話 憤怒

「何もかもが胸クソ悪い!何もかもだ!」


 サラサラの髪。スラリと伸びた手足。屈託のない笑顔。色鮮やかなスイーツ。ポーズをキメる友人。


「何もかもだ!」

「すべてが俺の神経を逆撫でしている!」


 27インチのゲーミングモニターには、デゼニーランドで楽しむキラキラ感満載の写真がいくつも映し出されている。


「カチッ」


 ゲーミングマウスの乾いたクリック音とともに、画面は写真投稿SNS、ウンスタグラムのユーザー「Primula88」のプロフィール画面に切り替わった。


 フォロワー数893。プロフィールコメントには「隠れスイーツを探して都内を散策中。将来はパティシエ!」と書かれている。


「ギィィ…」


 引田康介ひきたこうすけは薄暗い自室で、ゲーミングチェアに体を預けながら天井を見上げた。


「耳障りな背もたれの軋む音。いい音色だ」

「まさに、俺の心の叫び」


 ユーザー名「Hickyyy」フォロワー数は42人。プロフィールにはこう書かれている。


「24時間自宅警備員。日々ウンスタグラムに出没するリア充の取り締まりを行っている」


 俺が最近、重点的に取り締まってるユーザーがこのムナクソリアリ充女子の「Primula88」だ。


 この女子は普段の投稿はスィーツや行楽先での写真で埋め尽くされている。もちろん、リア充定番の自撮りの写真も多い。時々投稿される制服姿の写真をもとに検索したところ、都内の女子高生に違いない。


「楽しそうで何よりけしからん!!」

「リア充✕✕✕」


 俺はいつものように香ばしいコメントを入力してEnterキーを打ちはなった。


「カタカタッターン!」


 胸クソ悪いリア充女子のキラキラ投稿を汚す俺の香ばしいクソコメ。ムナクソとクソコメの絶妙なハーモニー。


「さてと、夜食の買い出しに行くか…」


 就寝している家族に気づかれないよう足音を忍ばせ、玄関ドアを静かに閉じ、夜道の散歩がてらコンビニに向かった。


午後10時8分。


 快速列車の騒音が響く薄暗い部屋。艶のない短く切った爪の指先が6.9インチ画面の上を繰り返し滑っている。


「よし、やっと修正完了」


 払村咲希ふつむらさきは送信ボタンをタップすると、ガクリとうなだれた。


 ウンスタグラムに投稿する写真を撮り、選び、コメントを考える。「いいね!」の数に胸をなでおろす。ウンスタグラムの私は「キラキラのリア充女子高生」だ。


「ピロロン!」


 今さらそんなことを思っていると、スマホの通知音が聞こえた。投稿したばかりの写真にさっそくコメントがついている。


「楽しそうで何よりけしからん!!」

「リア充✕✕✕」


 コメントしたユーザーのアイコンには「Hickyyy」と表示されている。


「はぁー。またアイツか!」

「いつもいつも!飽きもせずに!」

「アニオタ野郎が!」


 いつもはスルーしている糞コメ。しかし今夜は年下社員の嫌味に気持ちが荒ぶり、感情が爆発した。


午後10時32分。


「ブゥーッ、ブゥーッ」


 康介はスナックと弁当で膨らんだコンビニ袋を持って自宅に戻る途中、スマホのバイブ通知に気が付いた。


「なんだ、またゲームのメンテナンスか?」


 俺はスマホの通知メッセージをタップすると、表示されたウンスタグラムの画面に釘付けになった。


「いつもいつもいつも!!!

「糞コメばっかりしやがって!!!」

「通報してやる!!!」


 画面には「Primula88」本人が付けた怒りのコメントが延々と続いていた。


「ななな、なんだこれは!」


 俺は頭の中が真っ白になった。心臓のバクバクも止まらない。まさかこんな怒りのコメント返しが来るとは。しかもド直球で。


 頭の中でコメ返しのリフレインが止まらない。通報されたらどうなるのか?警察にも通報されるのか?


 急いで自室に戻った俺は、部屋に溢れ返るペットボトル、弁当の容器、スナックなどの残骸をかき分けながらパニクった頭を整理しようと無我夢中になった。


 数分が過ぎた頃、俺はふと気が付いた。


「Primula88」はなぜ俺のアカウントをブロックしないのか?


 妙な胸騒ぎがした俺は「Primula88」の過去投稿を調べてみることにした。写真を撮影した場所、時間、服、友人、そしてコメント。


 スナックをムジャ食いしながら投稿内容のチェックを続け、30分ほど過ぎた頃だろうか?


「なんだこれ、写真加工の失敗か?」


 幾つかの写真に、明らかに加工をミスしたような、ぼんやりとした部分が見える。


「ん?なんだこのコメントは……」


 加工ミスに見える投稿写真には、必ず「ShadowKK」というユーザーが妙なコメントを付けている。


「単なる偶然?」


 コメントはどれも、数字やアルファベットが意味なく並び、何かの暗号のようだ。


「暗号……。なるほどそうか!」


 俺は「Primula88」に送るメッセージを打ち終わると、天井を見上げるしぐさを繰り返し、何度も読み返した。そしてゆっくり、深呼吸を終えて送信ボタンを押した。


 午後11時。


「ピロロン!」

ソファにもたれてウトウトしていた咲希は、通知音に気づいてスマホを手に取った。


 しばらくスマホの画面を見つめ、肩を震わせながら怒号をあげ、テーブルの天板を酷く殴りつけた。


「クソッタレ!」


 咲希の怒りに歪んだ表情とは対照的に、42インチの画面にはパティシエが満面の笑みを浮かべるスイーツ作りの動画が映し出されていた。

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クソリプ・イミテーション 外山倖多郎 @KotaroTOYAMA

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